Ⅰ26.高揚令嬢は視察する。
はてさて、時は永暦997年が終わり、998年へと突入してしまった。今年の精霊の儀も何事もなくこなされ、新たなる1年が始まったのである。
もうすぐ新学期になるわけでして、新学期になると、【オトチカ】による【Prologue:入学式】の次章、【第一章:香る華に誘われて】が始まる。……確かそこでは、イグニス様の婚約者様を決めようパーティー…所謂合コンが行われているのだ。
ゲームのことはこれ以上ないくらい気になってしまうけど、……今は目の前のことに集中しよう。うん。
本日、私達は騎士団の視察へと訪れていた。
我々ソレイユ王国騎士団は、王城の中に本拠地を有している。……家の公務ということで、私達は学園を休んでこの視察へ来たのだ。
ちなみに、私達、…というのは、私とお兄様、そして王子である噂のイグニス様も居る。
馬車を降りた途端、騎士団総出で迎えられた。
道を作るように並び、その先には私達に声を掛けてくれた騎士も含め二名の騎士が並んでいる。
「本日はお越しいただきありがとうございます。イグニス殿下、レオンハルト様、セラフィーナ様」
「こちらこそありがとう、感謝するよ」
イグニス様と挨拶をしながら握手をするのは、副団長ベオウルフ・シモンズ様。
…あれ?ということは……
「…おや、騎士団長はお見えではないようで?」
イグニス様の言葉に少し頷いてしまう。
そう、普通こういう時に迎えてくれるのは騎士団長の筈なのだが、辺りには見当たらない。
騎士団長…シリル・ハワード様はこの前の一件で見かけたことがあるからね。ティーアちゃんに向かって「無礼者!」って言っていた人。
ちなみにベオウルフ副団長の隣にいるもう一人の騎士は、きっとどこかの隊の隊長の一人だろう。流石に王子と対面するのならば隊長格すぎるでしょうよってお話である。
「…申し訳ありません、騎士団長は急遽、隣国と行う新兵の合同演習に同行することになりまして…」
副団長が少し慌てたように説明をする。恐らく説明するタイミングより前にイグニス様が指摘してしまったのだ。
“新兵”とは。…所謂騎士見習いのこと。
騎士団の本隊には所属しない、騎士予備軍。このオトチカ…いや、この国では、その新兵の中から選ばれた者だけが騎士団本隊に所属することができる。
だから、騎士団に入隊することができても、そこから本隊になるのはまたかなりの実力を要するのである。
ただ、ゲーム本編開始時は既に色々変化した部分があったらしく、新兵制度は無くなっていた筈。
一見は皆同じ白を基調とした団服や鎧なのだけれど、実際は新兵、本隊、副隊長、隊長、副団長、騎士団長とかで装飾や団服の長さが微妙に違う、…らしい。
見慣れないとわからないけれど、この差は大きいのだそう。数年ずっと新兵のままな者とかも普通にいると聞いている。ちなみに私は申し訳ないが見分けられない。
話によると、もともと引率する予定だった隣国の騎士団の一隊がこちらに到着せず、連絡もつかない状態である為、騎士団長が急遽代理で新兵を引き連れ、早朝から隣国との合同演習に向かったとのことだった。
スマホとかはないし、連絡も魔道具を使ってって感じ。……だけど魔道具だってそんなポンポンポンポン使える物だったり充電式だったり持ち運びできる程小さかったりするわけじゃないから、本当に緊急の時しか使えないらしいのだ。
ちょうど現在、国王やお父様も騎士団の隊を数隊引き連れ、数日前からその隣国に来訪している。
そして今日、新兵達が隣国にある演習場で双方の国の代表が見守る中、新兵合同演習を行う予定らしい。確かにそれでは引率とはいえ適当な代役をたてるわけにはいかない。
国と国との大事な任務なんだもの。
むしろ隣国の状況を確認し、報告、判断する為にも騎士団長が直接赴く方が妥当だろう。
「シモンズ副団長、これは第一王子であるイグニス殿下の記念すべき初の視察です。国王陛下はご存知で?…せめて、第一王子殿下には事前に報告すべきだったのではないでしょうか。」
お兄様が笑みを見せながらそう言い放つ。…とても爽やかで朗らかな笑みだが、言うことは手厳しい。
シモンズ副団長も、「そうでした」と言わんばかりに、騎士団の前で改めて謝罪を重ねる。
「いや、新兵の合同演習については僕も存じていた事だ!事前にこちらも確認すべきだったな」
イグニス殿下がそういったことで、雰囲気は少し柔らかくなった気がする。
