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ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~  作者: 蝉時雨


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第一話は救出と共に

 ピチャ、ピチャ、と水が滴る音が響く。


 とにかく歩かなくては始まらないと考えてから、どれほど時間が経ったのだろうか。

 通ってきたであろう『扉』は忽然と姿を消し、この恐らくダンジョンと思しき場所に取り残されて。ここにいない仲間たちは無事帰れたのか、今地上はどうなっているのか。

 多々疑問は湧き上がってくるも、どれも答えがわからない。


 なにより。


「オレにも知らないダンジョンがまだあるか……世界は広いな……」


 これに尽きる。

 本当に見覚えがない場所だ。

 岩の隙間に生えているダンジョン産の草から、かろうじて日本かもしれないと宛はつけたが、どこまでかはさすがにわからない。


「……とにもかくにも、ここは恐らく深淵に該当する場所だろう。ソロでどこまで行けるものか」


 ダンジョン内は浅層、中層、深層、そして今いるであろう深淵に分類される。多くの冒険者は浅層あたりを彷徨いているもので、深淵でほかの冒険者に会うことはできないだろう。

 つまり、このダンジョンがどこの『扉』から通じている場所なのかも知る方法が、現時点では途絶えてしまっている。


 そもそも、この方向が合っているか分からない。

 最悪、ボスモンスターを討伐して『扉』を通ればいいが、またどこか知らない場所に飛ばされる可能性も捨てきれない。

 なにより、ソロの状態で勝てるのか。

 いくら武器と盾がユニークといえど、鎧のほうはすでにボロボロだ。


 とにかく慎重に進めねばならないだろう。


「さて、どうしたものかな」


 その時。


 ――いやあああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!


 空気を切り裂く叫び声が、響き渡った。



 

 ■■■




「やばいやばいやばいやばいやばいっ!!!!」


 暗闇を、少女が赤色の髪を揺らしながら走る。

 それは普通の人間よりも遥かに速く、競技シーンであれば金メダルなどの評価をもらえる程だ。


 ズドンと音が響き、少女の横の地面に巨大な槍の形をしたモノが着弾する。


「ひいいいぃぃぃぃぃっ!?!?」


 : やばいやばいやばい

 : 逃げて! 超逃げて!!!

 : まずいまずいまずいまずい

 : 言え! どうしてこうなった!


「未発見のエリアにあったトラップを踏んじゃったからですううううう!!! なんであんなところにトラップあるの!?」


 : ちゃんと言えて偉い

 : 言ってる場合か!!!!!

 : 近くに探索者はおらんのか!?

 : 『新宿・第三十七扉』を探索中の探索者様ああああ!!!


 少女の後ろを追尾するスマホは、絶えずピカピカと点滅している。彼女の視界の先にはコメント欄が表示され、視聴者からのコメントがこれでもかと流れていた。


「みんなっ! あたし大事なふおおおおお!? ことにきづいちゃった!」


 : 今!?

 : 今の状況よりも大事なことなの!?!?

 : 【Snow公式】当ギルドの精鋭十名が急行しています。牡丹さん、安全な場所まで退避してください。

 : 公式いいいいい!!! ありがとうだけど、安全な場所ってどこ!?


「えっ!? 運営も見てる!? やっとバズったよおおおお!!! ほめてええええ!!!」


 : バズりの心配じゃなくて命の心配をしろ!!!

 : 【Snow公式】帰ったら褒めますのでとにかく安全な場所へ逃げて

 : なんだろう、公式も焦ってそう

 : そりゃ、自分とこの新人が四にそうなんだから焦るだろ

  

 槍は着弾し続け、少女は赤い髪を揺らしながら至近距離でなんとか避け続ける。


「そうそうっ! 視聴者数さ! んああぁぁぉぉぉっ!?!? 過去最高じゃない!?」


 : いや本当に言ってる場合か!?!?

 : 保存した

 : ↑通報した

 : ↑お前らも呑気にやってる場合か!!!


「――ぁぐっ!?!?」


 : いやああああああああ!!!!

 : また俺は推しの四ぬところを見るのか……

 : ↑諦めんなよ!!!

 : 足があああああ!?!?!?


 少女――牡丹は奇跡的に避けていたが、ついに左足に被弾してしまった。命が助かっただけ幸運かもしれないが、左足は膝下から吹き飛んで槍の威力を物語る。

 一般の探索者ならば、すでに諦めそうな場面だが、牡丹の目に諦めの色はない。


「あ、あははっ、やっと……バズったんだ……っ! こんな、ところで……っ! 死ねないよ……っ!!」


 : 牡丹ちゃん……!!!

