Ⅰ28.高揚令嬢は戦わせる。
『申し訳ありません、女神っ俺達が不甲斐無い所為で、女神に怪我を…!』
『いや、別にこれくらい…』
先程の声の際ティーアちゃんの声が聞こえ、更に映像が若干揺れ動いたので、恐らく魔道具を持っているのは彼女なのだろう。
状況的にはティーアちゃんが撃たれたと見た。
『それより、私治癒魔法かけるから、これ持ってなさいよ』
『ちゆっ…まほっ…使えるんですか女神!?流石女神だ…っ』
当然のようにそう言い放ったティーアちゃんだったが、当然のように魔法を使う人は少ない。
もちろん使うことは出来るだろうけれど、極めなければ使わない人が殆どだ。私だって、使いたくてもそう簡単には使えないのだから。転生者チートなんてものがないのはもちろん、…そんな簡単に治るわけがないっていう無意識下での先入観が強いのだろう。分かってしまうこともあって実に悔しい。
『だから女神女神うるさいわね!いい加減に…』
…そして突如、ティーアちゃんの声が聞こえなくなる。新兵の声は聞こえてくるので、恐らく意図的に口を閉ざしたのだろう。
「………ティーア嬢、なのか…?本当に???いや、でもこの声は確かに…」
ブツブツと呟き始めるイグニス様。
対照的に、お兄様は至って冷静だ。むしろ、どのように応戦しようか考えているのか、地図や武器を眺めている。
ティーアちゃんは何かに気がついたのか、それとも戦うことを決意したからなのか、騎士団長に残りの弾数を聞き始めた。
しかし、騎士団長は忙しいようで、お子様に構う暇はありませんとでもいうように後ろ姿で語っている。
『ベオウルフ、上から片付けるよう命じてくれ、』
「ああ、わかった」
確かに上からの攻撃だと剣は届かない。
それは賢明な判断だろう。シモンズ副団長は直ぐに移動中の第五番隊へそれを命じる。
『女神…?そんな所に顔を出したら、上からの標的に…!』
相も変わらずティーアちゃんは新兵や騎士団長に隠れることなく頭を出している。…まるで標的にしてくださいと言っているようなもんだ。
だけど、ティーアちゃんは無闇にそんなことをする子じゃない。きっと、ティーアちゃんには事情がある。
『ッっおい、ティーア嬢。悪いがそこまで身勝手に動かないでいただきたい、…それ以上は庇いき…』
だから騎士団長、そんなに怒らないでくださ…
『ッっ…下、』
それからティーアちゃんはタックルする勢いで騎士団長にぶつかっていく。バランスを崩した騎士団長。庇いきれないと言った割にもしっかりティーアちゃんを庇う態勢。
上からの銃弾が映像に流れる。
騎士団長に当たりそうになる、…その時だった。
ハワード騎士団長やティーアちゃん元々立っていた場所から、突如何かが出現した。
黒を基調に、紫と紺という禍々しさを纏う動物。
それは間違えなく魔物だった。奇襲者達の弾は全て弾け飛ぶので、ラッキー☆…などという悠長なことは言っていられないだろう。
「魔物か…ッ!?」
『…そうみたいだな、…やはり第五番隊にはこちらへ先に来てもらうべきか…ストームに伝えてくれ、』
食い入るように画面を見入る副団長。
そして、騎士団長は物凄く冷静な返答だ。ティーアちゃんを立ち上がらせ、そのまま新兵に手渡した。
『とりあえず、ここは地盤も緩い。先程の岩は故意だろうが、何が起こるか分からない。今のように。…お前ら全員避難しろ、良いな!』
そして、騎士団長は魔物の前に立つ。
『…何、すぐに私も向かうさ』
フラグを立てる騎士団長。
魔力切れか故障か、プツンっと魔道具の映像が途切れた。シモンズ副団長曰く、「シリルが命じた」のだろう。魔力切れもあるだろうし、それ以上に見せるに値しない、と。
そうだ、騎士団長一人で戦うと言っているのに、映像をつけておく理由はない。新兵が避難した今、…残った騎士団長を応援することしか…
「………そんなの、…嫌だ」
…嫌だ、嫌だよ。
確かにゲームとは関係ないかもしれないけど、そのまま見捨てるなんて出来ない。確かに私は間に合わないし、テレポートだって使えないし、…それでも絶対に役に立たないなんてことはないじゃん。
何か一個でも役に立ちたい。立たなきゃ、…私はこの国の…この時代の、この世界の主人公。
立ち上がれ私。…古の乙女の永遠なる誓いを。
絶対に守り抜くの、戦いなんて恐れない。全てを捧げても、誰かを笑顔にしたいから…
「…お兄様……っっ」
「ん、…すみません、ちょっと借りますね」
お兄様に声をかければ、お兄様は流れるように魔道具を手に持つ。そして、ゆっくりとその魔道具に魔力を込め始めた。
……お兄様の魔力量なら、暫くは保つ筈だ。通常の2倍の魔力を補うことが、出来るから。
「セラフィーナ…?」
「大丈夫イグ。…私は何もしないから」
私は何もできないし。
……だけど、あっちには伝説の古の乙女がいるので。…頼るしかないよね、…私もいつかテレポート出来るようになりたいなと思いながら。
「ティーア、聞こえるかティーア!」
『っっ…嘘でしょレオンハルトさん…?!』
よし、繋がった。
ティーアちゃんは…抱きかかえられているのか横向きの体勢だった、……顔がドアップに映ってて乱れた髪が麗しくて視線がクールでとても素晴らしい。この角度最高ッ!あまりにも女神がすぎるぜっッ!……じゃなくて!!