そんな彼の言葉に、お兄様はすかさず「イグニス殿下は相変わらず懐がお広いですね」と笑顔で言い放った。
流石お兄様。演技派。
本当なら「全然大丈夫ですよ」と言ってやりたい気分なのだろう。現に、私に何故か一瞬目配せをしてきたんだもの。…それなら、このは私が…
「そうですね、騎士団長と会えないのは少し残念ですが…」
私もゆっくりと口を開き始める。
「以前騎士団長には……自分が育て上げた騎士達はみーんな優秀であると伺いますから!騎士団長不在であっても今回の視察は十分すぎる程意義のあるものだと思いますよっ!」
どうやこれナイスフォロー。
んふふ、主人公の笑顔という素晴らしいスキル。私が笑みを浮かべたことで、心無しか騎士団の緊張が少し和らいだ気がした。
良かった、クレーマー貴族ズだと思われたらどうしようかと思った。いくら顔が良くても性格が悪かったら勿体ないもんね。
そのまま奥の演習場まで案内されている私達だったが、妙に視線が刺さる気がする。
……まあ、こんな所までついてくる公爵令嬢なんてそんなに居ないだろうし。それにほら、嫌味を言われるかもしれない?と思われても仕方ないか。基本騎士と言えば男みたいな風潮残ってるし、肉体労働ですもん。
……とはいえ、私は騎士系攻略対象者の手がかりを少しでも見つけねばならないので、席を外すわけにはいかなかった。
あと普通に気になる。騎士といえばファンタジーの鉄板!!って感じなんだもん!
演習場を見渡せる高台に通され、用意された豪華な椅子に腰掛けながらそこから騎士団を見下ろす。
横でお兄様がイグニス様に剣の振り方について、副団長が騎士団について事細かに解説をしてくれた。
最初の基礎鍛錬から実技演習、剣だけではなく狙撃や乗馬での戦闘演習まで、様々な状況で行動できるように訓練されているらしい。
騎士は銃も使えるんだ。前世の自衛隊みたいな物かな。それとも警察?…衛兵を警備員と捉えるのであれば警察に当たるかも。
かくいう私も、衛兵と騎士の違いはあまりよく分かっていない。
ちなみに、話を聞くと主要は剣らしいけれど、騎士になったら銃も必須科目らしい。大変だ。ここにいる人達は皆両方使えるのか、と思わず感心しながら見渡してしまった。
そしてやっぱり、騎士団長が不在でも十分立派に機能してるっぽい。
初心者でもわかるほどにその全員が凄まじい剣術と覇気で満ち溢れていた。やれば出来るやん、等という上から目線になるつもりはないけれど、普通に出来てる騎士団諸君。凄いよ普通に。
……ゲームでは、ここまでの勢力は持ち合わせていない。
最後の一人の子が騎士団の入団試験を受ける時、彼はまだ10歳だった。そして現在の入団試験の最低年齢は15歳。
要するに、ゲームでは5歳も引き下げられたのだ。
ゲームでは、数年前から魔物が急増し、その影響で騎士の人数が足りなくなったからだとされている。判断基準も緩くなり、新兵制度も廃止。
そして彼に、「そのお陰で騎士になれたんです」「僕が凄いわけじゃありません」等と言わせる程。
……数年前、というのが…フルール村の黒竜の一件だけなのか、それとも何か別の理由があったのかは分からないけれど、まだ15歳なのはありがたい、…と思いつつ、彼はまだここには居ないのだろうと確信する。
確かゲームでも、父親の仇討ちとか言って入っていた気もするし。…あぁ……そこでも復讐要素が。
まあでも、それも仕方がないか。後の作品をリアタイしている時、「この代をひと言で表すなら?」っていうのがネットで話題になってて、第一作目は『バランス』や『最強』って感じでザ・初代みたいな話もあったんだけど、あろうことか『馬鹿力主人公』『復讐』等というホントに初代ですか??ってなる部分もあったから。
そんなことを思いながらも、演習風景を見るのは楽しい。
ゲームではもちろん、第一作目はアニメ化されていないこともあり騎士団は事細かに語られないし、三作目以降は騎士は出てきても騎士団は殆ど出てこない。出てくるって言っても、出動時のみで、演習風景を見ることはない。
椅子から少し身を乗り出すように見ていると、イグニス様も前のめりになって食い入るように見つめていた。
お兄様は来たことあるらしいから私達程ではないものの、副団長と高度な会話をし始めている。
騎士団の日課や仕事内容、どのような演習か等など…。
正直、聞くだけで結構勉強になる。
