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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
3章 歓びの里 [鳥の妻恋]編
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3-21 雉始鳴[きじはじめてなく](後)

 はっと我に返ると、フェイバリットは慌てて詰めていた息を吐いた。いつの間にか息をするのも忘れていたらしい。


 吸って吐いてを繰り返し、うるさいぐらいに早鐘を打つ心臓をそっと押さえる。


 火照りだした頬を隠すため深くうつむく。いくら相手が美しいとは言え、子供相手に見惚(みと)れるとは何ごとだ。


「とは言え、ほどほどになさいませ? これは駄目だと判断した場合は遠慮なく止めに入りますので」

「わかっとるわ。今日はちょっとはしゃいでもうただけや。これからは――ちゃんとする」


 バツの悪い顔をしてソジは口ごもる。「どうだか」とコムジが鼻でせせら笑う。ちっという小さな舌打ちは、言わずもがなソジの口から出たものだ。


「可愛い弟の言うこと、信用せえや。何年俺の姉をやっとんねん」

「ああら、お言葉を返すようですが、可愛い弟がこれほど独占欲が強く、おまけにこれほど悋気深いだなんて。長年あなたの姉をやっておりますが、ついぞ知りませんでしたわ。今のあなた、まるでチャン兄様みたいですわよ?」


 笑い含みな言葉に、ソジはいかにも嫌そうに鼻に深い皺を刻む。食いしばった歯の隙間から押し出すように吐き捨てる。


「――俺をあんなヘタレと一緒にせんとってくれ」 

「愛すべき末の弟よ。あなたの為に一つ忠告しておきましょう。余裕のない男は女性から嫌われてしまいますわよ? チャン兄様から『待て』を教わった方が良いのでは?」

「余計なお世話や」

 

 ぷくぅと頬を膨らませる。その顔がどれほど愛らしいか。本人は知らないみたいだが、誰が見ても紛れのない事実だ。


 その証拠に、ソジを見るコムジたちの目尻が下がりっぱなしである。姉と弟の仲睦まじい様子に、フェイバリットはすっかり傍観者を決め込んで、ほっこりと目を細める。


 再び自分に火の粉が降りかかる、その時までは。


「ほないこっか♡」

「――え?」


 前触れもなく、子供の顔がヒョイッとこちらを向く。フェイバリットと目が合った途端、黒い瞳がみるみる緩んでいく。


 例えるなら、永年凝り固まった根雪が強い日差しに溶けていく、そんな感じだ。


 フェイバリットを抱えたまま、止まっていた歩みが軽やかに再開する。


「え――えぇ?」


 つい先ほど、コムジたちがソジに自分を下ろすよう諭してくれていたのではなかったか。


 慌てて背後を振り返れば、呆れ顔の姉妹の姿。二人を置き去りにして、ソジはどんどん先を目指して進んで行く。


「は? ちょっ…待って。ソジ――コレどういうこと?」

「どうもこうも。君が人前で抱っこされるんは恥ずかしいっちゅうから、姉ちゃんたちには離れてもろたんや。これでええんやろ?」


 「やろ?」のところで、こてりと笑顔のソジが小首をかしげる。黒い髪の隙間から、細い子供の首が見えた。


「―――??」


 たしかに、人前で抱っこされるのは恥ずかしいと言った。だからと言って、人前じゃなければいいよ♡とはならない。


「そ、そんなの――私も歩けば「あ――嬉しいなぁ〜♡」


 はしゃいだ声が強引に割り込む。呆気に取られて、フェイバリットの口がぽかんと開きっぱなしになる。さぞ間抜けな顔に違いない。


「俺、お前と二人っきりで行きたかったんや」


 率直な物言いが、いかにもこの少年らしい。上気した子供の顔から、抑えきれない喜びがひしひしと伝わってくる。


 こんなふうに全力で懐かれると、躍起になって下りる下りると騒ぐのはなんだか大人げないように思えた。


 子供の他愛ないワガママだ。ここは人生の先輩として、もう少ししたら改めて下ろしてもらえるよう頼んでみよう――フェイバリットは心で頷いた。


「なあ、俺ってチャンジみたい?」 

「え?」

「さっき姉ちゃんと話しとったの、聞いてなかった?」


 ――俺をあんなヘタレと一緒にせんとってくれ。


 おぼろげに姉弟の会話が頭の中でよみがえる。たしかに先ほどそんなやり取りがあった気がする。


「俺はあんな女々しい男とちゃうからな」


 女々しい? あのチャンジが?


