第四十八話
第四十八話
「秋口さん、今日はそろそろ帰ろうか」
人通りの多い広場で、朱莉はよそよそしく、足早に歩いていた。
原因は僕なのだと思う。でも、何をしたのかは分からない。分かるのは、胸が苦しいことだけだった。
「朱莉、僕が何かしたのか?」
何度聞いても、はぐらかされる。
「秋口さん、また明日会おうね」
その顔を見た瞬間、胸が高鳴った。同時に、苦しさも増した。前は"高揚はない"と僕自身に言えた。だが今は言えない。
「朱莉、少し待ってくれないか」
無意識に僕は朱莉の腕を掴んでいた。
「秋口さん、離して……」
苦悩の表情を見てはいけないと思う。なのに、目が離せずさらに高揚してしまうのが理解出来る。
「今の秋口さんには、私が何を言っても届かないよ」
届かないと言われても、理由が分からない。
朱莉は僕を見ているのに、僕ではない誰かを見ている気がした。
手を振り払われ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
しばらくして、頬を雫が伝った。
空を見ると、雨が降っていた。雫が伝ってから、雨だと気づいた。涙か雨か、判断が遅れた。
「傘を買いに行こう、あか──」
いない人の名前を呼んで、僕は周囲の視線を集めながらも立ち止まった。
そしてびしょ濡れのまま、帰宅した。
「ただいま」
僕の姿を見るなり母さんは驚いて、すぐにタオルを取ってきた。
「そんなに濡れてどうしたの、風香。早く拭かないと風邪を引くわよ」
髪を拭かれながら聞かれても、答えられなかった。
「風香……もしかして、友達と喧嘩したの?」
首を横に振った。朱莉は友達ではない。恋人のはずだ。なのに、さっきは秋口さんと呼ばれた。
風香ちゃん、と呼ばれていた日々が、頭をよぎる。止めようとするほど、思い出してしまう。
僕は朱莉の恋人だ。それだけは、思い出せた。
何をしたのかは、まだ説明できない。説明できないまま謝りに行くのは、都合がいい。それでも、行かないわけにはいかない。
「ごめん、ちょっと恋人のところに行ってくる。帰ったら話すから、もう少し待ってて」
危ないと思いながら走った。途中で朱莉に電話をかけた。
一度目は出ない。二度目も出ない。四度目で、出た。
「朱莉、さっきのこと謝りたくて。学校に来てくれないか。二人で話したい。傷つけた僕がお願いしていいことじゃないのは分かってる。だけどお願いだ。朱莉」
伝わらないと思う。それでも、口が止まらない。
返事がない。沈黙が怖くて、冷や汗が出る。
声がした。朱莉ではなかった。
「そんなに焦っても、睡眠不足になるだけだよ。睡眠はちゃんと取らないと死んじゃうよ」
聞こえてはならない声が朱莉の携帯から、している。
転移したい。朱莉のところへ行きたい。願いは届かず、意識が途切れた。
「風香ちゃん、よかった。目が覚めたんだね」
「朱莉……さっきのこと、謝りたくて」
謝る前に、「許さない」と言われた。言い訳をしても、許さない、としか返ってこない。
「ねえ、風香ちゃん。私と一緒に死のうよ。一緒に死んでくれたら、許してあげる」
僕はすぐに手を伸ばした。
「待って、風香ちゃん!」
「朱莉が二人いる。幻か。死んだら許してくれるんだよね」
止めたほうの朱莉が、頬を叩いた。
「何を考えてるの、風香ちゃん。私がそんなことで許すわけないでしょ。一緒に生き残るって約束も、蘇生の魔法を覚える約束も、破らせないから」
朱莉が泣いていた。その顔を見て、目が覚めた。
広場で振り払われた感触は、まだ残っている。どこまでが夢で、どこからが現実か、はっきりしない。
以前に朝倉千紗さんを探したときを思い出す。
香取雛の魔法ではないか。前も、睡眠の話のあとで眠った。まだ仮説でしかない。でも、今はその仮説で充分だ。
睡眠の話を、香取雛に言わせてはいけない。
「朱莉、待っててくれ。今行く。無事でいてくれ」
僕の身体はその言葉を口に出すのと同時に何故か速度が上がった。
読んでいただきありがとうございます!!
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