Ⅰ27.卓越少女は戦う。
「も、申し訳ございません…女神!!」
「だから女神じゃないから!」
……もう、なんなのよ女神って。
私は通信の魔道具を両手に思わずため息をついてしまう。
半年程前の一件で、奴隷商人達から感じられた嫌な魔力。
あれを探すべく一週間程学園をお休みさせていただいて、し〜っかりと調査をしようと思ったその日。
まさかこんなことになるとは思わなかった。
今までの調査は王都やフルール村付近だったけれど、今日はしっかり辺境まで向かおうとしたというのに。
どうして騎士団と鉢合わせちゃうのかしら。
セラフィーナさん達の方がまだ良かったし、何ならレオンハルトさん達だとありがたかったというのに、どうしてこう…よりによって騎士団なの!
ここは崖。そして、周りには…騎士団長と呼ばれる人と、恐らく新兵達。
合同演習に向かう所だったらしく、そこを奇襲されたのだそう。
しかも、私が騎士団長と目が合い声をかけられていた矢先の奇襲。……頃合い見計らいすぎよ。
騎士団長にはこの前の一件で顔だけは知られているし、新兵の中にもここ数年プラーミア学園の寮の外でしていた朝練を見ていた子達も幾人かいたので、尚更面倒な事にならないように、……いえ、迷惑にならないように挨拶した後すぐに立ち去ろうと思っていたのに、これでは逃げるに逃げれないじゃない。
……何故ここにいるのか聞かれた時は誤魔化したけれど、絶対後で詳しく聞かれる。
いざとなったら陛下に丸投げかしら。面倒なことは避けたいもの。
「申し訳ありません、女神っ俺達が不甲斐無い所為で、女神に怪我を…!」
「いや、別にこれくらい…」
銃の流れ弾がちょ〜っと当たったくらいで大袈裟な。
こんなことで慌ててちゃ、騎士なんて務まらないでしょう?私を庇ってくれた新兵の方が重体だし、私を心配するより彼を心配しなさいよ。…治癒魔法ある程度かけてあげたとは言え、完治させるのは私にはできないし…。
騎士団長はあの時「クリスティーナ様降臨大作戦」を受けているので私をティーアと認識してくれているとは思うけれど、まだクリスティーナ様が残っていると捉えられた場合陛下への報告が懸念される。……そうでなくても報告されたら面倒なのだけれど。
よって騎士団長と話す時はなるべく子供っぽく、そして「何も知りませんよ」アピールをする必要があるのだ。もちろん魔法を使うだなんて以ての外。……それでも、ここまで慌てられると使わざるを得ない。
というか新兵達、自分だって怪我をしているのだからまずは自分の心配をしなさいよ、どうして私の心配をしちゃうのかしら。全く………
「それより、私治癒魔法かけるから、これ持ってなさいよ」
「ちゆっ…まほっ…使えるんですか女神!?流石女神だ…っ」
「だから女神女神うるさいわね!いい加減に…」
……あ、これ…やばいかも。
でも落ち着きなさい私。あくまでも相手はまだ……ま、いや、………幾つなのかしらこの子達。
というかやばいのはそこじゃないのよね。
「女神…?」
「騎士団長!残りの弾数は?」
「ッっ…さあ、な…ッ!」
あら、私ってもしかして嫌われてる?
……いや、普通に騎士団長一人で戦ってるから気が回らないだけよね。…そうよね?そう思っていいのよね?
なんだ、本物のクリスティーナ様じゃなかったのか、と思われてないか心配になるわ。
「ベオウルフ、上から片付けるよう命じてくれ、」
『ああ、わかった』
…駄目、上からだけじゃない。やばいのは、……今、本当にやばいのは……
「女神…?そんな所に顔を出したら、上からの標的に…!」
……分かってる、だけど、分かってるけど!
