噂が去りし後
七月初旬中頃、今は全てが落ち着いている。
青い空が気持ち良い。
あの噂のせいで全てがなくなってしまいそうで嫌だった。
だって、そうだろ。彼女があんなことを言うなんて、正直驚いた。あの雨の日の放課後に起こった出来事がきっかけで広まったしとーの噂が原因で、彼女の知らない所で、彼女の心の動揺が起こっていたとしか思えない。
そんな彼女に、オレはすっぱりと「無理だよ」と言えたのは、オレがしとーの友達だからだ。もし、とかないかもしれないけど、オレがその立場じゃなかったら、何と答えていただろう。
この青い空のように、あの時の自分のようにすっぱりと言い切れただろうか。
君はオレの知ってる奴の好きな人だと。
言えないだろうな……と思う、彼女が頑張ってる姿は見てなくても聞いていたし、応援していたのは本当だ。それがどんな思いになるかなんて、考えれば……分かることだろ。
あぁぁぁぁぁぁ! って叫び出して、走りたい! またバカなオレに戻って、そんで、出始めに戻りたい。
でも、オレは今もこう思うんだ。
あの空の下で選択した事は、間違っていなかったって――。
そんな出来事があった六月下旬も過ぎた七月初旬、リーダーに突如言われたのだ。
「紺野はん、夏祭り一日目と二日目どっちが行ける? 行けなかったら、八月にほら、三日間もやる方の夏祭りに行く! という案もあるからね」
「は?」
えー! だ、心の中は。何でこうなった、それしかない。この為にチョロチョロとスズユは動いていたのか……と思う。
「行けると思うけどさ、それには……、やっぱり白見さんも行くんでしょ?」
「そうに決まってるじゃない!」
リーダーはとても元気良く言い切った。
*
がっくり来たまま、放課後の空き教室前の廊下で彼女とすれ違った。
「あ、紺野はん」
彼女は普通にオレの名前を言った。クラスの奴らが来ないからか、気楽になっているんだろう。
「その、白見さんは元気?」
「うん、元気」
お互い、足を止めて言う。
「め、ずらしいね。白見さんの方から話してくるなんて」
「そうかな? どうしたの? 紺野はん、トイレ?」
「え! いや、違うけど」
何だよ、これ。ちょっと立場違くない?
「あ、そうだ。夏祭りの話聞いた?」
「うん。ずっと前から聞いてた。トランシーバーを持ったスズユちゃんが現れてびっくりしたけど、行くことにしたんだ。紺野はんも行くんでしょ?」
「あ、まあ……ね」
彼女は歯切れの悪いオレに不自然さを見出していた。
「あのさ、白見さんはその、先日の事についてどう思ってんの?」
「先日? 紫桃くんじゃなくて、紺野はんと一緒に居たいって言ったこと?」
そうだよ、と言う前にそんな詳しく言わなくても良くない? と思ってしまった。それにちょっと言葉が違っている。
「今も、その、そう思ってんの?」
「分からない。今は静かな気持ち。この空のようにはなってないけど、紺野はんの近くに居たいっていう気持ちはまだちょっとあるから、分からないことではないのかな?」
彼女は微笑した。悲しそうに、そんなんになるくらいなら、言わなければ良いのに。
「白見さん、好きなんでしょ。この時間が」
「うん」
「だったら、そんな風に泣くなよ。静かに泣いたって、オレはどうもしてやれないよ」
「うん」
彼女の頬は、その一筋の涙で濡れていた。
きっと、しとーだったら……って思ったけど、何もしてやれない。
拭いたらきっと、また変わってしまうから。
でも、あいつらに見られて、ああ! 泣かした! なんて言われるのはもっと嫌だ。
だから。
「ハンカチないの?」
「あるよ」
「だったら、拭きなよ」
「うん、拭く」
それくらいしか出来ないから。
「あっ」
「何?」
「ハンカチ、置いて来ちゃった」
「どこに」
「トイレ」
「どうしたら、そうなるんだよ」
オレは自然と今までポケットに突っ込んでいたハンカチを差し出していた。
「ありがとう」
「汚くはないから」
「うん」
彼女はそれだけしか言わなかったけど、少しオレの体温が残っているそのハンカチでその涙を拭いた。
バカだな……と思う。それくらい彼女は自分の気持ちに純粋なのに、それを敢えて崩そうとする。
「ほんと、ばかだな」
「うん」
彼女は「うん」しか言わない。今になったって、彼女はあの噂が染み込んでいて、聞きたくもないのに勝手に入って来て、心の奥底で相当の動揺と闘っているんだろうなと思った。オレに出来ることはこれくらいしかない。
「白見さん、今日も一緒に帰る?」
「え?」
「だって、他にも話したいことあるし」
何もないけど、そう言っといて、少し、違う事を考えられるようにしてあげなきゃ……と思ってしまった。
オレの方がバカか。
「ありがとう」
彼女はいつも、素直だ。
それがとても良くて、好きになる。