 : 頼む、神でも悪魔でも俺の推しをたすけてくれ

 : そうだぞ!!! あきらめるなよ!!!!

 : いや……でもこれは……


 ズリッ、ズリッ、と。彼女は残っている腕を使って少しでも離れようともがいている。事実、彼女は走っているときとは比べ物にならないくらいの遅さではあるが、前進している。

 そして走ればすぐに、だがほふく前進の体勢では絶望的な距離の場所に廃墟のようなものが見え始める。


「ふぅ……ふぅ……あそこ、まで……いけれ……ばっ!」


 : うおおおおがんばれええええええ!!!

 : もう少しだ! 大丈夫! 絶対大丈夫!

 : いやでもさ……現実見ろって……

 : ↑うるせぇ!!!!! まだわかんねえだろうがよ!!!!!


 牡丹は希望を見出し、瞳の中に宿る光も一層強くなった。

 希望はまだ、繋がっている――。


 : なんか、変じゃね?

 : なにがだよ! 牡丹ちゃん頑張ってんだぞ!

 : いや……たしかに変だ……

 : 槍が……降ってこない……


 ――はずがなく。


「――づうぅぅっ!?」

 

 牡丹の希望のツナであった腕の片方――右腕が、槍よりも細い剣によって、地面に縫い付けられた。

 牡丹の真後ろ。

 そこには、風船のように太った体躯に巨大な二本のツノ。そして、背中に大量の槍のような弓矢を背負い、手には歪な形の剣を握りしめた異形――深淵でのみ存在を確認されているイービル・オークの姿。

 一般探索者にとっては危険を遥かに越えた禁忌の一角が、下卑た笑みを浮かべながら、牡丹を見下ろしていた。


 : 黒豚かよおおおおおお!!!

 : 【Snow公式】視聴者様各位、これより精算な映像が流れるおそれがございます。市長の際はなにとぞごちゅういください

 : 公式!! 誤字が!!

 : ああ……もうだめなのか……


「――ぁぁ……いや……だって、あたし……まだ……っ」


 イービル・オークは笑みをさらに醜悪に歪め、牡丹の右腕に突き刺した剣を引き抜いた。

 そして、まるで狩りを楽しむかのように静かに見下ろしている。


「……ぅぅ……うあぁぁっ! まだ……まだ……っ!」


 牡丹はほふく前進を諦めず、右腕の苦痛に顔を歪めながら進もうとする。


 : ぼたんちゃん……!

 : おい公式! 救援はまだなのかよ!?

 : ぼたんちゃん…………

 : ああもう俺だめだ先ぬける


 しかし、その速度はもうカタツムリよりも遅く、全くと言っていいほど進めていない。


 イービル・オークはその姿が心底楽しいのか、笑い声を上げて観戦している。


「まだなに、も……なにも……かえせて、ない……のに……っ!」


 牡丹の視界が歪む。

 それは涙でもあり、出血による意識の混濁でもあった。

 どちらにせよ、牡丹の命は風前の灯だ。


 : たのむ……たのむよ……だれか……

 

 イービル・オークが剣を振り上げ、牡丹の命の灯を消そうとしたその時。


「――シールド・バッシュ」


 くすんだ白銀が、金色に輝く盾をその手に飛び込んできた。

 イービル・オークは振り下ろそうとしていた剣ごと吹き飛ばされ、ダンジョンの壁へと激突する。


 : え

 : うおおおおおお!!!!

 : は???

 : うわああああああああ 

 

「少女よ、大丈夫か」


「…………ぁ…………ぅっ」


「むっ、これはマズイな。少し待て」


 銀色――次郎はすぐさま懐から赤色の液体を取り出し、牡丹を仰向けに寝かせる。そして、赤色の液体を口元に近づける。


「安心したまえ、特級ポーションだ。飲めるか?」


「…………」


「よし、良い子だ」


 : ん? この人なんて言った?

 : 特級ポーションだってよ。特級ってなんだべ?

 : ↑田舎もんがよ、特級ってーのはあれだよあれ!

 : ああ! あれだよな、あれ!!!