「女々しいって――どこが?」

 

 反射的に聞き返していた。興味を示したのは失敗だったかもしれない。この(さと)い少年が、舞い込んだ好機を見逃すはずがないからだ。


 見上げると、視線の先にはニンマリと笑う少年の顔があった。辺りには誰もいないのに、「あのな」と言って、耳もとにそっと唇を寄せてくる。


「あいつ…もうずっと昔っから恋い慕ってる相手がおるんや。そやけど、よお自分からいかれへん。見てるだけで満足♡とか、いつやったかフザケタこと抜かしとったけどあんなん嘘や。――ホンマはビビっとるだけ。今の関係が壊れるかも…ってな。それくらいやったら気持ちを伝えんでもええて―― 指くわえてウジウジしとる。女々しい男やろ」

「……今も?」


 人のことを口さがなく話題にするのは下品な行為だ。まして恋愛事情となると尚さら。


 わかっているけれどフェイバリットも年頃の娘だ。人の恋話となると、ソワソワと落ち着かなくなってしまう。


「恋バナに興味あるなんて、やっぱフェイバリットも女のコやなあ。ああ、気にせんとき。おなごがこの手の話を好きなんは今に始まったこっちゃない」


 おかしくてたまらないというように子供が笑う。やじうま根性丸出しの自分が恥ずかしくて、かあっと頭に血が上る。

 

「――アイツが誰を慕っとるか、気にならへん?」


 頷いてもいないのに、まじまじと瞳をのぞき込んでソジが可笑しそうに笑う。


「…ほんま自分、便利な顔しとるなあ。全部、顔に出とる」


 顔に出ているなどと言われれば、ついつい手で頬を覆い隠してしまう。子供は声を上げて笑った。


「物欲しげな顔も可愛(かい)らしいけど、教えて欲しかったらちゃんと口に出してお願いしてみよか?」

「お願い…?」

「そや。可愛くおねだりしてみせて? ちゃんと出来たら教えたる♡」


 続きが知りたくないか?とその目が物語っている。愛らしい顔をして、実はとんでもない小鬼だ。


「可愛く、やで?」


 大きな瞳をきゅるんと丸くして、さっきと反対側にこてりと小首をかしげる。


 ゴクリと唾をひと呑み。唇の両端を引き上げながら――フェイバリットは首を真横に傾ける。今にもギギギっと音を立てそうなぎこちない動きだ。


「ソジ、お、お願い……?」


 笑われてしまうかもしれない。フェイバリットはギュッと目を瞑った。


 だが予想に反して、いつまでも笑い声は降ってこない。固く閉ざした目蓋をそろりと開けると、振ってきたのは優しい声だった。


「アイツが惚れとるんは主――エンジュ様や」


 いかつい美丈夫の想い人は、この神秘な隠れ里の里長。――しかももうずっと長い間。


 ソジが明かした真実は、フェイバリットの想像をあっさりと超えてきた。


 あの強面の男が仕える主を恋い慕っている?

 エンジュ様は男――なのに??


「アイツ、女々しいだけやなく悋気もすごいんや。主が君のお仲間にちょいちょいチョッカイ出すもんやから、もう屋敷の中は嵐が吹き荒れる寸前や」


 「いいとばっちりやわ」とこぼすソジの隣で、フェイバリットははたと思い出す。そう言えば、以前見た時のランドとエンジュは、なんとも言えずとても近しく見えた。


 やはりあの二人、実はフェイバリットが思う以上に仲がいいのかもしれない。


 だとすれば。もしやこれは――(ちまた)で言われる『禁断の三角関係』というものでは?


