彼に聞きたいこと
こんこん、こんこん。
そんな音が突然、一人、放課後の空き教室の外から聞こえて来たら、誰だって、びっくりする。
「誰?」
なんて、自分の家の部屋でもないのに言ってしまう自分がバカだな……と思って、扉を開けようとした。
そしたら、ガラッて、向こうの方から扉が開いた。
「うわ!」
「びっくりさせちゃった? ごめんね」
笑いながら言うのは紺野はんだった。
「紺野はん……、何で?」
「いやぁ、うちのクラス、今日の帰り、すっげー早かったじゃん? それでさ、うちの部長まだ来てなくて、部室開いてないんだよね。来るまでの間、ここに居させてもらおうかなって思って。部室、隣だし」
「そうか……、入って。アカネちゃんまだ来てないし」
「いやぁ、助かるよ! オレ、いつも部室遅く来て帰るから。こんなの初めてで」
「そうなんだ」
「まあ、鍵取りに行けば良いんだけど、きっと、部長が持って来ることになってるから」
「そうか……」
そんな話をしながら、紺野はんはどんどん空き教室に入って来ていた。そして、いつもは紫桃くんが座る席に迷わず座った。
私はこの状況で何を話せば良いんだろう……。真剣に考えていたら、紺野はんと目が合ってしまった。あれこれ考え過ぎて、いろいろな所を見てしまったせいだ!
「あ、あの! あの話、今でも続いてるよね? 大丈夫かな、紫桃くん」
あの話? という顔をされてしまった。残念さがやって来そうだった。でも、急に分かったのか、ああ! という顔になった紺野はんに救われた。
「平気でしょ。いつもの事じゃん。しとーがどこどこで誰かとチューしてた! とか、一緒に手繋いで歩いてた! とか、高一の最初の頃はもっとたくさんあったし、もっとひどいのだっていっぱいあった。今までだって、絶対、噂がこちらに届いてないだけで、くすぶってたのがどっかーん! って一気に来てるだけだよ」
気にすることない、と、あっけらかんと彼は言う。
「紺野はんって、本当に紫桃くんの友達?」
そんな彼の顔と目がまた合ってしまった。
「そう言う? 白見さんはしとーの何なの?」
「私は……」
何だろう……。
少し冗談のつもりで微笑されつつ、聞かれたのに、考えたこともなかった……と知ってしまった。
本当に、何なんだろう。
いつも紫桃くんからの勝手な思いや行動で、ここまで来てしまったように思う。
それでも、紺野はんのようにはならない人。
私は、気付いているんだ。本当の事に。
「紫桃くんが好き。でも、それはクラスの女子達が思う『好き』とは違うんだ……。紫桃くんは優しいから」
そんなの紺野はんに言ったって、何にもならないことは知ってるのに、言ってしまった。私はバカだ。大馬鹿だ。
「じゃあ、どうしたいの?」
「え?」
紺野はんは真剣に話して来た。
私は……。
「何もしたくなかったら、何もしないで良かったのに、そうしなかったのは何で?」
紺野はんはさらに質問して来た。
「私はただ、知っててほしかっただけなのかな、悲しくなるくらい実らない恋だって分かるから」
「そんなの聞かなきゃ分からないだろ、そう言うんだろうな。赤根さんなら」
紺野はんは居もしないアカネちゃんの名前を言った。
「紺野はんはもう、答え知ってる、でしょ?」
「ああ、でも、言わない。それを言うのは、聞くのはオレじゃなくて本人同士だろ」
そうだ、だけど、怖い。紫桃くんの気持ちは分かるけど、周りが怖いんだ。
「私、紫桃くんのものにはなりたくない! 私、紺野はんみたいな人と一緒に居たい!」
それは無理だ……と彼は言った。オレはそんなに良い人じゃないから、それでも! と言ったら、こう言われた。
「白見さんは、間違ってるよ。でも、その間違いは、オレにもある」
オレはね……、紺野はんが近付いて来た。
*
好きだって、言える奴が好きだ。
誰かが勇気を出して言って、それに答えて、日々は彩られて行く。
私は絶対、その中に入ることが出来ないけれど。入りたいって思ってしまう。
私はずっと考えて来た。
夏祭り、楽しくなるのかなって。そこにはやっぱり、紫桃くんはいないけど、それでもどうにか楽しんで、嫌な事を忘れる。
だから、あの日の翌日以降から続いている噂も、私は聞かないでいた。何も気付かずに、ずっと、日々をそっと、その思いだけで過ごして来た。
「紺野はん、それはどういう」
「意味なんてないよ、ただその言葉通り、あいつらみたいなもんだろ、これも」
彼はまたあっけらかんと言って、はぐらかした。
「紺野はん」
「ん?」
「イラスト部の皆と紫桃くんは会ったことがある?」
「ないよ、会わせたこともない。皆も会いたくないだろうしね、人にされて嫌なことはしない主義で」
「でも、今した」
「してないよ、白見さんがそういう風に仕組んだからでしょ」
反撃しようとしたら、ガラッと閉じてあった扉がまた開いた。アカネちゃん?
「なーに、話してんの? 紺野はん」
スズユちゃんだ! がっかりしなかったのが不思議だ。
「スズユちゃん!」
思いっきり言っていた。
「スズユちゃんね……」
「どう? この機会に紺野はんも『白見さん』をみずほちゃんとかにしてみない?」
「いや、それは」
「困るの~?」
「困らないけど、みずほちゃんはないなっていう話でね」
「じゃあ、何だったら良いの~?」
「えっと……」
困るの、初めて見た。
いつも、こんな感じなんだろうな……あの部活……。
心が温かくなるくらいに、そう思った。




