605 治安維持と地図
さて、北部のミスリル村に行くにあたってリーナに不在にすると伝えておこう。
現代のようにメールや通話ができるわけでもない。
俺も一応領主だ。館を不在にするときは必ず誰かに言っとかないと余計な心配をかけることになる。
「じゃあそういうわけで行ってくる」
少し不安そうな表情のリーナ。まあここの館は今女しかいないし、何かあったらと思うと怖いのは分からんでもない。
なにせちょっと前までは館に来る人間なんてほとんどいなかった。それが今や毎日のように誰かがここを訪れているのだ。
その上この館はマグナ村で一番現金がある。襲撃の可能性もあるかもしれない。
「……承知致しました。カイト様、お気をつけて……」
「うん。一応シルクやライアン達に警戒するように言ってるけど、女だけで留守番はやっぱ不安だろう。出来るだけ早く戻るわ。本来は館の家事が主務なのに移住者の手続きまでさせちまってすまんなリーナ。あ、しっかり給料は上乗せするぞ」
俺がそう言うと、顔の硬さが少しだけ和らいだリーナは深めに頭を下げた。
「お気遣いありがとうございます。行ってらっしゃいませ」
……そうして、スーパーカブ運送の皆を館に残して俺とターニャは出発した。
あと、クリスだけは是非とも同行したいと言うので連れていくことにした。
「いやー、楽しみです! 今はこのスーパーカブに乗って走れるならどこへでも行きますよ、社長!」
「それはいいがクリス、一応仕事で行くんだぞ。ミスリル村の人口や産業の発展度合い等、情報をしっかり持ち帰るんだ」
「わ、分かっております! はっはっは」
カブに乗れるようになったからか、クリスの奴やたらイキイキとしているな……まあいいことだけど。
シルクの指導でライアンももうちょいで青カブに乗れるだろう。
それでもまだ10数台のカブが使われずに残ってる。勿体無いから早くスーパーカブ運送の人数を揃えたいところだ。
――ドゥルルルルルー。
道中、俺は館の人員についてターニャと話をした。
「うーむ、やはり館にも男手は欲しいな。留守中に荒事に巻き込まれないとも限らん」
笑顔のターニャから面白い話が飛び出す。
「ヤマッハからイングリッドを連れて来よう! 強いよ」
「はははははっ、確かに強いな! でもアイツはヤマッハギルドで活躍してるからな」
「じゃあ私が強くなる! 館の皆を守ってあげよう」
「はははっ、まだ守られる側だけど頑張れ」
実は俺は今までにターニャに護身術をいくつか伝授しているのだ。
俺の知らないところでターニャが暴漢に襲われる所を想像すると、居ても立っても居られなくなり、とりあえず関節技をいくつか教えた。
使う日が来ないといいがな……。
ここでカブから一言。
「カイトさん! そう言えば今まで疑問だったんですけど、マグナ村って憲兵(警察官)みたいな人は居ないんですか!?」
「いないぞ、今後の課題だな。警察署的なものも今のうちに早めに作っとかないと、住民も不安がるだろうし」
人が増えてくると犯罪とまでは行かなくとも必ず揉め事は発生する。
ある程度の公平性とある程度の強さを備えた奴等にその役を任せたい。
またヤマッハや王都、西区に募集のチラシを配ろう。
あ、ちなみに駐屯地を建設する場所は決めている。
以前少し触れたが館の無駄に広い庭の中だ。出入り口付近に建てるのが一番いいだろう。
村で何かあったときにすぐに出動できる。
……。
さて、今、俺達はミスリル村に向かっているわけだが、俺の中で一つの疑問が浮かんでいた。
俺達の住むマグナ村はどちらかと言うとシグナス区南部にあたる。
だから真っ直ぐ北に向かえば距離的にはヤマッハ――王都間と同じ150キロぐらいの距離になるハズだ。少なくとも地図上では。だが――。
「おいカブ。館を出てから今もう200キロは走ってるよな? そろそろ給油すっか」
カブはタブレットをメーターの方に傾けて確認して言った。
「本当ですねカイトさん! フューエルメーターがほぼEです!!」
荷車から15リットルのガソリン携行缶を取り出し、ガソリンを入れる。
「おお……こんな風に鍵で給油口を開けて給油するのですね!?」
「同じカブだからお前も給油が必要だぞクリス」
ちなみにこの15リットルの携行缶で1回給油して走り切っても目的地に辿り着けなかった場合……黄信号(要注意)である。
このカブ(ja44)のタンクは4.3リットルだから、満タンの状態から空にして一回給油した状態で走り切れば約8.6リットルを使ったことになる。全容量の半分近くだ。
だから、それ以上走ると往復出来ない可能性が出てくる!