 牡丹の目の前に広がるコメント欄は大いに盛り上がり、次郎の取り出したポーションに対する議論が勃発していた。

 なんとか牡丹は飲み込むことができ、次第に怪我が治っていく。


「うむ、よかった。足はしばらくすれば元通りになるはずだから、落ち着きたまえよ」


「……は、はい……」


 : こいつ、俺の牡丹に色目を……!

 : 【Snow公式】ありがとうございます!!!!!!!

 : 公式も荒ぶっています

 : つーかこの人誰だ?


 牡丹が一息ついてから、次郎は浮いてるスマホを指さして。 

 

「先程からピカピカしてるこれは、キミの所有物かな? ふむ、ダンジョン産のアイテム、かな?」


「……えっ」


「むっ?」


 : えっ

 : えっ

 : ん?

 : は?


「えっと……」


「ふむ、少し待て」


 ズズン、と地響き。

 壁に吹き飛んでいたはずのイービル・オークが、怒気を滲ませながら近づいていた。


「ひいっ」


 : いややべーって

 : 牡丹ちゃん逃げて!!

 : いや、おっさんがいれば!

 : でもあいつ俺の牡丹ちゃんに色目使ったんだぞ!


 次郎は剣と盾を構え、散歩にいくかのように軽く歩き出す。


「あの程度であれば問題ない。キミは少し休んでいなさい」




 ■■■




「あの程度であれば問題ない。キミは少し休んでいなさい」


 オレはそう言い残して、向かってくる豚の異形を迎え撃つ。こいつは図体がデカイだけで、深淵の中でも雑魚に分類される。

 少なくとも、俺と仲間の間ではそういう認識であったのだ。


 それと。


 ――ブモオオオォォォォオオオ!!


 やつは己の楽しみを邪魔されると、ブチ切れて単調な攻撃しかしてこなくなる。


 豚は歪な形の剣を上段から振り下ろす。鉄すらも簡単に両断しようとするそれを受け止めるが、あまりにも軽い。オレも、随分と成長したようだ。

 何度も何度も上から振り下ろされ、横から斜めから斬りつけられるが、どれもこれもが軽すぎる。

 たしかに雑魚ではあったが、ここまで弱かった覚えはない。


 なぜだろう、と考えていれば右腕の〈聖天盾-エイギス〉がより光り輝いた。

 そうか、お前のおかげなのか。

 自然と、使い方が頭の中に浮かぶ。これが、ユニーク武器というものなのか。ジェイの得意げな顔が浮かぶようだ。


 残念ながら、魔法を扱う才能はなかったが、魔力を操る才能を得ることができた。


「『展開』」


 盾に魔力を通し、唱えれば。


 豚の剣を弾いた勢いでそのまま、盾が細い鉄の棒のような状態で五つに割れる。魔力が右腕に繋がっており、頭の中に浮かんだイメージのまま、操っていく。

 指を動かせば、エイギスはオレの意思をそのまま反映しているようで、豚に突撃していく。


 ――ブモオオオ!?!?


 ガンッガンッと鈍い音が響き渡り、次々に打撃を与えていく。指を踊るように動かせば、エイギスの一本一本が豚に刺さる。

 最後はダンジョンの壁に縫いとめてしまった。


 ――これは盾というよりは、新しい武器だな。


 そんな事を考えながら、ゆっくりと近づいていく。豚というよりはダンジョンの異形には、時折感情があるんじゃないかと思うことがある。

 ダンジョンの壁に四肢を突き刺された状態で固定されている豚の異形の目には、どう見ても恐怖が宿っていた。


「――オレが、怖いか」


 語りかけても、返事がある訳では無い。


「そうか、怖いんだな」


 だが、その瞳は言葉よりも多くのことを語っていた。


「だがな」


 その瞳にいくら恐怖が宿ろうとも、異形は異形である。


 慈悲など、あるはずもない。


「――あの娘っ子は、それ以上の恐怖を抱いたんだぞ」


 左腕の剣を一閃すれば、豚の頭は綺麗に飛び。その場にドロップ――深淵の異形の魔石――を落として、ダンジョンに消えていった。




 ■■■




「えっ……すごっ……」


 : やべえって

 : あんな探索者いたか?

