雨の下駄箱
文化祭の時から体調の悪かったアカネちゃんが今日、やっと学校にやって来た。曇天だった朝の天気から私の心はすぐに晴れやかになった。昼休みも放課後も良かったと思って、ついつい、いつもの空き教室で長話をしていたら、あっという間に放課後も終わりという時間になっていて、急いでアカネちゃんがいなかった間借りていた本を返しに図書室に向かった。無事に返し終えて、ほっとしながら一人、廊下を歩いていたら、雨がぽつぽつ、パラパラ、ザーザーと変化しながら降って来た。これは早く帰ろう! そう思って少し早足になりながら、下駄箱に向かった。
*
下駄箱に着くと、折りたたみ傘なんて持ってないという風に立っている紺野はんが一人いた。
「傘、忘れたの? 入って行く?」
そんな私の言葉に彼は笑ってくれた。
「ありがとう」
とても明るいお日様みたいな笑顔だった。
*
雨か……。それを見るだけで憂鬱になるものもあまりない。
もし、白見がここに居たなら、折りたたみ傘を持っていそうな気がした。このまま待てば止むだろうか。そんなことを考えていた時だ。
「あれ? しとー、何やってんの?」
「紺野?」
ふいに出て来た紺野の後ろに白見がいた。
「何で」
「ああ、白見さんの傘に入れてもらって帰ろうと思って。帰り道、紫桃より同じ方向だし。良いよね? 白見さん」
はい、と言ったかもしれない。けれど、俺には聞こえなかった。
「何でだよ」
「だって、雨降ってるから」
「自分の傘は?」
「ない」
きっぱりと言う男だ。
「しとーも傘ないの?」
「え、そうだけど」
「じゃあ、私の傘に入る?」
振り向いて言った奴を確認した。隣のクラスの女子だ。
「今まで手伝ってもらってたし、そのお礼。しとーってあそこの家でしょ」
その女子とは何もない。ただ、今日帰ろうとしていたら、一人教室に残って文化祭やら体育祭の片付けをしていた。それがかわいそうになって手伝っただけだ。純粋な気持ちだったけれど、こうなるなら、やらない方が良かったかもしれない。
どんな顔になっているか、白見を見ようとしたけれど、その前に紺野が目に入った。
あいつは喋らなかったけれど、その目だけで分かった。
この状況をどうにかしろ、とても残酷だ。
彼女は白見について何か言う様子もなく、ただ俺と帰りたがっていた。
だから、俺が選択すべき事は一つしかなかった。
何と言って、彼女の傘に入ったのか覚えていない。
用意周到だとか、置き傘? だとか、持って帰るの忘れてただけか……とか、そんなくだらない話をしながら、俺は白見の前から離れた。
後はあいつが上手くやるだろう。こちらの方が残酷だ。
*
雨はまだ降っている。それはそうだ。こんなにひどくなったら止むのは明日の朝くらいだろう。
辛い、紫桃くんが行ってしまった。
また二人きり。
泣きはしなかったけれど、それまでの声とは打って変わって、この天気に似合うような声が思わず出た。
「きれいな子だったな……」
「そうだね」
それしか彼は言わなかったけれど、とても悲しくなった。
隣の温もりには頼れない。
けれど。
「その傘貸して、オレの方が背高いしね」
そう言って紺野はんは私の持っていた水色の折りたたみ傘を手に取って、開く。
「白見さん、行こう」
差し伸べた手で私をそこから連れ出してくれた。