「ッっおい、ティーア嬢。悪いがそこまで身勝手に動かないでいただきたい、…それ以上は庇いき…」
ごめんなさい騎士団長。それでも私は…
「ッっ…下、」
上だけじゃないと、気づいてしまったから。
騎士団長を寸前の所で動かす。流石に飛ばしきれなかったけれど、ある程度体勢を崩せた筈。
上からの標的になり銃弾が飛んでくる。
騎士団長は我儘やめなさい、と言いつつも私を銃弾から守るように下に抱えてくれた。
そして、彼元々立っていた場所から何かが出てきた。
知らない動物。……だけど、気配は間違えなく魔物だ。
その魔物が上からの銃弾を全て叩き落としたので銃弾が私や騎士団長に当たることはなかったが、…これでは何の解決にもなっていない。敵が人から魔物になっただけ、……むしろ厄介になったわね。
上からザワザワとした声が聞こえてくる。
……悪いけれど、私だって奇襲を見逃す程甘くはないので、とりあえず手足の拘束だけ皆にバレないように行う。詠唱無しで行ったし、光も最小限に抑えたので私がやったとはバレないだろう。
オマケに上の方にいる奴らは新兵の位置からはそこまで見えない筈。…騎士団長は知らないけれど。
『魔物か…ッ!?』
「…そうみたいだな、…やはり第五番隊にはこちらへ先に来てもらうべきか…ストームに伝えてくれ、」
…そんな冷静に対応しないでください騎士団長。
本当は心臓バックバクなんじゃないのかしら。…もしそうじゃなかったら、相当肝が据わってますこと。お兄様くらいよ?魔物を見てそこまで冷静なの。それとも魔物と対峙するのは今回が初めてじゃないのかしらね。
「とりあえず、ここは地盤も緩い。先程の岩は故意だろうが、何が起こるか分からない。今のように。…お前ら全員避難しろ、良いな!」
結局、私は新兵の元へ回収されてしまい、騎士団長は魔物の前に立つ。
「……何、すぐに私も向かうさ」
…そう言われてしまえば、避難するしか無い。
これを好都合と思っているのか、数人の奇襲者達はまだ銃を撃ち続けている。基本操者なしの魔物は目の前のモノに集中する癖があるので、恐らく騎士団長しか見えていないだろう。あと魔力量的にも…私が抑え込んでいることを考慮するのならば、この中じゃ騎士団長が一番多い。魔物は魔力が多い場所存在に惹かれる癖があるから、尚更狙われやすい。
騎士団長が持っているのは剣と銃。銃弾は恐らくもう切れる頃だろうか。
……それだけで戦うにはそれなりの技術が不可欠。果たして彼に、それだけの力はあるのかしら。そして、それだけの魔力と体力は……
新兵達は皆涙ながらに退避する。
私も強制的に持ち上げられてしまっているので、動くことは出来ない。……困ったわね、騎士団長…魔物相手にどれだけ戦えるのかしら。
……魔道具を持った新兵は、隣にいる。
この魔道具は魔力を注ぎ合うことで通信しているのだろう。恐らく2人分の魔力量があり初めて通信可能となる。
今は魔力の限界が来たのか今は一時的に繋がりを遮断し…
『ティーア、聞こえるかティーア!』
「っっ…嘘でしょレオンハルトさん…?!」
遮断されていた筈の魔道具が一気に稼働したのに驚いたからか、持っていた新兵はそれを落としそうになる。しかし、なんとかそれを受け止めた。
……そう、そこにいるのね。2人分の魔力量を一人で補っていると言った所かしら。……凄い魔力量ですこと。
「何?」
『あれ、多分モグラだよ!ティーアちゃん』
あら、セラフィーナさんも居たのね、知らなかった。
……それにしても、モグラって一体…。あぁ、あの魔物かしら。正直動物とか殆ど知らないから、特性とかも分からないのよね。
魔物が実際の動物と似通った特色を持っていることは知っているのだけれど、元の動物の特性を知らないから困るわ。でもセラフィーナさんは知ってるのね、ここ1000年で新たな研究が進んだのかしら。
「モグラって?」
『別名土竜、土の竜!食物網の上位に位置する捕食者で、肉食。一生の大半を地中で過ごすから、土を掘るのに適した大きく平らな前足と鋭い爪で土を効率的に掘り進めることができるの』
「弱点は?」
『…分からないけど、目は小さく退化してる筈。ただ、対照的に嗅覚や聴覚、触覚に凄い敏感。元々地中内の生活に特化してるから、』
……爪を気をつけて一気に片付けるか…
『魔物は分からないけど、モグラの特色はそれくらい。…あと、気をつけて。もしかしたら嫉妬の魔導師と関わってるかもしれない』
セラフィーナさんの説明が終わった段階で、私を持ち上げてくれていた新兵はようやく降ろしてくれた。その時には既に騎士団長の姿は殆ど見えない。……私は嫉妬の魔導師等という大罪魔導師を知らないのだけれど、それが大罪魔導師の区分であるとするならば気を引き締めて、急いで助けに行かないと。
かなり離れたもの、……でも、ここなら新兵が居ても大丈夫かしら。
「了解、何があるか分からないからまだ繋げておいて」
『あぁ』
「え、ちょ、女神どこに…」
「どこって、騎士団長助けに行くのよ、…君達新兵は大人しくここで待ってなさい」
まだゴネている彼らだったが、怪我や疲労により追いかけることができないのか、…それとも恐怖が勝っているのか、……私が走っても追いつかれることはなかった。
「指示お願い」
『うんっ』
魔道具を片手に突っ走る。手に持つのも面倒ね、セラフィーナさんが持っていた腕時計…と同じように腕輪風にしておきましょうか。
「〈強化〉速度三倍、動体視力二倍」
新兵が持っていた剣を片手に私は騎士団長や魔物の方へと向かった。上からの攻撃を避けつつ、なるべく魔力消費最小限に抑える。
そして、ようやく辿り着い………
「やば…騎士団長!?」『ッっ殿下!?』
辿り着いたと思ったら、騎士団長が食われかけているではないか。
『地盤も緩くなってる筈だから、土砂崩れに気をつけて!』
剣を片手に最期まで足掻こうともがき続けている騎士団長。
今も必死で、まだ戦おうとしている。まだ戦える、彼は戦う。私が止めても。もぉー!どうしろって言うのよ!大人しく新兵と避難してくれれば良かったのに!
