第6話 提灯
その1 御用だ!御用だ!
時代劇になくてはならない小道具、それは何をおいても、提灯であろう。
捕物に出てくる御用提灯、夜の町を往来する武家や庶民の足元を照らす手提げ提灯などは最高に場面を盛り上げる。
提灯には名状しがたい存在感がある。
今日でも神社やお寺をはじめ、居酒屋などの商店、さらにはお祭りでもすっかりお馴染みだ。形は大小様々ながら、光源にはほとんど電気が用いられている。もはや、伝統的な照明器具ではなくなっていることが、理解できよう。
その2 癒しの明かり
ここに取り上げる提灯は、つい最近、半世紀あまり前まで、現役だったものだ。たぶん、倉庫の片隅に眠っているか、廃棄の憂き目に遭っているものと思われる。
小学校の低学年の頃にはまだ、家に提灯があった。
夜の外出には提灯が欠かせなかった。自然の明かりと言えば、月や星の明かりくらい。隣家とは百メートル以上離れ、門灯や街灯などはなかった。懐中電灯は普及しておらず、提灯の明かりが唯一の頼りだった。
提灯の出番になると、中にロウソクを立て、マッチを擦って火を点ける。マッチはそのまま提灯の底に入れ、家を出発する。昔ながらの山の民の生活だった。
提灯は和紙製のため、柔和な光を放つ。しかも、丈夫で長持ちした。まことに頼りになる夜道の案内役だった。
その3 通学路を照らす
村の西側に高い山がそびえていた。中腹に小さな村があった。その村の子どもたちは中学生になると、三時間前後かけて町の学校に通わなければならなかった。
冬は日の出が遅い。七時でも夜は明け切らない。学校は八時に始まる。五時には家を出なければならない。子どもたちの手には提灯があった。
空が白み始めると、提灯を吹き消し、道端の木の枝にかけておく。下校時にはだいたい同じ場所で日が暮れるので、提灯に灯を点けて山道を急ぐのが常だった。
以上は知り合いの女性から聞いた話だ。
あまりの遠さに、彼女は学校を休むことが多かった。
「卒業アルバムには載っているのに、あの子の顔はふだん見たことがなかった」
と同級生が述懐していた。
担任が家庭訪問し、以来、彼女の遅刻・欠席を咎めなくなったという伝説が残っている。遅刻・欠席は担任の公認だったのだ。
当地に限った話ではない。「提灯通学」した児童生徒は数え切れないはずだ。
その4 闇は深い
昼なお暗いではなく、夜なお明るい生活に慣れた都会人は、夜の闇の深さに思いを致すことができなくなっている。
三〇年以上前、帰省して姉の嫁ぎ先を訪ねたことがあった。
すっかり日が暮れていた。細く険しい山道だった。ドライバーに申し訳なくて、途中でタクシーを降りた。テールライトが見えなくなったとたん、恐怖が襲ってきた。あたりは真っ暗だった。もとより、懐中電灯など持っていない。
なんとか姉の家にたどりついたものの、そんなうかつなことを話せなかった。便利な生活に慣れ、闇への備えがおろそかになっていた。




