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ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~  作者: 蝉時雨


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3/12

第二話は動揺と強襲と共に

 少女の叫び声が落ち着いた頃。


 いや、オレはなにも聞いていないが、二階に繋がる廃墟の階段を上がる。時折、ぎぃっと嫌な音が鳴るが、特段問題はなさそうだ。


 階段を登った先――すでに天井はないにも等しいが――にあるリビングのような部屋に入る。

 そこには幾分か落ち着いた様子の赤髪の少女が、ピカピカと光り続けているダンジョン産のアイテムと思われるものに話しかけていた。


 ――五年も経てば、人々の生活というのは変わるものなんだな。


 なんてことを考えながら、邪魔にならないように背中の盾を下ろしてから、入口の近くの壁に背中を預ける。


「いやもうほんっとに痛かったんだからね!? 生えたからいいけどさ、もう二度と同じことしたくないよ……」


 聞こえてくる内容としては、きっと足が生えたことに対する感想なのだろう。

 気持ちが痛いほどわかるものだ。

 選抜隊に入る前、ソロで活動していた頃に何度か体験したことがあるが、あれは弁舌しがたい痛みだ。あの背格好だと、いまだ十代ではないかと思うが、よく耐えたものだ。


「それにしても、あのかっこいいおじさん何者なんだろうね? あんな人、見たことないもんね」


 おっと、今度はおじさんの話か。

 いったい誰の――と、すっとぼけたい所ではあるが、十中八九オレのことだろうな。

 

