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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
3章 歓びの里 [鳥の妻恋]編
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3-19 妻恋鳥《つまごいどり》(後)

後編、よろしくお願いします。

 自分を見下ろす必死な黒い瞳に、戸惑った顔をした自分が映り込んでいる。


 こんなに余裕のない黒猫を、フェイバリットは初めて見た。追いつめられた瞳からひしひしと、彼の切実な想いが伝わってくる。


 いっそ…頷いてしまおうか。こんなに一生懸命なのだ。それで相手が喜んでくれるなら――。


 そんな考えが頭を掠める。

 少年(黒猫)の目が、何も見逃さないとばかりに薄く開いた唇に集中する。


(でも…)


 ――嘘は吐きたくない。

 適当なことも言いたくない。


(わかってへんのに「わかった」とか言うたらアカン)

(君は少し思たこと口にする練習した方がええ。――言うのはタダやから)


 そう教えてくれたのは他でもない、目の前にいるこの友だから。


 この短い付き合いの間に黒猫から色んなことを教わった。大事なことも豆知識程度のことも。


 一体どこから仕入れてくるのか不思議なくらい、黒猫は知識豊富だ。


 色んな話を聞いた。これまで何度、感嘆の吐息を洩らしたことか、もう覚えていない。


 自分にとって、黒猫はもはや師匠と呼んでいいのではなかろうかと思う。


 昨夜だってそう。と言っても、つい数時間前の出来事だが――。


 

 


「ねえ…一つ聞いていい?」


 月明かりの降り注ぐ部屋をぐるりと見渡した後、フェイバリットは思い切って切り出した。


 隣で、組んだ前脚に顎を乗せ、目を閉じていた黒猫の瞳がパチリと開く。


「おう。一つと言わずナンボでもええで」


 少しでも黒猫といる時間を引き延ばそうと、これまで一生懸命話題をひねり出した。残念ながら、それももう尽きてしまった。


 何かないかと思いあぐねているうちに、()()()()にたどり着いた。


 ずっとわからないまま放置していたのだが、今さらという気がして聞けずにいる。


「なんやなんや? 聞きにくいことなんか? ええから言うてみぃ」


 黒猫の言葉に背中を押されて、迷った挙げ句、フェイバリットはそろりと口にした。


「…『漢気(おとこぎ)』ってなあに?」


 そう言った時の黒猫の驚いた顔が忘れられない。


「はああ?! 今、それ聞く?? ――君、言葉の意味も知らんとウンウン頷いとったんか? え? ほなそれ以外のも? 『気骨(きこつ)がある』なんてもちろん知らんよなぁ…。もしかして…義理人情って言葉も知らんかったりする?」


 最後の方は恐る恐るというように、黒猫が声をひそめた。その口ぶりから、信じられないという心の声がびんびんと伝わってくる。


 どうにも居たたまれなくなり、ほんのりと頬を染めて小さく頷く。蚊の鳴くような声で「ごめんなさい」と謝罪する。


「あ…でも人情に厚いってのは…なんとなくわかるかも?」

「お? ほんまかいな。ほな、ちょお()うてみい」

「えっと。思いやりがある人、あと仲間思いってこと――でしょう?」


 果たして、この答で合っているか――おずおずと、フェイバリットは目で成否を問いかける。


「なんでそんな自信なげやねん――()うとるよ。情に厚い男っちゅうのはな、まず相手を見捨てへん。どんな些細な約束も果たそうとする。そんで困ってる人がおったら放っておけん。あとは――そやなあ。本音で相手に話す。嘘やおためごかしで適当に言うたりせえへんねん」


