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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
3章 歓びの里 [鳥の妻恋]編
127/132

3-20 雉始鳴[きじはじめてなく](前)

夏休み中、しっかりお休みをいただきました。

長い間、文章を書かずにいたので、なかなか勘が戻らず(汗)

突貫工事でエピソードを削ったものを先週アップしたのですが、

やはり納得のいくものではなく

大幅改稿の上、前後編に変更させていただきましたm(__)m

「んぅ…っ、ソ・ソジ…恥ずかしい――…」


 息も絶え絶えな娘の声。

 押し殺しても、引き結んだ唇から切なげな吐息が漏れてしまう。


「なーんも恥ずかしがることない。なんせ俺ら、将来を誓い合う予定やさかい。お前はただ俺に身を委ねとったらええねん。それでも恥ずかしかったら、俺の肩に顔伏せとき」

「ンン――あ…やぁ、そこぉ――触らないでぇ」


 首まで真っ赤に染めた娘は、言われた通り少年にしがみつき、肩口に顔を(うず)める。羞恥のあまり、その声はもう涙まじりだ。


「はぁ……その鼻にかかった声、可愛(かい)らしなぁ――めっちゃ下っ腹に()()わぁ」


 ボソリとつぶやく。

 あいにく今フェイバリットには、そのつぶやきを聞く余裕などどこにもなかった。


 子供の細い首に腕を巻きつけ、ただ必死にしがみつくだけ。懇願するように何度も首を左右に振るも、先ほどから小さな友人には軽くいなされ、取り合ってもらえない。


 つまりそれはずっと翻弄されっぱなしということである。


「ソジ――お願い…もう無理ぃ」

「…ほんま敏感やなぁ。ほな、ここやったら…どや? このまんま一緒にイキたいから、もうちょい我慢できひん?」


 困ったように言いながらも、どこかその声にはうっとりとした甘さを含んでいる。


「………気のせいでしょうか。なんだか二人のやり取りがとても卑猥に聞こえてしまうのですが」

「安心なさい。私も同じ気持ちです」


 背後でひそひそと声が交わされる。同時にピタリと少年の足が止まった。


「…ナニ人聞きの悪いこと()うてんねん。俺ら、まっサラサラのピッカピカ、めっちゃ清い仲やっちゅうねん」

「あらやだ」

「聞こえてましたの?」


 コロコロと鈴を転がすような、華やかな笑い声があがる。声の主は、後ろをついて歩くコムジたちだ。それを聞いて、いよいよフェイバリットは身の置きどころがない。


「そ・ソジ。ほら皆、見てるから…」


 「恥ずかしいよ」と口ごもるも、ほとんど声にならない。そんなフェイバリットに黒い瞳がきょとんと丸くなる。


「なんでや。俺ら、なーんも後ろ暗いことしてへんで?」

「だって…いい年して…()()()なんて…」


 ――しかも自分より小さな子供に。


 この小さな体のどこにそんな力があるのか。フェイバリットは今、幼い少年に抱きかかえられていた。

 

 おまけにその抱え方は、いわゆる『お姫様だっこ』というやつである。


 そもそも抱っこなんて、小さな子供がされるものではないか。これではまるで立場があべこべだ。


 子供の腕の中はかなり窮屈だが、安全面では全く問題なかった。自分の背丈より大きな娘を一人抱えて、ふらつくどころか顔色一つ変えず、本人はケロリとしたものだ。


 四人は連れ立って居室を目指していた。そろそろ寝所ではなく、居室で食事を摂るのはどうかという話になったからだ。


 もちろんフェイバリットに否やはない。けれど()()()()()()移動するとは正直思ってもみなかった。


 人の姿に戻ったソジは、とにかくフェイバリットの世話を焼きたがった。コムジたちが止めてくれなければ洗顔や着替えにまで手を出そうとしていたくらいだ。

 

 さらに鼻息荒く「給餌は俺の仕事やからな!」と息巻いた。何が彼をそう駆り立てるのかわからないが、こうなると過保護も極まれりと言えよう。


 それはそうとコレ(抱っこ)のせいか、笑顔にも関わらずコムジたちの目がどことなく生暖(なまあたたか)いような気がする。おかげで、もうずっと針のむしろに座る心地である。


「あ・あの――ね。ソジ…自分で歩けるから…お、下ろして…?」

「阿呆言うなや。さっきなんもないとこで、けつまずいとったクセに」


 降りようと身じろぎするフェイバリットを、少年はあっさりと抱え直す。逃れようとしていた体は、あっという間に再び(ふところ)深くに戻される。


「ほれ、ジタバタしたら危ないで。大人しゅうしとき」 

「でも――こんなの子供みたい。私、あなたよりずっと大きいのに」

 

 けして自分で歩けないわけではない。いやたとえ歩けなかったとしても、これは世間的によろしくない――うん。


「ええねんええねん。だ〜れも見てへん。後ろにおんのも畑で採れたイモか大根と思とったらええねん」

「あら? イモですって」

「んまぁ、では私は大根ですのね」


 ちらりと背後に目をやると、美人姉妹は先ほどと同様、朗らかに笑んでいる。ただ一点、その目が一片たりとも笑っておらず、冷ややかなのを除けば、だが。

 