 そうか……そうだよな……。

 あの年頃の娘からすると、オレはすっかりおじさんか……。

 時の流れというのは、なんとも無情なものだ……。


「ねっ! 探索者のホームページでも見た事ないし、ソロで潜ってる人でも載ってるもんね?」


 探索者のホームページ、か。

 そういえば、そんなものがあると聞いたことはあるな。オレが選抜隊に入ってニューヨークに出発した頃に出来たはずだが、オレの情報は載っていないのか。


 ……もしかしなくとも、オレは今マズイ状況なのではないだろうか。


 いや、日本政府公認の冒険者登録証は常にインベントリにしまってあるから、それを見せれば問題はないだろう。

 それにしても探索者、か。

 この五年で我々に対する呼び方まで変わっているとは、さすがに思わなかったな。


「は、はぁ!? ちょっとやめてよ! 別に吊り橋効果とか、ないし!」


 むむ、いったいどうしたというんだ。

 先程から身振り羽振りで楽しそうにしていたというのに、急に慌てたように。

 あのアイテムはいったいどういうもの――。


「別に好きとか……そういうんじゃ……はえっ!? お、おじさまっ!?」


「むっ、すまない。邪魔をしたか」


「い、いいいいいえっ!? そ、そのっ! いつからそこにっ!?」


 最近の子は表情豊かなんだな。

 『扉』が出現した頃と比べれば、地上は明るくなっているようで安心してしまうな。


「そこまで前ではない。なんだったか、足が生えた痛みのあたりからかな」


「ほぼほぼ聞かれたくないとこ全部じゃあん!!!」


 き、聞いていたらマズかったのか……。

 わからん……最近の子がまったくわからん……。


「す、すまない……! もう少し席を外しているべきであったか……!」


「……ううん、いいんです。視聴者たちが……はっ!?」


「むっ?」


 今度は急に立ち上がり、わたわたと手を動かしている。握っていたアイテムは空中に浮き、またピカピカと自己主張をはじめた。

 あのアイテムはいったいどこの『扉』のダンジョンのものなのだろうか。

 非常に興味があるが、他人のアイテムを詮索するのはマナー違反だ。なるべく話題に出さないよう注意せねばな。


「あ、ああ……バズったからすっかり忘れてたけど……無関係の探索者を許可なく自分の配信に写しちゃってるじゃん……!」


 配信、となるとあれだろうか。

 誠一郎が語っていた推し、なるものだろうか。

 画面の向こうで絵を動かしてあれこれ話すらしいが、詳しくはわからない。まだまだ自分は若者だと思っていたが、やはり時代にはついていけないものか。


「あ、あのっ!」


「うむ、落ち着いて話すがいい」


「は、はい……じゃなくてっ! えーっと、まずは……っ! そ、そうだよね、みんなっ!」


 彼女はまたなにやらアイテムに話しかけ――。


「あ、あたし、『Show Now, Our World』所属の花依牡丹です! 先程は危ないところをありがとうございましたっ! このご恩は――っ!」


「ああ、構わない。恩などと大層なことは考えないでくれ。冒険者……いや、今は探索者だったか。我々は助け合いだ。特にここ深淵ではな」


「か、かっこい……じゃなくてっ!」


 赤髪が揺れる。

 それにしても、あの髪の色は随分と珍しいように思うが、染めているのだろうか。いや、地球に魔力の影響で身体面にも変化がある、などと書かれた論文を読んだ覚えもある。

 もしかして、その影響なのであろうか。


「よ、よろしければっ! おじさまのことも、教えてもらいたくってっ!」


 おっと、礼儀を失してしまった。

 それにしても、おじさまか。

 ……アリアは、無事だろうか。


「すまない、なかなか名乗るのが久しぶりでな。オレは――」


 盾を背負い直して、彼女に近づいていく。


「――無所属の田中次郎と言う。仲間たちにはジローと呼ばれていた。よろしく頼む」


「たなか、じろう……」


「ああ、ジローで構わない」


「ジロー……さま……はっ!?」


 手を差し出して握手をすれば、彼女――花依殿はまた頭を振って髪を掻きむしっている。

 女の髪は命だと聞いたことがあるが、大丈夫なのだろうか。


「ちがうちがうちがうちがう!!! あたしは堕ちてないっ! 堕ちてないったらないいいい!!」


「は、花依殿、どうか落ち着いて……」


「――あっ、牡丹で良いですよっ! じゃなくてえええもおおおおおっ!!!!」


 その、すごく、荒ぶっている。

 何度目かわからないが、最近の子はみんなこうなのか……?

 であるなら、オレはすっかりおじさんでいいか……。


「え、えっと……ちょっとコメント黙ってっ! は、配信……して、まして……その……っ」


「……ふむ」


「あっ! えっとっ! アーカイブ消せというなら、けしま――」


「花依殿、まずは落ち着こう」


「あっ、はぃ……っ」


 配信、配信か。

 うーむ、なんと言えばいいか。

 どういう状況なのか、いまいちわからん。


「その、配信……? というのはつまり、テレビのようなものと思えばいいのか?」


「えっ?」


「むっ、違ったか?」


「え……そのっ、公開方法は自由ですけどっ……配信は……ダンジョンに入るときに必須……なんです、が……」


「なにっ!?」


 そんな法律か決まりが出来ていたのか。

 日本は変わっているんだな。


「……そうだったのか、五年のうちにそこまで……」


「えっと……二十年前からのはず……です……」


「………………は?」


 今、この娘は。

 なんと、言った?


「す、すまない。状況がよく、わかっていなくてな……」


「い、いえっ……」


 オレは、なんだ。

 『NY・第八扉』から帰還したら、二十年以上の時が流れていたのか?

 いったい、なんの冗談だ。

 

 オレの、仲間たちは、どうなったんだ。


「……ちょっとみんなっ、さすがに失礼だよっ!」


 彼女はまたアイテムに話しかけ――いや、もしやダンジョン産のアイテムではないのか。よく見れば、どこか見知ったフォルムのようにも。


「花依殿、その先程から話しかけてるソレは……」


「あ、視聴者のみんなと……って、う、ううう写して大丈夫ですか!?」


「あ、ああ。それは構わないが……それはもしやスマホ、か?」


「え? ちょっとスマホとは違いますけど、ダンジョン探索配信用のダンホーです。探索者ならみんな持ってるもの……ですけど……」


「そう……なのか……」


 恐るべし人間の底力、とも言うべきか。

 まさかダンジョン内でも通信手段を確立していたとは……。


「……あのっ」


「……ふぅ、なんだろうか」


 一旦、思考を止めるべきだろう。

 『扉』の先、ここダンジョン内では頭の中がいっぱいでは死んでしまう。

 生きて出たときに、また考えればいい。


「……もしかして……違法探索者、とかじゃ……ないです、よね?」


「……ふむ? 許可なく『扉』に入った、のような認識で良いのだろうか」


「は、はぃ」


「それならば問題ないだろう」


 オレは虚空に手を伸ばし、インベントリを開く。


「わっ、本物のインベントリだ……っ」


「……先程も思ったが……花依殿は深淵まで潜るのに、インベントリを習得していないのだな」


「うっ!? そ、そのぉ……実はトラップを踏みまして……」


「むっ、それは災難だったな……救援が間に合って本当によかった……」

 

