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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
3章 歓びの里 [鳥の妻恋]編
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3-25 首を洗って待っておけ

「ですが、聞けば聞くほどおかしな話ですよねえ」


 エンジュが笑顔で話をぶった切った。普通ならありえないことだ。


 ただならぬ気配に、一瞬にして場が水を打ったように、静まり返る。


「………。えっと主? もしかして怒っとる? なんか俺、やらかした?」

「ふふっ…やらかした? むしろ何もやっていないの間違いではありませんか?」


 優しい声音で言って天人は、コロコロと笑う。ぎくりと少年はあからさまに体を強張らせる。


「さて心当たりはありますか?」


 その問いにソジは二の句を告げず、引き攣った笑いを口もとに浮かべる。


「そもそもあなたがここにいるのは(ランド)を鍛える為――ですよね? あれからしばらく経ちますが、彼にほとんど成長が見られないのは何故なのでしょう? しかもその口で『ちゃんとやる』からさらにもう一つの役目を担わせろと?」

「――」


 言葉を失うソジに、「申し開きがあるのならどうぞ?」とにっこりと笑みを深める。


 何がエンジュの逆鱗に触れたのか。

 思い当たることがあり過ぎて絞りきれないのか、いつもの饒舌ぶりはどこへやら、ソジはモニョモニョと口ごもる。


 その様子を見て、ああなるほどとエンジュが頷いた。


「では――こう言えばよいでしょうか? なぜ、彼は発動の紋などという初手でいつまでもつまづいているのでしょう」

「…それは…っ! ……そ、そのぅ…鍛える以前の問題っちゅうか、やり方は教えたから、あとは下手うっても数こなすだけっちゅうか、それで出来ひんのは自業自得っちゅうか」

「なるほど。あなたの目から見て、彼の実力は教えるに値しないと言いたいわけですね」

「もちろん、発動の紋を修めたらビシビシいくつもりやったで? そらもう厳しくな! そやけどこいつ(ランド)の呪力の扱い方ポンコツ過ぎて――全く話にならんのや」


 目の前でポンコツと言い切られたランドは、気まずそうに視線を落とす。その姿がかつての自分のようで、胸に穿たれるような痛みが走る。

 

「それを含めてどうにかするのがあなたの役目では? まさか相手が拙いから引っ張り上げることは出来ない――とでも? 優秀な教え子しか導いてやれないのだとしたら、大陸屈指の術師と言っても口ほどにもないのですね。評判倒れもいいところです」


 エンジュがますます笑顔になる。だというのに、なぜかその笑顔が怖い。


 ついぞ忘れていたが、思い返せば確かに普段穏やかな人が本気で怒るとそれはそれは恐ろしく、震えが止まらないほどだった。しかもそれが美人とくれば迫力倍増だ。


 脳裡に見目麗しい養父を思い浮かべて、フェイバリットはうんと内心強く頷く。


「嫌なことを避けて、やりたいことしかやらない。それでは見た目通り、子供となんら変わりありませんね。いっそずっとそのままでいられるよう()()を授けてあげましょうか?」

「…い、イヤや。それだけは勘弁して」

 

 すっかり顔色を失くした子供は、ぶるぶると震えながら首を振る。大きな黒い瞳が潤み、じわりと涙が浮かぶのを見ると、さすがに気の毒になってきた。


 だがエンジュを包む薄ら寒い空気は変わらない。


「…あなたの、何にも囚われないその自由な心を、私は愛しく思っています。ですから、あなたがランドの鍛錬を申し出た時も、それを許したのです。たとえそこに別の思惑があろうとも…ね。――ソジ、約束事は果たさねばなりません」


 エンジュが静かに子供を見下ろす。その姿に先ほどとなんら変わったところはない――笑顔が失せたことを除けば。


 口もとに浮かべた淡い笑みがなくなった。ただそれだけのことなのに、今のエンジュはまるで別人のようだった。


「――たとえ可愛いあなたとは言え、例外ではありませんよ。約束を違えることは許さない。わかりましたか?」 


 しおしおと小さな体をさらに縮こませて、こっくりとソジが頷く。首を傾けた途端、大きな瞳から涙がポロリと一粒落ちた。


 それを見てエンジュがやれやれというように深く息を吐き出した。身体を包む怒りの気配がいくらかやわらぐと、張り詰めた空気もまた緩む。


 思わずフェイバリットもホッと息を()いた。事の成り行きを見守るうちに、いつの間にか自分まで緊張して息を詰めていたようだ。


機会(チャンス)を与えましょう」


 うなだれた子供の顔が、ぱっと上がる。かと思うと、その場で勢いよくソジが膝立ちになった。


「ホンマ?」

「ええ。我ながら甘いと思いますが、いつになくあなたが無茶をした理由もわかりますからね」


 たちまち、子供の顔面に喜色がよみがえる。


「喜ぶのは気が早いですよ。今のままでは到底、許可できませんから。そうですね。さしあたり、あなたの新弟子に発動の紋を完璧に身につけさせること。それが最低条件です。それが達成されるまで彼女に関わることを禁じます。務めを果たしなさい――ソジ」