 ふんふんと頷きながら、フェイバリットは頭の中に一言一句を刻み込む。適当に相手の話を聞いていたのに、それを咎めることなくこうして丁寧に教えてくれる。


 本当に、この猫はなんて気立てがいいのだろう。今度ばかりは反省して、フェイバリットも真剣に黒猫の言葉を復唱する。それを見て、黒猫も気を良くしたようだ。


 やれやれとばかりに溜め息を落としながらも、その目は優しい。とは言え、しっかり釘を刺すことも忘れないのが黒猫だ。


「自分、ほんまに気いつけや。わけわからんのに、なんでもかんでもウンウン頷いとったらそのうち痛い目みるで」

「う・うん。気をつける――でも」


 なんだ?と黒猫の目線が問いかける。言うか言うまいか迷った末、フェイバリットは結局伝えることにした。


「……。あなた(黒猫)の言うことだから、全部そのまま信じられるんだよ…」


 相手が誰でも同じわけじゃない――あなただから。


 照れくさくて、それは口に出せなかった。言った後で気恥ずかしくなり、うつむき加減になる。


 いつまでも相手の返事がないのを不思議に思い、ちらりと目を上げると、そこには目をまん丸にした黒猫の顔があった。小さな口がわななくのが見えた。


「お――おまえは――そやから、ほんま無自覚…っ。やっぱ、ま・魔性の女か――?!」


 無自覚? 魔性の女?

 言われたことがわからずに小首をかしげると、ついに黒猫が敷布に突っ伏してしまった。


「あかん――頭が茹で上がる。ちょお待ったってくれ」


 ほどなく立ち直った黒猫は、きりりっと顔を引き締める。


「ええか? 漢気があるっちゅうのは勇気があるっちゅうこっちゃ。困難にもへこたれず、立ち向かう強さがある奴のことをそう言うねん。ここまで大丈夫か? わからんかったらナンボでも聞くんやで? 聞くのは別に悪いことやないねんからな? 『聞くは一時の恥。聞かぬは一生の恥』っちゅう言葉があってやな――」


 いつものように脱線しそうになり、はっと黒猫がそこで言葉を切る。こほんと咳払いを一つ、改めてその先を続ける。

 

「――気骨があるってのも、それと似たようなもんや。どんな時でもめげたり諦めたりせえへん。自分が行く道を、目を逸らさず見据える心の強さ。いざ決断に迫られたら腹を据えて選び取る勇気。こうと一度決めたら信じて揺らいだりせえへん。それは身体の真ん中に一本筋を通した考え方を持っとるからや」


 生き生きと話す黒猫の()は、この上もなく強い光を孕んでいた。思わず見惚れるほどその()が美しくて、フェイバリットはそこから少しも目が離せなくなる。


 こちらを見つめる眼差しが不意に柔らかくなり、すうっと細くなる。


「君にはまだちょっと難しかったか?」


 笑ったその顔はもういつもの黒猫の顔だった。フェイバリットは黙って首を振る。


 小さな友達は、なんだかんだ言って面倒見がいい。そして仲間思いだ。


 真っすぐな目と心根を持つ彼の言葉は、裏も表も――もちろん嘘偽りもない。だからこそ耳にすんなりと入り、心地よく響く。


 ――ええ子やで。


 ふわりと、脳裡で声が浮かんだ。


 見た目は子供やけど頭脳は大人顔負けや。

 ナリはちっこおても漢気に溢れてて、義理人情に厚く、今どき珍しい気骨のある男児や。

 

 ――まるで“ソジ”みたいですわね。


 被さるように、頭の中で今度は別の声がこだまする。


 そうだ。“泣く子は育つ”という言葉が、いかにも“ソジ”の言いそうなことだとコムジたちが言ったのだ。

 

 ボヤけた焦点が定まり、急に視界が澄み渡る。先ほどと変わらず、真上からこちらを見下ろす黒髪の少年が目に映る。ぱちぱちとフェイバリットは瞬いた。


 白金色の髪をしたソジと初めて会った時、フェイバリットは変な気持ちになった。今ならそれが違和感というものだとわかる。


 『安心せい。君が元気になった時は“ソジ”っちゅう男の子が君に会いにくるよって』


 そう言って笑った黒猫と、少年の顔が今一つに重なって見える。


 ――そうか。やっとわかった。


 この姿で会うのは今日が初めて。

 だというのに、もうずっと前からこの少年と一緒にいるような気がするのがとても不思議だ。


 乾いた唇をひと舐めすると、フェイバリットはゆっくりと言葉にする。


「わかったよ。ちゃんと…ちゃんと自分の頭でしっかり考えるから…時間をください――“ソジ”」 


 漆黒の目がわずかに見開かれる。

 その後で、ふわりと笑みが浮かんだ。心なしか、淋しげな笑みだった。


「ちゃんと出来るやん…ええ子やな」 

読んでいただき、ありがとうございます。

なかなか調整が思うように進まなかったり、その間に体調を崩したりと

更新が不定期になっており、大変申し訳なく思います。

次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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