 そこから、黒を基調として赤の文字が入っている顔写真付きの冒険者登録証を取り出した。

 自慢ではないが、当時の最新鋭技術で作られたものだ。デザインも含めて、かなり気に入っている。


「これがオレの登録証だ、花依殿からすれば随分と古い――」


「えっ、なにこれ初めて見た」


「え」


「えっ?」


 時間が止まったのかと思ってしまった。

 二十年という歳月は、ここまで残酷なものなのか。


「……もしや、今の登録証とは……」


「ぜ、全然違いますね……視聴者のみんなの中に有識者いないか聞いてみます?」


「あ、ああ。よろしく頼む」


 花依殿は、オレの登録証を手に取ってアイテム――いや、ダンホーだったか――の前にかざす。


「誰かわかる人いる? あ、そうだその前に」


「むっ?」


「ジローさま……違くてっ! ジローさんもコメント見れるようにしますね」


「あ、ああ。ありがとう、で良いのだろうか」


 彼女がなにやら画面を操作すれば、オレたちの前に巨大な画面のようなものが表示される。

 そこには、様々な文字――日本語が次々下から上へと流れていく。これが、コメントと呼ばれるものなのだろう。


 : いえーい、違法おじさん見てるー?

 : ↑おい、まだそうと決まったわけじゃないんだからやめろ

 : 牡丹ちゃんを助けてくれてありがとう!

 : でもお姫様抱っこは許さねえからなぁ!? おぉん!?

  

 すごいな、SF映画のホログラムみたいだ。

 人間の技術力というのは、限界を知らないな。


「おお、なんだか圧倒されるな」


「ちょっとコメントの流れが早くて読みづらいかもですけど……」


「いや大丈夫だ。すべて読める」


「えっ?」


「ん?」


 このやり取りも何度目だろうか。

 少しおかしく思えて、ついつい吹き出してしまう。


「ふっ……それで、このコメントだったか。その中に知っているものがいると?」


「あ、はい。視聴者数が……ろくまん!? えっ、すご!?」


「ど、どうしたのだ……?」


「ジローさんっ! 今六万人に見られてるんですよ! 六万人!」


 ろくまんにん……?


「こ、この画面の向こうにそんなに人が……?」


「そうですよ! えーっ、嬉しいっ!」


 : やっと気がついたか

 : 俺たちの牡丹ちゃんもでかくなったもんだ

 : 四にかけたおかげだけどな

 : ↑おい、まじでやめろ


 これが配信、というものなのだろうか。

 認めたくはないが、おじさんとしてはついて行けないと思ってしまうな。決して、認めたくはないが。


「あ、でも今はそんなことよりも、これだよこれっ!」


 花依殿は手元の登録証をダンホーの目の前まで近づけて。


「誰か知らない? にほんこくせいふって書かれてるから、本物っぽいんだけど」


 : って言ってもなぁ

 : まじで初見

 : たしかに本物っぽいっちゃ本物っぽいんだよな

 : こんだけ人いるのに俺ら役たたずか?


 本物っぽいっていうが、たしかに政府から直々に認められたものなのだがな。


「うーん、手詰まりかなぁ? ほんとに知ってる人いないの?」


 : まーじでわからん

 : 知ってます。いいですか?

 : うお、有識者ニキか!?

 : かこんで逃がすな! 椅子とテーブルと高級紅茶をお出ししろ!

 : 普通のお茶がいいです。

 : 欲張りか! ほらよっ旦


「おっ、やっぱり聞いてみるもんだね!」


「そ、そうだ……な?」


 コメントの向こうにいる人は初対面なのだろうか。それにしては、なんだか連帯感というか、連携というか。そういうのがすごく感じられる。

 これが配信……か。


 : それ、資料でしか見た事ないですけど、五十年以上前の登録証です。

 : は?

 : 何言ってんだオメー

 : なんだよ、誤情報かよ


「……えっ?」


「ご、じゅうねん……?」


 ちょっと待て。

 話が違うじゃないか。


 : 別に嘘って思ってもらってもいいんですけど、たぶんその中でも最上級のやつです。今で言うSSみたいな人。

 : さすがに嘘だよな?

 : いやでもあの強さだし……

 : たのむうそであってくれ俺の牡丹が……


 五十年……。

 半世紀も、オレは……。

 おそらく仲間たちも、もう……。


「あ、あのっ、ジローさん……これお返し、します……ね?」


「あ、ああ。すまないな」


「い、いえっ……」


 受け取った登録証をインベントリにしまい直し、大きくため息をつく。だめだ、切り替えるんだ。今はここから――。


「むっ?」


「えっ、どうどど、どうしました?」


 : もし本当なら伝説じゃん

 : 簡単に信じるなよ、まだ決まってない

 : でもワンチャン俺ら伝説の立会人じゃね?

