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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
3章 歓びの里 [鳥の妻恋]編
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3-24 君の隣りは僕がいい

「ほれ、ぼっと見てんと食ベんかい」


 ひっそりと耳に吹き込まれた。見ると、ソジがぴったりと体を寄せ、こちらを見上げている。


「だって…」


 睨み合う二人にちらりと目をやる。ソジに倣って、フェイバリットもぎりぎりまで声を落とす。


「バカ正直に食べさせられるのを待ってるヤツがおるかい。ウンとは言ってないんやさかい、どんどん食うたらええんや」


 そう言うとフェイバリットの近くに皿を押しやる。食えということだろう。


 それもそうだ。ためらいつつ、薄く焼かれた生地にそっと手を伸ばすと、力を込めて切れ目を入れる。


 しかしその後、まっすぐ千切るところがなかなか上手くいかない。薄い生地と格闘していると、隣りからふと笑う気配がした。


 同時に横から伸びた子供の小さな手が、慣れた手つきで麺麭を千切る。


 「ほら」と手渡された麺麭の欠片は、小さすぎも大きすぎもしない。ちょうどいい大きさだ。


 それでも自分の不器用さを自覚しているフェイバリットにとって、巻いて食べるのはやはり敷居が高い。


 匙のようにすくうだけなら自分でも出来るかもしれないと、受け取った生地を手に、今度は炒り卵相手に奮闘する。


 そして、ようやく口にしたブルジは香辛料の優しい味わいがした。ほんのりと温かみを残した麺麭と組み合わせると驚くほど食が進む。


 苦労したせいか、今日の朝餉は格別に美味しく感じられた。


「上手上手。よかったな」


 ありがとうと言おうとしたが、それは出来なかった。口いっぱいに頬張っていたので、もごもごとしか声にならなかったのだ。


 それでもソジにはちゃんと伝わったらしい。花が開くように、子供の顔に笑みがこぼれる。


「なんも言わんでええから。しっかり噛むんや――」

「ソジは良くて、なぜ私は駄目なのです?」


 まだ納得がいってなかったらしい。ソジの最後の一言にかぶさった声に、ソジとフェイバリットが揃って二人に視線を戻す。


「ソジは――()()ですからね」 

「――だとしても、あなたの許可がなぜ必要なのです。あなたはただの幼馴染みなのでしょう?」


 眉間に皺を浮かべ、ランドがさも嫌そうに顔をしかめる。


「…ただの幼馴染みではありません。俺の()()()、幼馴染みです」


 すぐ隣りで鋭い舌打ちが鳴る。さらに間髪置かずボソリと低い呟きが続いた。


「…誰がお前のや」


 何を言ったかまでは聞き取れなかったが、それがソジのものだとわかる。横目にちらりと見て、フェイバリットはぎょっとした。


 先ほどまでの可愛い顔はどこへやら、ランドを見つめる子供の顔が、見たこともないくらい剣呑だったからだ。


「ソ・ソジ?」 


 恐る恐る声をかけると、もういつもの可愛らしい顔だ。先ほど見た獣のような表情など、どこにも見あたらない。


 うっかりじっと見入っていると、その顔が不意に眉をしかめて、拗ねた表情になる。


 見過ぎてしまったか。慌てて目を逸らした途端、ぽつりと声が落ちた。


「…ええなあ――」 

「どうしたの?」

「幼馴染みってだけで、お前のそばにおれるんや。そんで守るとか当たり前みたいに言えんねんもん」


 「ずるい」そう言って、唇を尖らせる子供が微笑ましくて、思わず頬がゆるむ。


「それは幼馴染みだからというか…きっと彼がいい人だからだよ。私があまりにも頼りないから、一緒にいてくれるだけ。昔っからランドは――優しいから」


 そう、この幼馴染みは本当に優しい。

 だからごく当たり前のようにそばにいて、フェイバリットを厄介ごとから守ろうとする。


 皮肉にもその優しさのせいで、彼はこんな異界についてくる羽目になったのだ。それに引き換え、自分ときたらありがとうと言うことぐらいしか出来ない。


「…優しいだけではアカン。強さも知恵も必要や。アイツより、俺のが絶対お前の力になれるのに」


 『アイツ』のところで、睨むような眼差しを茶色の髪をした青年に向ける。


「ランドは強いよ…?」


 それに頭もいい。里の中では頭一つ抜きんでて、優れていた。

 