ちなみに、副団長は騎士団長と比べると少し温厚そうな方だった。…いや、騎士団長が眼光ドキツいだけかな。……言ったら怒られるかな。知られなきゃ良いもんな、別に。うん、口に出して言ってないわけだし。
……拝啓騎士団長、眼光怖いです。
反面副団長は、雰囲気も眼差しも物腰も柔らかいから、騎士というよりも近所のカフェの優しいお兄さんのような感じで、軍師系なのかなと一瞬思ってしまう。しかし、歴戦の騎士の証である生傷が鎧から出ている身体の所々から垣間見えるので、多分前線で戦う人だ。ギャップに萌えそう。
お兄様や私が説明内容の確認に合わせて質問してみても、指揮系統や緊急時の対策について国民に何かあった時の優先事項などについて的確な答えをスラスラと答えてくれた。
更に、私のことまで気遣ってくれる優しさ付き。
「…セラフィーナ様は…このような話、聞くだけでも疲れてしまいませんか?」
「いえ、とんでもないです!むしろ皆さんが普段どんなことをしていらっしゃるのか気になっていたので!」
だから仲間外れにしないでください…という願いを込めて、「楽しんでますよ」アピールの為ニッコリと微笑んでみせる。
……兄について行きたかっただけのブラコン令嬢notしごでき、みたいな不名誉が世に出回るのだけは全力で避けたい。
まあ、お兄様やイグニス様についていきたい感は若干…無きにしもあらずって所だけど。
「…流石セラフィーナ様。噂通り心優しきお方だ」
そう言ってニッコリと副団長が私に笑顔を向けてくれた。
…え、あの…この程度別になんてことな…。……いや、ここは受け取っておかないと。それこそエンシャンツ公爵令嬢としての立ち居振る舞いをしないとなんだし。
いやでも、私…別にそんな…心優し…?優しいか?むしろ私、自分でも我儘令嬢だなぁなんて思ってますが?
私が曖昧に「いえ、そんなことは…」と返し掛けるも、横にいたお兄様が「流石、騎士団副団長を任されているベオウルフ殿。城内の噂にも精しているとは!」と上塗りするように声を掛けてきた。
シモンズ副団長も「いえ、有名なお話ですから」と笑って答えてくれる。
「………噂…?」
私、そんな噂全く知らないんだが。
…しかもお兄様、今城内って言った?…私王城殆ど行ったことないよ?…あの、お兄様???そんな、ニッコリとしないでくれません?…いつの間にかこっちを見ているイグニス様も、「流石ベオウルフ殿!」とはっきり言ってしまう。
…ティーアちゃんの方が多いと思うんだけど、王城訪問回数は。
そんな感じで談笑をしながら過ごしていると、気がつけば1時間が経過していた。
そろそろ時間かなと思いふと椅子から腰を上げようとしたその時。
「伝令ーー‼︎‼︎伝令ーーー‼︎」
耳が裂けるような大声で騎士の叫びが響き渡った。
「これは……」
「先程仰っていた緊急事態、ですかね?」
お兄様が呟き私がそう言えば、シモンズ副団長は戸惑いながら頷いてくれる。それを見た私達三人は即座に顔を見合わせ合った。
騎士団として、王族のイグニス殿下や公爵の名を子供とは言え少しでも持つ私達を放っていくことは出来ない。
騎士団の第一優先事項として、王族の安全保障が厳守されている。緊急事態だからといって王族を送りをせぬ内にその場を離れるなど騎士道に反する。
…だけど…
「副団長、僕らも同行します」
……いや、だからこそ。
イグニス様がそう言えば、ここにいる誰もがそれを否定することは出来ない。
シモンズ副団長が駆け足の後訪れたのは、騎士団の作戦会議室。
既に何人もの騎士達が慌てた様子で部屋を右往左往している中、私達もそれに続いた。何人かの騎士は驚いたり戸惑ったように注視したが、状況が状況なだけに長くは注目もされなかった。
「シリルは無事か!?」
シリルというのは騎士団長の名前だ。
伝令を伝えに来た騎士からの連絡は、新兵達を引き連れて遠征先へ向かっていた騎士団長からの応援要請だったらしい。
隣国の演習場所へ向かう途中で奇襲を受けたのだ。
既に馬は何匹か死ぬか動けなくなり、新兵の中には死人こそいないものの重傷者が複数出ているそう。
更に、見知らぬ少女も1人保護しているらしい。
「はっ!騎士団長から今、魔道具を通して映像が繋がっております‼︎」
会議室の奥中央にはまるでスクリーンがあるかのように映像が浮かび、映し出されている。
科学ではない、向こう側にある魔道具とこちらの魔道具ぁ組み合わさり、映像がそのままこちらに転送されているのだ。