ここで俺は思い出した。
「そういや、レブルへの貿易輸送でもヤマッハからアホみたいに距離あったよな? たしか片道1000キロ近かったような……」
カブも渋い顔を見せつつ答える。
「はい! ミルコさんやガスパルさんもゾンビみたいになってましたもんね!」
「そうそう。懐かしいなー、あん時はCBトンネルもまだ開通させてなかったよな」
今にして思えばあの無駄に長かった走行距離って、今走ってるマグナ村――ミスリル村の区間が異様に長かったからじゃねえかな?
「カイト様。地図にはどう描かれてますか?」
クリスにそう聞かれて俺は地図を見せた。
その地図は凄まじく大雑把で、マグナ村からミスリル村まで真っ直ぐ北上するような道しか記されていない。
「この地図絶対デタラメだぞ! こんな真っ直ぐなら1回も給油せずにミスリル村にたどり着けるハズだ」
「一度王都で確認した方が良いかも知れません! 最近は正確な測量が可能になったようですから」
「本当かクリス!? よっしゃ、それなら1回王都宛にそういう内容の文書送ってみるわ。ヤマッハギルド宛に返信用封筒を付けてな」
俺達はそうして不安を感じながらもカブを走らせていた。
季節的には5月ぐらいで、ツーリングには最適だ。
「ひゅーっ! 最高ー!!」
「風を切って走るのは気持ちいいですねー社長!」
ターニャもクリスも存分に爽快さを味わっているようだ。
俺もなんとなく肌感覚で大丈夫のような気がしてきて、ガス欠の心配は一旦頭の隅に置いておいた。
「ん……!」
すると道の奥から何者かの気配がした!
――パッパーッ!
ホーンで二人に停止を呼びかける。獣かなんかには見えない。明らかに人だ!
くっ、盗賊はいないハズだが!?
俺はカブの荷車から剣を取り出して身構えたが、国軍の立派な制服を着ていたのですぐに警戒を解いた。
「おーい!」
敵ではないことを知らせるため、剣を置いて手を振る。
「だっ、誰だ!?」
「……あ、あれはスーパーカブ!?」
「も、もしかしてシグナス伯のカイト様ですか!?」
お、スーパーカブメールの社長じゃなくてそっちの認識とは流石は王国軍! 情報が早いな。笑顔で挨拶しとこう。
「うん。カイトで間違いないぜ。ミスリル村に向かう途中なんだけど、皆さんは?」
その問いに返ってきたのは今俺達がしていた話と似た内容だった。
「我々は王国参謀本部の地理局の者です。現在東区の正確な地図を製図するために測量中です」
おおっ!? クリスとターニャを振り返ると、二人も喜んでいた。
「おじ! やったね!?」
「これで正確な地図が手に入るのでは!?」
俺もワクワクしながら尋ねてみた。
「はっはっはっ。流石はジクサール公だぜ! と、ところでよ、その地図ってどの程度正確なんだい?」
すると地理局の代表者らしき一人がやや浮かれたようにこう言った。
「はい。現在我々のいる道は既に製図が済んでおります。ご覧ください」
見せてくれたその地図には、今俺達の通ってきた道がかなり正確に記されていた。
「な、なんじゃこりゃあ!?」
それはまるで蛇のようにグニャグニャした道だった。そりゃあ距離も伸びるはずだわ!