『何?』
「あれ、多分モグラだよ!ティーアちゃん」
私がそう言えば、ティーアちゃんもこの場にいる騎士達も皆キョトンとする。…そういえば、生物系の本は家にも少なかったもんな。
画像とか記録できないし、知れ渡っていないもの無理はないのかも。
『モグラって?』
「別名土竜、土の竜!食物網の上位に位置する捕食者で、肉食。一生の大半を地中で過ごすから、土を掘るのに適した大きく平らな前足と鋭い爪で土を効率的に掘り進めることができるの」
モグラって土竜とも書くんだよね。
土の中にいる竜ってことだから、意外と強敵。
『弱点は?』
しかも、見た感じかなりのでかさだった。
だから、正直通用するかも分からない。…そもそも前世での知識にも限界はある、……その上倒すなんてやったことないから弱点も知らない。
「…分からないけど、目は小さく退化してる筈。ただ、対照的に嗅覚や聴覚、触覚に凄い敏感。元々地中内の生活に特化してるから、」
確か、自治体の捕獲の場合は嗅覚をどうにか利用してから捕まえるみたいな感じだった筈。
で、何故これを知っているかという話については……
「魔物は分からないけど、モグラの特色はそれくらい。…あと、気をつけて。もしかしたら嫉妬の魔導師と関わってるかもしれない」
……ワンチャン嫉妬の魔導師と関わってる説が。
第三作目で初登場したエセリンダ・ラーヴァ・フリジッド。めっちゃ厄介だったけど、憎めない系の敵っていう典型的なパティーン。ただ、倒し方含めマジで厄介なので気をつける必要がある。強いんよエセリンダ様。
まあ、エセリンダ様がモグラを使っているのを見たことはないけれど、…一応…モグラは七つの大罪の中だと嫉妬に分類されるから。
『了解、何があるか分からないからまだ繋げておいて』
「あぁ」
返事をしたティーアちゃんは、既に新兵の手から離れていた。しかし、その後直ぐに向かおうとするので、案の定新兵に止められている模様。
『え、ちょ、女神どこに…』
『どこって、騎士団長助けに行くのよ、…君達新兵は大人しくここで待ってなさい』
その真剣な眼差しに萎縮したのか、新兵は何も言えなくなる。その間にティーアちゃんは走って先程の所へと向かう。
『指示お願い』「うんっ」
間髪入れずに私は返事をした。
イグニス様やシモンズ副団長が止めようとするも、ティーアちゃんは聞く耳を一切持たない。多分、私達の声しか彼女には届いていない。
……やめさせる声よりも、確実に勝つ為の声だから。
『〈強化〉速度三倍、動体視力二倍』
そのままヒーロータイムに突入している勢い。
お兄様も慣れないことをしている所為か一言も喋れていないので、やはり私が指示を出……
「っっ…フィーナ、ハルト!ティーアがやられたらどうするんだよ!」
「殿下の言う通りです、ティーア嬢は特待生で学園に入学しているとはいえ、まだ10にも満たない…」
分かってる。分かってるけど…
「私達じゃ行けないんです、それなら…犠牲を出さないようにする為にも、少しでもチャンスのあるティーアちゃんに、確実に勝ってもらわないと…!」
でないと、騎士団長は死んじゃうかもしれないんだよ?
それにティーアちゃんだって無敵なわけじゃない。最強なわけじゃない。失敗だってするし怪我だってする。それでも、今一番あの場で可能性があるのは、紛れもなくティーアちゃんだ。……申し訳ないけど、こうなった以上全力で戦ってもらいたいと思う。
「副団長!!半分溜まりました、あともうすぐで大人1名だけあちらに転送出来ます!」
「ッっ、よしわかった、私が行こう。セイン、後の指揮を任せる、後でロデリックに…」
……え、待って?転送できるって言った?
テレポート出来るってこと?一人?え、半分溜まりました?転送できるって??あともうすぐで大人一人?…ってことは…子供なら今行ける!?!!