…どうする、どうするどうするどうするどうする?
ここでやれば陛下への報告は不可避。何を使う?精舞の極?魔術の陣?それとも普通の……っっいや駄目、間に合わない!
……助けろ、走れ、まだ終わらない!…終わらせない…ッっ!!!
「魔術式陣ッっ」
『っっ…魔法だと危ないでしょ!?崖が…!』
いやでも、騎士団長食われかけて…!
…速度三倍動体視力二倍だからそう見えてるだけ?まだ時間ある?…いや、無い。無いでしょ、無い。しかも変な魔力感じるわね、半年程前の男爵領の一件と同じだわ。ってそんなこと考えている余裕はない、走れ走れ、動け…!
「ハァッ!!!!!」
ッっ…上から、誰かの剣が魔物に突き刺さった。
いや、驚いてる暇はないわね。今私が出来ることをやらないと。
「騎士団長後ろに!」
とりあえず上の方にいる奴らは全員拘束。
騎士団長に見られても…これは仕方がないわ。不可抗力だもの。騎士団長を後ろに下がらせて、…大丈夫。新兵達は崖からある程度離れた。
後は、ここに来てくれた彼を…そして、残ろうとした騎士団長を全力で守るだけ。
「魔術式陣・炎・紅蓮聖炎!」
「ッっ…何故貴方方はここに…!?」
「う…わっ…え、どこ…剣…どうし…」
騎士団長そんなに驚かなくて良いわ。私は元々そのつもりだった。
そして、…剣ならさっき貴方が自分から魔物に突き刺してたじゃない。…イグ。どうしてここにいるのかは知らないけれど、貴方のお陰で、一瞬の隙は出来たわ。
「っっ…まだ動くの…!?しぶといわね…っ」
『大罪魔導師の魔物の弱点は確か目、…小さいけど探して!』
「ええ、分かってる!」
イグに通信魔道具を渡し、2人の周りに簡易結界を張る。これならある程度は守れるだろう。
それから飛行魔法や強化魔法を駆使して、セラフィーナさんの声を頼りに目を探した。
…小さい目…あれか。
「ッっ、魔術式陣・火・不知火時雨ッッ!!!!!」
とりあえず広範囲攻撃。
「魔術式陣・呪・呪縛の枷、」
そして拘束。
「魔術式陣・打・ねじれ撃ちッっ」
…で、一点集中型の攻撃。
回転を掛けることでその一点だけを集中的に攻撃。
「だぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」
……更に、身体強化威力五倍、腕力二倍…魔力二倍、三倍、四倍…ッッッ…!!!
「ッ…よし、突破……」
……突破は出来た、…んだけどさぁ……
モグラの魔物はそのまま倒れ、辺りが揺れ始める。
「嘘でしょ…ッ」
……崖が崩れ始めたのだ。…なるほど、この魔物を含めてこの辺りの魔力均衡を取っていたのね。それを私が倒したから。…いや、今はそんなこと考えてる暇はないわ。
「ティーア嬢!」
「私はいいから彼の身を!」
イグを庇ってくれる騎士団長を横目に、私は自身にも結界を施す。…とは言え、さっき大型の魔物を一気に倒したことで、魔力切れが…。
というか、どうしてイグはここに…。
いや、今はそんなこと考えている余裕はない。…集中、集中ッっ!!
「っハァハァハァハァ…」
…ヤバい…終わった?…騎士団長やイグ、守れた?