 : あっつ、てかどうした伝説のおっさん

 : 伝説のおっさんは草なんよ


 なにかが近づいてくる。

 総数は――十名か。ただ、その中にとてつもない速度で来る者がいるな。


 殺気も感じる。


「花依殿、どこかに救難要請でも?」


「あっ、あたしの所属先が……」


「なるほどな。ふむ、ではなぜ殺気など……」


 瞬間。


 廃墟の開けてる上から、光のような斬撃――突きが降ってきた。


「きゃああああああ!?」


「……ふむ」


 花依殿を突き飛ばして、その突きを盾で受ける。

 なかなかに気合いの入った攻撃だ。

 よく鍛錬をしている。


「……くも」


「むっ?」


 鈴の鳴るような、しかしどこか地獄の底から響くような声が盾の向こう側から聞こえて。


「よくも私の牡丹をっ、傷物にっ!」


「……なにか勘違いをしていないか?」


 その者は長い黒髪を揺らしてオレから距離を取ると、武器――レイピアを構え直した。

 過去に共に戦っていたレイピア使いが頭をよぎり、懐かしくて笑みがこぼれてしまう。


「……矛を収めてもらえないだろうか? こちらに戦闘の意思は――」


「うるさいっ!」


 レイピア使いの周囲に光の杭のようなものが現れ、一斉にオレへと殺到する。

 弾いてもいいが、背後には花依殿もいるため受ける他あるまい。

 どこまでも攻撃方法も似ていて、本当に懐かしい気持ちになってくる。

 よく、共に模擬戦をしたものだ。


 ひとつひとつ、真正面から受ける。どれもオレの虚をつこうとしてるが、背後に被害を出さないためにも、なによりこの廃墟が崩れないように、受ける位置の微調整をしていく。

 

 ガンッガンッと音が響き、埃が舞う。

 

 それにしても、どれもこれもしっかり魔力が宿っているのを感じる。相当な手練と見た。深淵の上層を日帰りであるならば、ソロでもやっていけるだろう。


「よく、鍛えているな」


「くっ……! 余裕ぶってっ!」


「いやいや、ギリギリであるとも」


 ちらりと、いまだ展開されているホログラムのようなコメント欄を見る。激しい戦闘をしても切れないとは、やはりすごい技術だ。


 : 俺たちは何を見せられているんだ

 : あれ『光姫』じゃね? え、あのおっさん『光姫』の攻撃受けきってんの!?

 : 黒豚瞬〇してたからつよいとは思ったけど、Snowの最高戦力のひとりじゃん

 : まじでやべーやつだったのか……


 なにやら盛り上がっているようで、一安心だ。

 そしてどうやら、オレを攻撃してるのは『光姫』という人物らしい。ネームドとは、頭が下がるな。


「余所見してる暇でもあるの!?」


「ふっ、すまない。新鮮でな」


 『光姫』がレイピアに光を宿して突き刺そうとしてくる。

 

 盾に傷はつかないと思うが、相手の武器がどうなるかわからんな。

 もし折れでもしてしまったら、オレに請求が来るのだろうか。

 以前折ったときは『NY・第八扉』の中だったから報酬品で代用できたが、こういう場合はどうするべきなのか覚えていないものだな。 

 最悪オレのコレクションを……いや、とにかく無傷で終わらせる他ないか。


「――ライトニング・スピアっ!」


「――オーラ・シールド」


 オレのスキルと、お相手のスキルが拮抗する。接触はしていないから、これで折れる心配もないだろう。

 さて、あとはこの状況をどうするか、だが。


「話を聞いてもらえないだろうか?」


「……くぅっ! 誰が――っ!」


「――野薔薇ちゃんっ!」


 背後から花依殿の声が響く。

 危険だから下がっていて欲しかったのだがな。


「っ! 牡丹っ!」


「ええ……」


 瞬間、レイピアを放り投げて件の人物は花依殿に抱擁をしていた。

 なにやら感動の再会のようになっているが、事実ふたりは会えなくなっていた可能性もあるから、仕方の無いことなのだろう。


 盾を背負い直し、レイピアを拾い上げてから少女たちの抱擁を見守った。

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