 : いたらもう有名人になってるだろうがよ

 : それはそう


 牡丹は赤色のポーションを飲んでから熱い体をなんとか起こして、次郎の勇姿を見つめていた。

 それは、通常の探索者とモンスターの戦いではなく、一方的な蹂躙。コメント欄も興奮よりも困惑のほうが多くなっており、一種の祭りとなっていた。


 : 【Snow公式】牡丹さん、間もなく精鋭が到着します。落ち着いて安全圏に避難してください。

 : 公式も落ち着きを取り戻してよかった

 : 俺らもな

 : 落ち着いたというか、わからされたというかね


 次郎は魔石を拾い上げて、牡丹のほうに近づいてくる。

 そして、目の前まで来ると手に持っていた魔石を牡丹に手渡そうとする。


「えっ、そんな受け取れませんっ!」


「いいんだ、初めに戦っていたのはキミだからな。なにかの足しにしてくれ」


 牡丹は無理やり受け取らされ、不満そうにしながらもポーチにしまう。それに、次郎は疑問を抱いて。


「むっ、ポーチにしまうと嵩張らないか? インベントリは使えないのか?」


「えっ……?」


「むっ……?」


 : 何言ってんのこの人

 : インベントリとか持ってる人のほうが珍しいだろうがよ

 : なんだぁ……こいつ……

 : なんやみんな殺気立ってきたな


「わっ、わっ、みんな落ち着いて」


「……?」


 牡丹がコメント欄と会話をすれば、次郎はわかっていないのか、心の中で最近の子は五年の間に変わったもんだ、なんて考えていたり。


「さて、そんなことよりも」


「えっ……わあっ!?」


「まずは、安全な場所に運ぼう」


 : こいつ絶対処す

 : 気持ちは痛いほど分かるがステイ

 : 逆に俺らがヤラれる

 : ┌(┌^o^)┐ホモォ


 次郎は牡丹を抱き上げ、廃墟へ向かって歩き出す。

 それは、物語の騎士が一国の姫を丁重に抱き上げる正当な姿。


 いわば、お姫様抱っこと呼ばれるもの。


 あるものは血涙流し、あるものは拳を握りしめて殴り掛かると言われるもの。

 それを、安全のためと言い張り実行するは次郎。

 この場に牡丹と次郎のみであるからして、いったい誰が止められるというのか。


「じ、自分で……っ!」


「無理をするな。まだ足も生えていないんだ」


「う……うぅ……っ」


 : 頼む、今だけでいい。俺に力を

 : なんだろう、あんまり触れるのやめてもらっていいですか?

 : 逆に考えるんだ、牡丹ちゃんの赤面を引き出してくれたと考えるんだ

 : それでもゆるせない


 廃墟に近づけば、かつては民家のような場所であったことが伺える。かろうじて二階らしき場所に通じる階段があり、次郎は安全面も考慮した上で二階へと上がった。


「さて、散らかっているがここで休んでいてくれ。オレは下で警戒をしておく」


「あ、あのっ……」


「ああ、みなまで言わずともいい。欠損は再生するとき激痛を伴うからな、オレはなにも見ていないし、聞いてもいないから安心してほしい」


「…………???」


 : ああ、牡丹ちゃんが宇宙猫に

 : わかる、何言ってんだこいつってずっと思ってる

 : なんかズレてるよね

 : まあ……探索者だし多少はね……?


 次郎は階段を降りていき、二階には牡丹がふよふよと浮いているスマホが取り残される。


 : まあ、牡丹ちゃんを助けてくれたから……いやお姫様抱っこはギルティだわ

 : それはそう


「うぅ……痛いのヤダなぁ……」


 : 頑張れ牡丹ちゃん


 その後、少女の悲痛な悲鳴があたりに響き渡ったが、次郎はなにも聞いていなかったことにした。




 ■■■




「なにっ!? 牡丹ちゃんが無事助かった!?」


 高層ビルの頂上。

 社長室とも言える場所で、男は入ってきたマネージャーに対して叫ぶ。


「は、はいっ! 乱入してきた男性に助けられたそうで、今は一緒にいるようですっ!」


「そうか……よかった。我々のギルドから凄惨な犠牲者を出さずに済んだ……その方には感謝してもしきれないな」


「ええ、まったくです……」

 

 男はデスクの上のマグカップを手に取ると、口元に持っていく。


「で、その方の名前は?」


「いえ、それはまだ……ですが――」


 コーヒーを飲めば、男の口内に苦味が広がって――。


「――配信で確認する限り、ボロボロの鎧に光輝く剣と盾を」


「ブゥーっ!?」


「ギルド長!?!?!?」


 そして、盛大にむせた上で全てを吐き出すのであった。

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