第4話 真空管ラジオ
その1 シンプルイズベスト
物心ついた頃から家にラジオがあった。
真空管ラジオだった。真空管がむき出しになっていた。真空管が並ぶさまは、いつか写真で見た工場地帯を連想させた。
前面にチューナーがあって、選局した。ほかにボリュームを調整するツマミがあったように記憶している。いたってシンプルだった。
スピーカーは大きな木の箱に入っていた。ラジオ本体とスピーカーでかなりのスペースを取り、我が家では居間の押し入れに置いていた。
真空管を何本も使っていたため、ラジオは熱を発した。 冬は心地よい暖房具ながら、夏は距離を置いた。
その2 人気番組は
選局と言っても、NHKと確か民放が一局しか入らなかった。
山奥なので電波状態は悪く、微妙なチューニングに苦労した。
聴く番組も限られていた。
熱中したのは『少年№1』だった。関谷ひさしの描いた本格的レース漫画を原作とし、それこそ毎回、手に汗を握ってラジオに齧りついた。
オープニングがふるっていた。
「出ました。出ました。グングン出ました。ゼッケン1番は少年№1です」
いやがおうにも憧れをかきたてた。ゼッケンの意味も分からないまま、暗唱していた。
また、大相撲も毎場所、楽しみにしていた。栃錦・若乃花の「栃若時代」だった。両雄の熱戦をハラハラしながら聴きいっていた。
その3 衝撃ニュースも
いい思い出だけではない。
昼間にラジオを聴いていたことからして、土曜か日曜だったと思われる。何げなく耳にしたニュースだった。
「××村の中学生△△△△君が学校の帰り、工事現場で拾った雷管で遊んでいたところ、暴発して手に負傷を負いました」
いとこにほかならなかった。小さく声をあげると、そばにいた母親が気付いた。
母親は血相を変えて見舞いに行った。雷管とはダイナマイトの起爆装置である。いとこは指を吹き飛ばされていた。
どこにでも危険が転がっていた。経済成長を急ぐあまり、安全管理はないがしろにされていた。
その4 主役交代
長兄が機械に詳しかった。ラジオの調子が悪くなると、修理を試みたりもしていた。
そのうち、トランジスタラジオを購入し、山仕事の折には携帯していた。
電波状態はさらに悪く、場所によっては全く聴こえなかった。兄は少しでも放送が入れば、山小屋の壁や木の枝などにラジオを吊るし、無聊をなぐさめていた。
兄と山仕事に行き、夏の甲子園の決勝戦を聴いた覚えがある。優勝したのは高知高校だった。記録によると、昭和三九年(一九六四)のことだ。中学一年の夏休み。遊びたい盛りだった。
ソニーがトランジスタラジオを発売したのが昭和三〇年(一九五五)。トランジスタによって、ラジオは自由に持ち運べる手軽なメディアとなり、真空管ラジオは急速に姿を消していく。汗みずくで、スピーカーに齧りつき栃若の熱戦に耳を傾けていた少年。彼も、齢七〇をオーバーした。
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