彼がしていた事
知っている。どうして彼がこんなに遅れたのか。彼は私の勝手に喋る話をずっと聞いててくれた。何も言わずに。ネタバレだってしたのに、何も言わない。
ずっと『紺野はん』のことばかり、口に出していたのに。それにはさすがに気付いたみたいだったけど。
彼は何事もなかったように言う。
けれど、私は知っている。彼はこの空き教室に久しぶりにやって来た。
九月中旬。そんなに遅くなってしまったのには理由がある。
あの雨の日のカノジョを彼は何とかしようとしていた。
それで遅れたんだよね? なんて、もう言えない。
だって、私は『紺野はん』を選んでしまったから。
彼がどんなに頑張っているのかを私は知っている。
けれど、応えることはもうできない。
彼は知らない。その事を。
今日も聞こえて来る。
『やだー、やっぱり付き合ってるんじゃん! あの二人』
『ほら、あの子だよ……そう、良くない子』
『しとーってまた付き合ったの? こりないね』
『好きな人ってさ、近くにいるもんだよね』
あははははー! なんて明るい笑い声だろう。
好きな人と近くで笑い合う。そんな簡単なことが私には出来ない。
今日もまた、私は本を読む。
誰かを待ってはいないけど、好きな人がやって来たら、やっぱり心は踊る。
好きな人に微笑みかけられたら、それだけで嬉しくなって、温かくなって、好きだって思えて来る。
けれど、もう彼にはそういう気持ちをしてはいけない。けれど、してしまう自分が居るんだ。
どうしたって、この『好き』という気持ちは何ともできなくて。
悲しさだけが募る。
紫桃くん、私は良くない子ですか? 私は嫌われるべき人間ですか? ただ、素直に自分の気持ちを表せられなくて、逃げたらこうなってしまった人間にはもう、どうすることも出来ない現実しかありませんか? 私には分かっていたんです。きっと、あなたが私を選んでしまったら、あなたの高校生活は終わってしまう。でも、あなたは言うでしょう。
もう少ししかないんだから、良い。って――。
私にはそれが辛いです。
紺野はんを選んだのは間違っていません。彼は上手くやって行ける人だから。
彼はそんなに敵を作りません。彼は私にいろんな気持ちを教えてくれます。
好きだとか、ふわんふわんした気持ち。彼が『恋』ならば、あなたに対して思うこの気持ちは『愛』です。
愛は深すぎるとダメになってしまうんですね。私は愛よりも恋を知りたいのです。あなたは恋も知っていて、愛も知っている。そう思えるのは、あなたに出会ったからです。ただ、日頃、あなたという存在を見、触り、味わうだけが全てではないのです。あなたに最初に会った時、私は思いました。あなたは恋愛には興味がないと。でも、違いました。あなたはちゃんと『愛』を知っていました。
私にもその気持ちがあったことを、あなたはちゃんと教えてくれました。
私は知っています。あなたが頑張っていることを。忘れないでほしいです。あなたがちゃんとやって来た事を、無駄ではないことを。
ただ、私が応えられなかっただけなのです。私は、ちゃんと知っています。努力は無駄ではありません。ただ、他人に対してだけは無駄なのです。
ちゃんと気付いてくれる人に出会えて嬉しかったです。ちゃんと話を聞いてくれる人に出会えて、良かったです。あなたはきっと、努力賞よりもずっと上の人命救助並みの栄誉を与えられることでしょう。
それくらいあなたは私にとって大切な人です。
この思いが伝わることがないくらい知っている。そんなバカにはなれないから、私は黙って待っているんだ。いつか来る日のことを。