……まあ、電気じゃなくて魔力で動くカメラみたいな物だろう。
騎士の一人が「騎士団長より座標は既に連絡頂きました!ただ今特定できましたのでこちらからも今、映像を繋げます‼︎」と叫び、何かの道具を動かし始める。
そして、魔力を込め始めたかと思うと、シモンズ副団長へ向け始めた。
「シリル、聞こえるか!状況を話せ、今すぐに!!」
映像の中にいる騎士団長がはっとして画面を見る。これでビデオ通話のようにお互いが完全に繋がったのだろう。
『ああ、聞こえた!現在、先程の報告と状況は変わっていない。新兵に未だ死傷者は出ていないが、怪我人は増え続けるばかりだ。』
「こっちも既に応援準備を進めている。第五番隊を先に向かわせたが、他の部隊も準備が整い次第向かわせる。」
『あぁ、なるべく早く頼む。新兵はよくやってくれているが、やはり本隊の人間が私一人では厳しい状況だな……』
そう言いながらハワード騎士団長が様々な方角に向かって指示を飛ばしていた。
「相手に目星は?」
シモンズ副団長は演習中の時とは違い、緊迫した様子で映像のハワード騎士団長に問いかけている。
……これが、戦場と日常との違い。
ハワード騎士団長は『大方、隣国との同盟反対、もしくは戦争に情事した輩だろう』と冷静に状況判断を行う。
突然上から大岩を落とされ片方の道を塞がれたらしい。
奇襲者は全員崖上から射撃を繰り返しており、このままでは格好の的。撤退をしようにもこれ以上背後には遮蔽物が無く、少しでも動けば被害は拡大するだろうとのことだ。
副団長の問いに淡々と答える騎士団長はそのまま、『今はなんとか隊で盾を作って防いでいるが…時間の問題だろうな』と付け加えた。冷静に見えるが、どう見ても絶体絶命である。
……でも、ピンチの時こそ冷静にってことだ。流石騎士団長。
『せめて動ける馬だけでも使い、隙をついて重傷者を逃がしたいと思っている。今、その準備を進ませている。』
「今のお前達の座標なら、ここから本隊の馬を走らせれば3時間ほどで着かせることができる。あと、第五番隊だが…少人数とは言え1時間程で到着するだろう、ストームの速さならば30分だな、それまでなんとか耐えろ!」
『ッっあぁ、わかっている!それまで弾や弾薬が保てば良いが…な!!』
映像のハワード騎士団長が上半身を捻らせたと思えば次の瞬間、銃声とともに遠くから悲鳴のようなものが聞こえた。
恐らく崖上から一人撃ち倒したのだろう。相手が上にいる以上、騎士団の剣では太刀打ちできない。それに…下にいる人の剣は躱せているはものの、銃となるとそう簡単にはいかない。超スピードの弾丸を避けるなんて並大抵なことではないのだから。
「弾や弾薬が保てば、…そこまで多くないということですか?」
「だろうな、元々合同演習が目的の遠征。あまり多くは備えていないのだろう」
私の呟きに答えてくれたお兄様のその言葉に、私もイグニス様も黙りこくる。
『陛下の方はどうだ。何かご指示は。』
「連絡はついたが、今は隣国におられる。その国から応援を送ってくださるとのことだが、…正直、セルヴィラの速さでも間に合わないだろう」
私も座標を記された地図を確認したが、どうみてもこちらの国の方が近い。
早朝からとはいえ、新兵。しかも演習の前だ。
恐らく疲れさせないようにゆっくり余裕を持って進めたのだろう。隣国の軍やセルヴィラ隊長がこちらより先に辿り着くのはまず不可能。
騎士団長も騎士団も陛下も今できる最善を尽くしてる。
それなら、私にできることは?…私に、主人公である私に出来る、最善の方法は……
『ッっいったぁ〜〜〜』
…………ん?
「「「………」」」
…どこかで聞いたことのある声に、私達は固まってしまう。
だけど、騎士団長副団長達は全くと言っていい程気にしておらず、むしろハワード騎士団長は「保護した少女は必ず守れ!」と…。
…そうだよなぁ、…そんな辺鄙な所…って言ったら失礼だけど、……人も少ないだろう所に一人でいる少女なんて…
『も、申し訳ございません…女神!!!』
『だから女神じゃないから!』
…女神くらいだよなぁと。
驚くイグニス様を差し置き、私とお兄様はそっとため息をついてしまった。私的にはどうしてここにいるのか分からず不思議ではあるのだけれども、……お兄様はその、……見たことないくらいもんのすごく呆れたような視線を向けているのだった。