「あ――着いてもうたわ」


 残念そうな声にはっとする。立派な観音開きの扉が目前にそびえていた。


 なんだかんだで抱っこされたまま着いてしまったようだ。


「楽しい時間はあっという間やなぁ」


 それはフェイバリットとて同じ気持ちだ。黒猫姿のソジとおしゃべりしていた時間は、いつもあっという間だった。


 名残惜しさはあったが、ここらでひとまず仕舞いだ。


「…歓びの里に春が来た」


 扉を見つめるソジの口からぽろりと洩れる。聞き逃してしまったフェイバリットは、「何か言った?」と見上げると、ソジが笑って首を振る。


「春は鳥の恋の季節やなあってあらためて思ただけや」

「ふうん?」


 首をかしげるフェイバリットに、いつものいたずらげな顔に戻ったソジが、こっそりと耳打ちする。


「考えてみ? この向こうに、(くだん)の鳥どもがおんねんで?」


 件の鳥――チャンジとエンジュ、そしてランドがこの扉の向こうにいる。そういう意味だ。脳裡に『禁断の三角関係』の文字がボンと浮かぶ。


 自分はいつも通り、平気な顔をしていられるだろうか? 違う意味で心臓がドキドキとしてくる。


「ほな俺らもいこっか♡」

「うん――」


 腕から下りようとぐっと身を乗り出した――のだが。

 

「…ん?」


 体を支える腕はびくともしない。不思議に思い、なんで?とソジを振り仰ぐと、前を向いたソジの口が開いて、すうっと呼気(いき)を吸うのが目に映る。


「“開門(カイメン)”」


 この時、術で扉を開くとはさすがソジだな…などと呑気に考えていた自分を、のちのち悔やむことになる。


 目の前の扉が音をたてて開き始めた。扉とソジとを交互に見る。しっかりとフェイバリットの体を抱えるソジからは、下ろそうという意思は微塵も感じられない。


 この段になってようやく、胸の内にじわりと焦燥が広がり始めた。


「ソ・ソジ?」

「ん?」

「な、なんで下ろさないの?」

「俺らも仲いいとこ見せつけたろ♡」

「!!!」

 

 子供にがっちりとお姫様抱っこされた、この恥ずかしい姿を皆に晒す? なんたる辱め――公開処刑もいいところだ。


 なりふり構わず腕の中でもがきだしたフェイバリットなど物ともせず、ソジはどこ吹く風とばかりに涼しい顔だ。いよいよ追いつめられたフェイバリットはたまらず声を張り上げた。


「! ぅ…うそうそうそ――お・下りる下りる下りるぅ――っ」

 

 悲鳴めいた訴えもむなしく、ついに扉が大きく開かれた。


 目の前に現れたのは二十四帖ほどもある広々とした居室。床に広げられた厚い敷物。その上に並ぶお茶や料理を盛りつけた食器、そして色とりどりの果物。


 部屋の奥、正面には翠玉色の髪をした美しい族長が、抱枕(クッション)の上でゆったりと胡座をかいて寛いでいる。


 淡い緑の瞳がこちらを見ると、おや?というようにわずかに見開いて丸くなる。


 そのはす向かいには久しぶりに見る幼馴染みの姿。限界ギリギリまで見開かれた明るい茶色の瞳がよく見える。


 彼らのそばに控えて茶を淹れるのは、相変わらず怖い顔をした美丈夫、チャンジだ。こちらを見ると、わずかにその唇に呆れたような笑みを浮かべる。


 不思議なことに、全てがくっきり鮮明に見えた。

 ということはつまり――相手からもこちらがしっかり見えているわけで。さあっと勢いよく血の気が引いていくのがわかった。


 「ソジ」と小さく呼びかけると、声が震えて思いがけず泣き声になる。


「ん?」


 呑気な声の主をきっと睨み上げると、ばちっと闇色の瞳と目が合った。その瞳は先ほど見たのと同様、腹立たしいほど美しく、今も目の中で星が瞬いている。


 こちらを見下ろす瞳が不意に細まり、くすりと笑う吐息が髪にかかった。


「恥ずかしかったら、俺の肩に顔伏せといてもエエんやで?」

読んでいただき、ありがとうございます。


相変わらずのゆっくり更新ですが、なんとか毎日少しずつ書き進めております。

とは言え、なかなか書き溜まらない現実。


とても悩みましたが、今後は更新頻度を二週間に一度に変更しようと思います。

理由は小説と、X(旧ツイッター)の投稿を両立して続けていく為。


また家庭の事情で去年より作業時間が取れないというのが主な理由です。

今回のように後で改稿を重ねるより更新頻度を落とす。その決断に至った次第です。


早めに文章が整った場合は都度、後書きにて更新予告をお知らせします。

気長におつき合いいただけますと大変嬉しく思います。


どうぞ、よろしくお願いいたします。

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