「俺から見たら、まだまだ青二才や。俺のが断然強いし賢い。俺は兄姉の中で二番目に強いんや。あ、その目、もしかして信じてへんな?」


 黒い瞳がじろりとこちらを睨みつける。目を眇めると、いつもはキュルンとまん丸な瞳が、急に刃物のような鋭さを帯びる。


「こんなナリでも俺は屈指の術師や。そこのマッチョな(チャンジ)でも俺には敵わへんねんで」


 指を差されたチャンジは、嫌そうな顔をしたものの特に反論はしない。もちろん単に面倒くさくて黙っているだけかもしれないが。


「オムジがバケモンみたいに強いから二番目と言うとるけど、アイツのはしょせん物理攻撃だけや。こっちが術使って本気でやりおうたらアイツとだって相討ちに持ち込めるんや」

 

 言ってることは物騒だが、むっつりと言ってふくれっ面をする姿はいかにもヤンチャな子供だ。


 時折、コムジたちがソジを見て、可愛くて仕方ないと(まなじり)を下げているのを見る。


 その気持ちがフェイバリットにもわかる気がした。きっと今、自分もそんな顔をしているだろうから。


 ふうっと息を吐くと、子供は甘えるようにポスンと小さな頭をもたせかける。


「俺も――お前のそばにおりたい」

「え…?」


 言われたことがすぐに頭の中に入ってこない。我ながらつくづく血のめぐりが悪いと思う。


「…お前、床上げしたやろ。これから屋敷の中歩いたり、外にも行くようになる。主の結界があるから滅多なことはないけど、それでも一人にさせるわけにいかん。そしたら誰かがお前と一緒におることになる。それ…俺やとあかんか?」


 フェイバリットと行動を共にする相手。つまりソジはそれになりたいと言っているのだ。


「お前の隣りにいたい――少なくともここでは、その場所を誰にも譲りたくない。俺を選んでくれへんか?」


 とっさに返事が出来なかった。

 そもそもそれを自分が勝手に決めてしまっていいのかすらわからないのだから。


 そんなためらいを、ソジは別の意味で捉えているようだった。煮えきらないフェイバリットに業を煮やして、子供が焦れたように腰を浮かせる。


「俺が子供やから不安か? それやったら俺は強いから問題ない。それに俺ら――友達やろ?」


 大きな黒い瞳が縋りつくように見上げる。フェイバリットが何か言うのを待って、その目がじっと動かない。


「イヤやなかったら、うんって言うて。俺でええって」

「…それは――もちろん私は嬉しいけれど――」


 何か言わねばという気持ちに駆られ、そう口走っていた。この顔に強請(ねだ)られて、果たして拒める者がいるのだろうか。


「おい。何勝手にふざけたこと言ってやがんだ。てめえはすでにコイツを鍛える仕事があんだろうが」


 いきなり割り込んだチャンジの言葉にはっと顔を上げる。チャンジがコイツと顎で示したのはランドだ。


 そうだ。里で一番の術師のもとで、ランドが鍛錬を始めたと聞いた。その指南役はソジだったのか。


「ちゃんとやる。そやけどこいつの世話も俺がする。これから、きちんと話をつけるつもりやったんや――主」

「はい。聞いていますよ。先程からずっと」


 涼し気な声が場に加わる。ゆったりとくつろいだ姿勢は最初にこの部屋に入った時とほぼ変わらない。


 じっと動かないその姿は、丹念に彫り込まれた彫像のようだった。微笑をたたえるエンジュに、ホッとソジの顔に安堵が広がる。


「そらよかった。聞いとったんなら話は早――」

「ですが、聞けば聞くほどおかしな話ですよねえ」

続きます。

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