「私行きます!」「俺に行かせてください!」
わ、見事にお兄様とハモった。
私達は一瞬目を合わせてしまう。うぐ、確かにお兄様の方が確実だけど、でもティーアちゃんのピンチに黙って待つようなそんな悪女には断じてなりたくない。だけど、私が行くよりもお兄様が行ったほうが魔力量も安定するし技術もあるしなんとかしてくれそうっていう安心感があ…
「……俺様が行く」
…………………はい?
待って待って待って待って待って待って待って。今、物凄くゲームに近しい声が聞こえてきましたが?気の所為ですか?…物凄くゲームっぽい声が。
しかも、この声…この言い方、この一人称…
「イグニス様…?」
「さっさとしろ、まさかこの俺様に楯突く気か?」
煽るように笑みを浮かべ、転送できると言った騎士の喉に…剣を突きつけるイグニス様。
え、どゆこと?さっきまで俺様王子の欠片も無かったイグニス様なのに、めっちゃゲームの俺様王子なんだが?
お兄様は…頭を抱えている。知ってたのか?これ。
さっきまで全然違ったのに、今になってゲームの一片が見えてなんか複雑と言いますか…。
やはりゲーム通りに進んでいるのか、という不安感と安心感が同時にやってくるという人生最大の矛盾。
混乱しまくっていると、遂にイグニス様が命令に命令を重ね…
「ッっ殿下!?」『やば…騎士団長!?』
言っちゃったよ。
しかも、ティーアちゃんの焦った声が聞こえてくるし。
「地盤も緩くなってる筈だから、土砂崩れに気をつけて!」
……仕方ないか、ここはティーアちゃんにバリクソ頑張ってもらって、イグニス様もちゃんと助けてもらおう。……別にイグニス様が弱いわけじゃないんだけど、不安になるんよ、その二重人格は。
一次的に人格が変わってるのか?とか、ゲームの人格憑依してるのか?とか色々考えちゃうんだもん。不安定な状態は危ういと思うんだよね。第三作目で不安定な二重人格系がいたけど、その子超絶辛そうだったし。……本人というか、見てるこっちが痛々しく思えてきちゃうんだよね。
「あと普通に地中にモグラが居たってことは動いたり生活したりする為の通路ができてる筈…かなり大きいモグラだから、その分通路の空間も広くなってると思う、だから地盤とかホント気をつけてね!?イグニス様も行っちゃったし…気をつけてよティーアちゃん!なるべくイグニス様ごと守ってほしい!聞こえてる!?ティーアちゃん?ティーアちゃーん??」
「この馬鹿……話を聞けティーア!チッ…クソ、」
このお兄様をここまで口悪くできるのはティーアちゃんくらいだよ。私も雄弁になってるから人のこと言えないけど、でもちゃんと大切なことなんだよ!ほんとのほんとに必要なことなんだから!
下の通路!空間!地盤緩い!!
『魔術式陣ッっ』
「っっ…魔法だと危ないでしょ!?崖が…!」
ティーアちゃんはあぁ見えて意外とゴリ押すタイプだから、気をつけてもらわないとなんだよ!!
確かに結界は強力だし、並大抵なことじゃ破られることはないと思うけれど、崖崩れは洒落にならない。
ってか、さっきの言葉全然聞いてないじゃんか!
「巨大なモグラが地中から出てきたってことはそれなりの空間がある筈、下の崩れも考慮してってば!!」
聞こえてるかなぁ…これ!
ティーアちゃんは戦いに集中し始めたみたいだから、聞こえてなさそうな気もする。
ただ、魔物だけに集中しているように見えるティーアちゃんだったが、実はそうでもない。後ろから奇襲者に銃で撃たれても、寸前の所で避けて小さく魔法を放ったり剣で叩き落とすのだ。
ってことはワンチャンこっちの話も聞こえて……
「なんだあの動き…!?」
「本当にただの少女なのか…?何か特別な…!?」
「あんな動き、新兵でもできないぞ!?」
相手の剣や拳を臆さず、それが例え魔物であろうとも。
その血飛沫に怯むことなく、ただひたすらに相手を制していく姿は戦士そのもの。……闘う乙女、…そしてそれが古の乙女であり、伝説の救世主であり、かつての聖女。
魔物と戦いながらも、崖下に居る奇襲者達の腕を捻り上げ、動きを奪い、力任せに振り上げられた剣をいなして避ける。
ティーアちゃんが剣を振るえば、必ずそれは相手の手足の自由を奪った。ザシュッと、肉の切れた男とともに男が両足を押さえ転がった。
……そして、それはたったの一瞬。
一秒一秒の出来事が、脳内にこびりつく。たった一分程度の戦闘が、彼女の覚悟を現していた。
私には、……出来ない。
『きし…だっ』
ただ、それでもティーアちゃんは…間に合いそうになかった。騎士団長が食われる。…その瞬間、
『ハァッ!!!!!』
…その瞬間、上からイグニス様の剣が魔物に突き刺さった。
副団長曰く崖の上に転送したとのこと。それはつまり、崖に、そして魔物の上に何の抵抗もなく飛び込んだということになる。
俺様王子の肝、素晴らしい。
『騎士団長後ろに!』
騎士団長の元にイグニス様を引き連れ、そのまま乱雑に魔道具を彼らに投げる。イグニス様も体勢を崩していたが、なんとか騎士団長が受け止めた。
そのまま視点がぐちゃぐちゃになるも、イグニス様が持ったことでようやく魔道具の視界が安定した時には、既にティーアちゃんは魔物と一対一の戦闘態勢に入っていた。
『魔術式陣・炎・紅蓮聖炎!』
だから、危ないのに…!!!