意識が朦朧とするけど、ここで魔力を解いたら、結界が壊れて二人が瓦礫に潰されるかも。
息を吸って、吐いて、落ち着け。
集中しろ、集中、集中…
「……み!……が…」
あぁ、大丈夫。もう、大丈夫かな。
駆け寄ってくる新兵。私はありったけの魔力を込めて、結界の外部に沿って張り付いている瓦礫を上から剥がす。
騎士団長の顔が見えてきた所で、思わず安心した私は、…そのまま意識を閉ざしてしまったのだった。
ーーーーー
「…………惨めだな、」
「グ、ハッゥァァア………」
一人の青年は崖下を見下ろしながら近くにいた男の息の根を止める寸前の所まで動けなくする。
「うっふふふふふふ!」
その隣りにいる女はそんな青年を面白そうに笑いながら見上げた。
不気味な程白く小綺麗なドレスを身にまとった少女は、見るからにこの場に似つかわしくない。
「……まだ見つからないのか、傲慢は」
「えぇ、まだね。それより……どうしてそんなに傲慢の魔導師が気になるのかしら?」
「……数千年間姿を見せないから、」
そんなこと言わせるな、とでも言うように青年は力を込める。そして骨が折れる男達。……そんな様子を、目を細めながら見つめる少女。
「……まあ!趣味がお悪いことっ、……暴食の魔導師様っ」
……暴食の魔導師は、そのまま鬱陶しそうに少女に目を向ける。
「……お前はどうなんだ、嫉妬」
「ふーん?……嫉妬と呼ばないでくださる?私にはエセリンダ・フリジッドという名前があるんですぅーっ」
「貴様の名前などどうでも良い」
「まあ失礼ですこと!」
上品だったが、心の底からの言葉なのか分からないような笑い方。
暴食の魔導師はそんな嫉妬の魔導師エセリンダを冷たくあしらった。
「俺からしたら貴様の方が趣味は悪いがな」
「あら?どこをどう見ても普通でしょう、」
そんなわけねぇだろ…とエセリンダを見下ろす暴食。
「俺は復讐の相手は間違えない、無鉄砲な貴様とは違ってな」
「うふふ、だからこの時代まで生き残っていらっしゃるのでしょう?……時代遅れの熱血お爺様」
「ハッ…、熱血と言われたのは初めてだ」
「ご冗談を!何年も生き……」
エセリンダはそれ以上何も言わず。
何故なら暴食の魔導師が彼女の首を掴み、そのまま持ち上げたからだ。足がつかず、手はぶらりと力なく垂れ下がる。本来であれば喋ることも息をすることも出来なくなるのだが、エセリンダは普通の人間ではない。
キョトンとした後口角を上げて、今度は暴食の魔導師を見下ろす。
「熱血お爺様?何かありましてっ?笑」
「……俺の前で熱血と言うな、虫酸が走る」
「何かあったのかしら♪……私が本気を出せば、私は貴方を超えられる、……忘れないでくださいねっ?」
「それはこちらの台詞だ、たかが500年程度で調子に乗るなよ」
「なっ……そんなに年取ってないですよっ!!」
2人は睨み合う。すると…
「誰だ?貴様ら、」
金髪に真紅の瞳を持つ少年が、剣を持ち睨むように見ているではないか。
暴食の魔導師は予想外の出来事に思わず手を離し、嫉妬の魔導師も目を見開いて少年を見つめた。ほんの数秒前までは居なかったので、魔道具か何かだろうと考える2人。
殺すか、それとも…と考えている間に、少年は一人心の中だけで自問自答し完結させてしまう。
「ふっ、こんな所に民とはな!貴様らは離れていろ、怪我をしたくないなら邪魔するなよ!」
「「…………」」
暴食の魔導師及び嫉妬の魔導師が何かを言う前に、魔物が暴れている崖下に迷いなく飛び降りる……第一王子イグニス・ラグジュアル・サンスベリア。
「………………」
「あら、何かありまして?」
もしもこんな王子が、こんな王族があの時居たならば。
それならば、何か変わっていただろうか。それとも何も変わらなかっただろうか。
嫉妬の魔導師の問いに対し何も答えない暴食の魔導師はくるりと振り返り崖とは違う方に身体を向ける。
「……俺は帰る、貴様は」
「実験まだ終わってないもんっ〜まだ残りますよっ」
「俺の前で実験と言うな、」
「……貴方の前だと何も会話できませんね」
「「……………」」
エセリンダは暴食の魔導師の背中を見ながら思う。
今ここで彼に勝てば【暴食の魔導書】を手に入れることはできる。それでも……
「……私以外に背中、向けない方がよろしいかもねっ」
「…………そうか、」
そう言われても背中を向けながら堂々と去っていく暴食の魔導師。
「……………復讐の相手が生きているだなんて、羨ましいこと、」
その背中を、エセリンダは静かに見送ったのだった。
……彼女達が何を言ったとしても、最後には何もせず去っていく暴食の魔導師。……そんな彼には何をしても勝てないのだと、……エセリンダは知っているから。
「……メリンダ、ベリンダ、……私は帰ります。貴方達はあのモグラを好きにしなさい」
「「はい」」
二人の子供にそう言い放ったエセリンダはそのまま暴食の魔導師とは別の方へと歩いていく。
人の感情もなく返事をした二人の子供、メリンダとベリンダはエセリンダが去っていった方を静かに見守り…そして、一定の距離まで離れると静かに消えゆくのだった。