「! ガッテン承知!」


 先ほどまでの意気消沈ぶりはどこへやら、ぴょんと跳ねるようにソジが立ち上がる。


 立てば子供の目線は、座ったフェイバリットから少し見上げる位置になる。仁王立ちになる少年の顔に、子供特有の甘さはなかった。


「フェイバリット」


 キリッと引き締まった顔がまっすぐこちらを見る。名指しされるとは思わなかったフェイバリットは、思わずピンと背筋を伸ばす。


「は――はい」

「聞いた通りや。俺は責任を果たしにいかなあかん。なんちゅうても俺は約束を守る男の中の男やからな!」


 瞳の奥に、爛々と燃え盛る火が見える。何も言わずとも、少年のヤル気がひしひしと伝わってくる。


 小さな体から立ち上る熱気に気圧され、フェイバリットはコクコクと、壊れた人形のようにひたすら頷く。


 その動きを止めたのは、頬に触れたふわりとした感触だった。ソジがフェイバリットの頭を優しく抱え込んだのだ。


 布ごしに伝わる子供の体温がじんわりと温かい。胸にぴったりと寄せた耳にくぐもった声が聞こえた。


「寂しいやろうけど、ちょっとの間の辛抱や…なるべく早く終わらせる」

「手を抜くなよ?」


 ちなみにチャンジの横やりは、完全に無視された。壊れものを扱うように、抱えた頭をそっと離すと、至近距離からソジが瞳をのぞき込む。


「必ずお前を迎えに来る」


 黒い瞳には先ほどのものとは違う熱が浮かんでいた。ドキリと鼓動が跳ね上がる――その直後。


「それまで首洗うて、きっちり待っとくんやで」


 ――ん?


 急に殺伐となった言葉に、頷きかけたフェイバリットの顔が固まった。


「…それって首を長くして待てのつもりかしら?」

「もしくは指折り数えて待てとかですわよね」


 背後でヒソヒソと交わされるコムジたちの忍び声が漏れ聞こえてくる。ハタと互いの目が合った途端、ソジの顔がみるみるうちに赤らんでいく。


「〜〜〜オイッ! お前いつまでメシ食うてんのや」


 とばっちりを受けたのは、とっさに顔を向けた先でたまたまソジの目に入った――ランドだ。


「『時は金なり』っちゅう言葉があるやろ。こっからは一分一秒と無駄に出来へんで」


 ズカズカと近づいて行くと、いきなり相手の襟首を掴む。されるがまま、ランドはたたらを踏みながら立ち上がる。


「行くで! しばらく寝かせへんから覚悟しとけよ!」


 子供の力だというのに、もはや引きずり出すという有り様で二人の姿が扉に向かう。扉をくぐる寸前、思い出したようにソジが「そや」と言って振り返った。


「フェイバリット。次会う時までにしっかり食べてもっと肉つけとくんやで。さっき抱き上げた時、めっちゃ軽うて、俺ビックリしたもん。女の子やねんから、もっとポチャポチャしててもええくらいや。――その方が抱き心地もええし」

「!!」


 ここにたどり着くまでのアレコレが一気に脳裡によみがえる。しかもそれを全員に見られたのだ。


 羞恥がぶり返し、ぼんっと顔が熱くなる。そろそろと周囲に視線を這わせれば、皆の笑顔が生温かい――気がする。


 この居たたまれない空気の後始末を、一人でどうつけろというのか。


 寝た子を起こすような真似をしておきながら、颯爽とこの場を去って行く少年。


 常日頃、可愛らしい顔が今は少しばかり小憎らしく思える。


 皆の無言の視線から逃れるように、フェイバリットはぎゅっと固く両の(まなこ)を閉ざす。真っ暗な視界に、扉がゆっくりと閉ざされる音が無情に響いた。

読んでいただき、ありがとうございます。

後から大幅リライトをしたくなくて何度も書き直しを重ねた結果、今回の三話アップとなりました。

皆様に呆れられるなぁと思いつつ、

大幅に更新が遅れたこと、大変申し訳なく思います。

年末に向けて諸々忙しくなりますが、

少しでも多くの作業時間を取りながら、今後もなんとか書き進めていきたいと思います。

次回更新もよろしければおつき合いいただけますと幸いです。

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