 フェイバリットは、それ以上そちらを見ることが出来ずそっと目を伏せた。ソジはのほほんと笑う。


「真っ赤になって、恥ずかしがり屋さんやなぁ。奥ゆかしいの、俺は好っきやで。あ、でも大胆なのも…それはそれでアリかも…。あ――ホンマ可愛(かい)らしなぁ」


 ソジは先ほどから何度も可愛い可愛いと口にする。

 ただでさえ抱っこされて恥ずかしいのに、言われるたびフェイバリットの小さな胸はざわめいて、むず痒くなる。


「ソジ、もうその辺になさい。お嬢様が困っているではありませんか」

「あなた、自分が今どんな顔をしているか知っていて? デレデレと鼻の下を伸ばして、ひどいものですわよ。まるでヤニ下がったどこぞのオヤジみたい」

「はあ? ナニ()うとんねん。はは~ん? さては自分ら(ひが)んでるな? これやからモテたことのない年増は。そんなんやから行き遅れんねんで」

「…年増?」

「…行き遅れ?」


 (まばた)きほどの一瞬、姉妹それぞれの顔面にカッと般若の表情が浮かび上がる。これはけしてフェイバリットの見間違いでも気のせいでもない。


 その証拠に、フェイバリットを抱える腕がびくぅっと震え、「こっわ」というソジの小さな声を聞いたからだ。


 ようやくソジのおしゃべりの勢いが止まったのを見て、気を落ち着けるように、コムジたちがふうっと息を()いた。


「――全く。私たちとて甘やかし過ぎだとチャン兄様からお叱りを受けたばかりだというのに。彼女の体は、どんどん動かす時期に入ったのです。あなたならとっくに分かっているでしょうに」

「そうですわよ。彼女に一切何もさせないなんて、どういうつもり? こんなの甘やかしどころか、囲い込みも同然よ」


 最後には「下ろしてさしあげなさい」と二人揃ってピシャリと言い切る。押し黙る少年の顔を、フェイバリットはそろりと盗み見る。


 この感じだと、そろそろ下ろしてもらえるかもしれない。


 ひたと子供の足がその場で立ち止まると、赤い瞳に浮かんだ期待の色が隠しきれないほどあらわになる。


 その時だった――子供の口からぽろりと不穏な言葉がこぼれ落ちたのは。


「あぁ――それもええなあ…。なーんも自分で出来ひんなってしもたら、もう一人では生きていかれへん――そうなったら俺が責任持ってずうっと面倒みたらええだけの話や――うん、それはそれでええかも…」


 小さな呟きは誰に言うでもない。ひとり言のようだった。


 シンと場が静まり返る。姉妹は二人とも棒を呑んだように立ちすくむ。我に返ったソジが、ぐるりと皆に視線をめぐらせる。


 全員の凍てついた視線を平然と受け止めながら、唇の端をニヤリと大きく吊り上げた。


「冗談に決まっとるやん」


 なんとも言えない表情で、コムジが大きな溜め息を吐きながら言った。


「はぁ――うちの男どもは揃いも揃って愛が重すぎる。あなたは公私の区別をつけて冷静に行動すると思っていたのに…やはり血は争えませんわね」


 ソジは否定しなかった。しかし肯定もせず、ただ黙って笑うだけ。フェイバリットの視線は、そんなソジとコムジとをせわしなく行き交う。


「なぁ姉ちゃん――(きじ)の鳴き声って、聞いたことあるか?」

「え? いえ…多分聞いたことはない…と思いますが…。そもそもキジとは何なのかも知りませんし」


 唐突な弟の問いかけに、コムジの声に困惑がにじみ出る。もちろんソジはそんなことお構いなしだ。


「そっか。雉はここから遠く離れた、東の国におる野鳥(のどり)や。春になると、あちらこちらから雄雉の鳴き声が聞こえてくるんや。まだ見ぬ嫁さんを慕って、ケーンケーン(恋しい恋しい)ってな」


 ひとまずフェイバリットは、姉弟の間で交わされる会話に全力で耳を傾ける。


 なぜここで急に鳥の話になるのだろう。話の流れについていけず、完全に取り残されてしまった 


「雉の鳴き声は――めっちゃデカいんや。その声のせいで、自分の居所を狩人に知られるかもしれんのに。それでも恋しさのあまり、雄雉は鳴かずにおられへんねん。恋にトチ狂った命知らずやと思わへん?」 


 ソジはクツクツと喉を鳴らして笑う。その目が異国の地を思ってか懐かしげに細くなる。

 

「…ある日を境に――俺の頭ん中でその鳴き声が、ずうっと聞こえるようになったんや。それ聞くと俺はもう、居ても立ってもおられへんようになる…今も」


 (くう)を見つめていたソジの視線が、ゆるりと動きだす。それは己の腕の中、フェイバリットにたどり着くと、焦点をピタリと定める。


「今も、うるさいぐらいに鳴り響いとる」


 星が無数にまたたく夜空を、そのまま切り取ったような闇色の瞳。それがまっすぐ自分を捕らえる。


 あまりの美しさに思わずフェイバリットは息を呑んだ――少しも目が離せない。


「――わかりました。今回だけは目を瞑りましょう」 


 コムジの声が割って入らなければ、ずっと見つめ合っていたままだったかもしれない。

読んでいただき、ありがとうございます。

続きます。

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