夏休みの君
八月二十四日、午後二時五十分の電車に乗ろうと駅のホームに着いた。よく晴れた青い空に白い服を着る女の子が椅子に姿勢良く一人で座っている。
あ、と思ったのと同時に声を掛けていた。
「白見さん、久しぶり」
「あ、紺野はん」
彼女もやっと気付いたようで、オレと同じ反応をした。
「暑いね、何してんの?」
「電車待ってる」
それはそうだ、同じ電車だろう。あと十二分もある。彼女は白い袋を持っていた。
「何かして来た?」
「買い物、うちの所より良い服がいっぱいあるから」
「そうか」
「紺野はんは?」
立ったままのオレに目線を合わせる為に、彼女はオレを見上げた。
「まあ、勉強。宿題、やって来た」
「終わってないんだ」
「そう、まあ、夏休み終わる頃にはきちんと終わる予定。友達がさ、集まってやろうぜって」
「ふうん、この辺いっぱいそういう所あるからね」
「そうそう」
彼女の言う通り、駅のすぐ近くにそういうことができる所があって、わざわざそこに行って男友達だけでやって来た。ここは高校がある場所で、その友達も高校の友達だから集まりやすい。
「どのくらいの人が集まったの?」
「うーん、五、六人かな? まあ、席がバラバラにならないように午前中からだらだらとね」
「すごいね、私はもう終わってるの。だから、やることなくて……」
彼女は少し寂しそうにした。
「そういえばさ」
あの話をして良いのだろうか……と思った。だけど、もう口からは出ているし、止める方が変だ。だから、オレは喋り続けた。
「リーダーがさ、夏休み、プールか海に行きたいって言ってたんだよね」
「へえ、それで?」
少し興味があるようだった。でも、この話はすぐに終わる。
「スタンプ合戦ずっとしてたんだよね。そしたら、突然『悲しいお知らせ』だったかな? 行けなくなりましたって」
「どうして?」
「リーダーが親に見つかったらしい、本当はその時、しちゃいけなかったのに」
「メール?」
「そう、まあ、あれは遊びだったからね」
オレは笑ってたけど、彼女は全然笑ってなくて、暑さでぼーっとなるのとは違うぼーとした顔になってた。
「まあ、夏はまだあるしね」
「でも、学校の授業でプールないし」
「じゃあ、行く?」
「え?」
きょとんとした。そりゃそうだ。何、誘ってんだ、オレ。
「いや、行かないよね」
そうだ、行かない。
「行っても、良いよ」
「あ、いや。水着とかないじゃん?」
「明後日、行けるよ?」
「え……」
予定はない。でも、え……、マジか、これ……。
「あ、いや、二人ではないじゃん?」
彼女の顔が思案顔になった。やっと普通になって来た……と思ったのに、彼女は言った。
「そうだね、でも、二人じゃなきゃ良いんでしょ?」
「え。そうだけど、集まんの?」
「嫌?」
「嫌……とかじゃないんだけどさ、ほら、何となく悪いかなって」
「紫桃くんのこと?」
彼女はさらっと言う。敢えて言わないようにして来たことを、いとも簡単に。
「別に良いじゃない。体育の時だって、更衣室ないから女子はトイレで着替えたり、男子の前でも見せないように着替えてるんだし。そっちの方が嫌だけど」
「そうですか……」
そんなの全然、気にしてなかった……と言えば嘘になる。
うちの学校は変だ。
伝統はあるけど、変な所は変だ。
「あのさ、やっぱ、この話、ナシにしない?」
「何で?」
彼女は食い付く。
「だって、やっぱ、おかしいでしょ?」
「紺野はんはまだ、私のこと、そういう風に思ってるんだ」
彼女はちょっと感情的になって来た。面倒だ、だから、ここで言わなければならない。
「思ってない、普通の女の子として思ってるよ!」
これでどうだ! と思った。
「やっぱり」
彼女は聞いていたのか、分からない。
「やっぱり?」
「紺野はんは、確信犯だ」
意味が分からないけれど、彼女はそれで笑った。普通に笑っている。何がおもしろいんだろう? だけど、釣られてオレも笑っていた。まだ時間はある。オレは彼女の隣に空いている席に座る為に少し歩いた。そして、座った途端、彼女は言った。
「好きになってしまったら、もう後戻りなんて出来なくなっちゃって、何も考えられなくなっちゃうんだね」
彼女はオレで何を試しているんだろう。
「しとーにも、そう言えば良いのに」
「やっと、ふさがったの。すごい、時間かかった。これで良いんだって思えて来てるんだ」
彼女はぽつぽつと言ったけど、本当のしとーに会ったら、どうなるんだろ……。
「どうだか、人間の心なんて簡単に壊れちゃうからね」
「じゃあ、私はいつも壊れてるね。いつも間違って、一人になる」
彼女は平気そうに言って、自分で傷付いていた。
「バカだな、白見さんって」
「そうだね。困らせたくなっちゃうんだよね、何か」
彼女はちょっと変わっている。それが良いのか、よく分からないけど、好きなのかもしれない。
「白見さんって、誕生日いつだっけ? 九月?」
「一日、何で?」
「いや、ふと思ったんだ。誕生日いつだったろうって」
「うーん……、紺野はんは十二月?」
「ざんねん! 一月十一日。しとーはさ、もう十八なんだよな……、五月生まれだから」
「ゴールデンウィークだっけ?」
「そう、それで騒いでたでしょ、会えないねぇ……って」
「そうだね、クラスの女子以外の人達も騒いでた。ゴールデンウィーク前だよね?」
「そうそうっ!」
ちらっと見る横の彼女はすぐに元気をなくしていた。彼女はもう良いのかもしれない。
「まあ、期待しててよ、プールに行けない分も頑張るからさ!」
「プールの絵は良いからね?」
「描かないよ、ちゃんとしたの描きますよ。花火の時、約束したし」
「覚えてたんだ……」
え、ちょっとした感動?
「期待してる!」
彼女はフフっと音符が付いてそうな笑いをした。心惹かれる女の子の顔だった。