『ッっ…何故貴方方はここに…!?』
『う…わっ…え、どこ…剣…どうし…』
って、あれ?イグニス様、さっきみたいな俺様王子じゃない…よね。てことは、一次的にあの人格が…。うわ、流石に二重人格すぎるのでは…? 大丈夫?大丈夫か??
「…イグニス様は…剣を持つと性格が変わるんだ、」
「ほ、へぇ…?」
お兄様に聞きたいことは山ほどあったが、今はそれどころじゃない。イグニス様のことはとてもとても聞きたいが、今は考えている余裕はない。
『っっ…まだ動くの…!?しぶといわね…っ』
「大罪魔導師の魔物の弱点は確か目、…小さいけど探して!」
『ええ、分かってる!』
ティーアちゃんは何の迷いもなく、飛行魔法や身体強化を駆使して魔物の周りを動き回る。イグニス様も魔道具をしっかりと動かし彼女の動きを追うし、…騎士達も呆然とそちらを眺めていた。
そして、ティーアちゃんの目つきが明らかに変わる。
『ッっ、魔術式陣・火・不知火時雨ッッ!!!!!』
そんな広範囲…と思ってしまうが、イグニス様と騎士団長の方には結界が張られており、更に両サイドの崖にも攻撃が当たる部分にのみ結界を張るという高度なことをやっている。攻撃をしながら。
…器用すぎるというか、なんというか…。
騎士達の歓声に賛成しながら、私も食い入るように眺めてしまう。
戦闘慣れ、って言ったらいいのかな。常に命と命のやりとりを一番分かっているような、並大抵…いや、それ以上の覚悟が備わっている気がする。
『魔術式陣・呪・呪縛の枷、』
時代が時代とは言え…何も言えなくなってしまう。
不知火時雨で弱った魔物を難なく拘束していくティーアちゃん。
動こうとする魔物だったが、その前にティーアちゃんは動き始めた。身体強化で素早く、飛行魔法で上の方から。
『魔術式陣・打・捻れ撃ちッっ』
…一点集中型攻撃。突き技であり、ねじれという名の通り回転をかけて精度を上げているらしい。
『だぁぁぁぁぁあああああ!!!!!』
ティーアちゃんは無詠唱で自身に付与を掛けているようで、身体強化の威力、腕力、魔力…ドンドンと威力が上がっているのが目に見えるし、腕力も力み始め、魔力も上がっていく。
……お願いティーアちゃん、……戦え、古の乙女!
「ッっこのままじゃ、ティーア嬢が…!」
「いや、問題ないだろう。…なにせティーアは…」
お兄様はなんてことなさそうに、魔道具に魔力を流し込んでいる。
「……目先の力だけに囚われ、暴走するような女じゃない」
冷たく抑揚のない声、……それでも、とても温かい。
お兄様がそう言い放ったと同時に、ティーアちゃんの声が聞こえてきた。
『ッ…よし、突破……』
「おおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」
作戦会議室内に歓声が上がる。…が、
『……嘘でしょ…ッ』
……も〜〜〜!!!だから言ったのに!
雲行きが怪しくなったティーアちゃんの声に、皆固まってしまう。…誰もが、ティーアちゃんに集中していた。
崖崩れにはあれ程気をつけろって!モグラが出てきたらその下空洞になるし、モグラがデカかったらデカいだけ空洞だって大きくなるに決まって…!
『ティーア嬢!』
『私はいいから自分の身を!』
ティーアちゃんそう言い放ち、2人に更に高度な結界を施す。…いや、ティーアちゃんの身も心配なんだが…!?
『あっ…しまっ…』
『殿下!!!』
イグニス様の手から魔道具が離れてしまい、遂に通信が途切れる。…恐らく向こうの通信機が壊されたことで、情報を受信できなくなったのだろう。
誰もが声にならない悲鳴を喉で鳴らす。
…それから、私達は何もできない中数分が経った。




