第3話 蓄音機
その1 ゼンマイ仕掛け
それは単なる箱だった。黒く、手前には持ち運びのための取っ手が付いていた。
およそ三〇センチ四方、高さは一五センチに満たなかったように記憶している。
箱を開けると、レコードを置く回転盤が目に入る。真ん中に小さな丸い金属が突出し、レコード中心部の穴がピタッとはまる仕組みだ。
狭い空間にレコード針のついた丸い金属、音を伝える金属製のくねくねした筒と音を出すラッパが収まっていた。
箱の底部には音を増幅させる装置があったものと推測される。
いずれにしても、分解したわけではないので、内部の詳細は不明だ。
レコード針の付いた部分は重かった。それを慎重にレコード盤に落とす。どんなに注意しても耳障りな音を立てた。
もちろん動力源はゼンマイだった。箱の外側に穴が開いていて、初めにハンドルを差し込んで回した。レコードを聴いていると、次第にスローテンポになる。急いでハンドルを回さなければ、レコードは停止した。
その2 コレクション
レコードは後にSP盤(Standard Playing record)と言われたもので、重くて厚みがあった。何度も何度もかけられ、針もこまめには交換しなかったのか、雑音が混じっていた。
自宅には一〇枚くらいのレコードがあった。
少女時代の美空ひばり(一九三七~一九八九年)、デビュー当時の田端義夫(一九一九~二〇一三年)の二枚は異色だった。田端義夫はマドロス帽をかぶり、ギターを持っていた。トレードマークになったものだ。
後のレコードは浪曲だった。聴いても訳の分からないものばかりだった。
「浪花節を唸ったことがある」
と父親が語っていたので、それらのレコードは父親のお気に入りだったものと思われる。
その3 高い買い物
家にあった蓄音機をいつ購入したのかは定かではない。おそらく昭和一〇年代、当時としてはぜいたく品だったはずだ。
村に、蓄音機を傘と交換した人がいたとかで
「あそこはもったいないことをしたもんだ」
と長く語り草になっていた。
高校時代、レコードプレーヤーが欲しい、と父親に言ったことがあった。
「あれは高いぞ」
父親はいつになく渋い顔をした。
もうすっかり大衆品になっていたのに、蓄音機は高価な買い物という意識が頭から離れなかったようだ。
その4 出張サービス
レコード盤は木の箱に入っていた。蓄音機と同じく、箱には取っ手が付いていた。
兄が語ったところによれば
「山の向こうの小さな村に、オヤジがレコードを聴かせに行ってた」
ということだった。
誰だったかは、兄も知らない。思い入れのある人物だったことだけは確かだ。確認したくても、その村にはもう住人はいない。
生家もまた廃屋になっている。屋敷は崩れ、人を寄せ付けていない。
蓄音機とレコード盤はあれからどうなったのだろう。
「こんなことなら、持ち出しておくべきだった」
ボヤくと、美空ひばりに笑われそうだ。
♪あとの祭りよ




