第7話 蝿取りリボン
その1 昔の住まい
生家は農家、いわゆる「百姓家」だった。
家は広く、台所、居間、寝室、座敷のほか、葉タバコを乾燥させる「中の間」なども設けられていた。豪華ではない。ごくふつうの造りだった。
台所に隣接し、味噌や醤油をつくる部屋もあった。我が家では「味噌部屋」と呼んでいた。ここは夏涼しく、冬温かかった。暗くて、特有の匂いがしていた。
トイレは住宅にひとつ、少し離れた場所にもひとつ設けられていた。住宅内のトイレは小用だった。ともに汲み取り式なので、必ず巨大な便槽があった。いつも何かしらの匂いを発していた。
たいていの農家では牛も飼っており、近くに牛舎があった。ここもジメジメし、匂いの発生源だった。
その2 エポックメイキング
こんな環境だったせいか、よく蝿が発生した。
そこで登場したのが、蝿取り紙、蝿取りリボンだった。蝿は味噌部屋や台所、居間を好むので、食卓の上に蝿取り紙を置いたり、天井から蝿取りリボンをぶらさげたりしていた。
この秘密兵器は、平らなところに止まる、あるいはぶら下がっているものに止まるという蝿の習性を逆手に取ったものらしい。大ヒットし、家庭の必需品になった。多くの蝿が捕獲され、みじめな姿をさらしていたことは忘れがたい。
難儀なことに時には、人間も蝿取りリボンに頭を接触させた。強力な接着剤が使用されていたため、髪の毛から離すのに一苦労した人も多いはずだ。それに、蠅も一緒にくっついているのだから、気持ちのいいものではない。
その3 一茶翁の心痛
蝿に悩まされてきたのは人間だけでない。身近なところでは、牛も被害者である。牛はよくシッポを振って蝿を追い払っていた。
牛のシッポにヒントを得たのか、人間は蝿叩きを考案し、長く必須アイテムになっていた。しかし、蠅叩きはいかにも残酷だった。俳人・小林一茶(一七六三~一八二八)に
やれ打つな 蝿が手をすり 足をする
と、嘆じさせたほどだった。
蠅叩きにしても、蝿取り紙、蝿取りリボンにしても、視覚的な衝撃の差はあれ、蝿退治の道具にかわりはなかった。一茶翁の気持ちが和らぐことはなかっただろう。
その4 人間ってわがまま
このシリーズに蝿取りリボンを取り上げ、複雑な心境である。というのも、自前の味噌や醤油が影を潜めたことに加え、下水道が整備され、ゴミの回収が進むなどして、蝿の発生する余地がなくなったからである。清潔にはなった。ただ、これを手放しで喜んでいいかどうか。
腸内フローラに代表されるように、種々の生命体がバランスをとって生存する中、最適な環境が保たれているのではないか。多くの研究例が示すとおり、蝿には罪もあれば功もある。蠅も住まないような環境が果たして健全な自然の姿か。蠅叩き、蝿取りリボンの時代も、まんざらではなかったのだ。




