二匹の魔獣と妖艶な微笑み
立方体の魔法障壁に閉じ込められたセリナは、威嚇するように唸る魔獣と対峙していた。
黒の毛皮の持つガーデングラックは、一直線でセリナに突進する。セリナは身を翻してその突進を躱す。
しかし、ガーデングラックは四本の足で急ブレーキをかけて方向転換すると、再度セリナに向けて攻撃を繰り出す。
「≪凍柱連≫」
セリナが魔法陣を展開すると、床から無数の氷柱が出現する。それはガーデングラックの行き場を奪うかのように、囲んでいく。
しかし、完全に囲まれる前に見た目とは想像もつかないほどの俊敏さで、≪凍柱連≫から逃れた。
速い。
セリナはそう思わずにはいられなかった。
「≪凍雪粒≫」
上空に魔法陣を出現させると、雪が降り注いだ。それは二匹のガーデングラックに触れると、あらゆるところが凍っていく。
どれだけ動きが機敏でも、ここは魔法障壁で作られた立方体の空間。逃げ場は限られる。
これぐらいの広さなら、目一杯範囲を広げることができる。
ガーデングラックの全身が氷漬けになった、次の瞬間ーー
「グルガアアアアァァァァッッッッ!!!!」
黒のガーデングラックが咆哮を上げ、ビキビキっと音を立てて氷にヒビが入る。≪凍雪粒≫から抜け出したのだ。
「なんて馬鹿力!」
セリナは思わずそう叫んだ。
黒のガーデングラックは筋力、俊敏性に極めて長けている。だがそれだけだ。単調な突進しかしてこないのがその証拠である。
しかも、魔法陣を破壊しない限り≪凍雪粒≫による攻撃は終わらない。たとえ効かなくとも、足止めさえできれば二匹を倒せるほどの広範囲魔法の魔法術式を組み上げることができる。
「でも、あの白い魔獣は……」
セリナは白のガーデングラックに目を向ける。
その魔獣も≪凍雪粒≫から逃れていた。その魔獣からは白い煙が立ち昇っていた。
「あれは……湯気?」
白のガーデングラックは、大きな口を開く。
そこに魔力が集約していきそれを放つと、≪凍雪粒≫の魔法陣が破壊された。
「熱っ!」
セリナが距離を取るように飛び退いた。
あの魔獣が放ったのは、熱の篭った光線だ。降り続いていた雪の結晶は、形を保てなくなり蒸発していった。
ガーデングラックは、熱光線をセリナに向けて放つ。セリナは魔法障壁で熱光線を防ぐ。
そこである異変に気がついた。
魔法障壁が溶けているのだ。魔法障壁すらも溶かす熱光線。少しでも触れれば致命傷になりかねない。
そう判断したセリナは、魔法障壁に反魔法を上乗せする。反魔法を重ねがけしたことで、熱光線を防ぐことができた。
一息つきたいところだが、黒のガーデングラックが、右前足を大きく上げて、それを下ろした。
咄嗟に氷壁を出現させて防御を試みるも、ビキビキと大きな音を立てて、崩壊する。
セリナは後ろに飛ぶことで直撃を防いだ。だが、そこを中心として衝撃波が発生し、セリナもそれに巻き込まれる。
「ぐっ……!」
セリナは受け身を取りつつも、地面に叩きつけられ苦悶の表情を浮かべた。
「ハァッ……ハァッ……」
息を荒くしながらも、セリナはゆるりと立ち上がって二匹の魔獣を見上げていた。
「≪氷結世界≫!!」
世界が真っ白に染まっていく。魔法障壁すら凍りつき、ガーデングラックを凍てつくさんと足元から氷壁が覆っていった。
黒の方は両足を高く上げて、地面を踏み鳴らす。白の方は口を大きく広げて、一発目よりもさらに熱い光線を放った。
≪氷結世界≫は、迫り来る衝撃波と灼熱に押し負け、セリナの身体を軽々と吹き飛ばした。
「ガハッ……!!」
魔法障壁に叩きつけられ、呼吸が止まる。
必死に息を吸うが、上手く呼吸できない。そのせいで立つこともままならない。
それでもゆっくりと息を整える。呼吸は正常を取り戻して、身体を叩き起こした。
「助けなくてもいいのか?あのままじゃ魔獣に喰われちまうぜ?」
白フードは不気味な笑みを見せる。
セリナとシヴァがそれぞれ戦いを繰り広げている中、俺と白フードは向かい合っていた。
「セリナ」
≪魔力経由通信≫で問いかける。
セリナの身体は既にボロボロだ。
「平気。こんなところで助けを呼ぶんだったら、そもそも最初からこんなところにも来ていないから。信頼。してくれてるんでしょ。だったらわたしに任せて」
魔法越しだが、セリナの言葉からは強い意志が感じ取れる。本人がそういうのなら、俺からはこれ以上は何も言えまい。
「元よりそのつもりだ。任せたぞ」
≪魔力経由通信≫が切れる。
「助けないのか?仲間を見捨てるとはな」
「見捨てる?見捨てる程度の関係なら、それは仲間とは言えんだろう。それに信頼していろとあいつは言った。だから俺も、セリナを信じる。だから俺は手を出さん」
俺は強く言い切った。
左腕が折れた。尋常ではないほどの痛みがその証拠だ。
セリナは≪治癒≫を使う。回復魔法は誰しもが使える魔法ではない。だが、魔法祭以降、自分も応急処置ぐらいならと思い、俺に教えを乞うたのだ。簡単な回復魔法ならセリナも使うことができる。
少し痛みは和らいだが、左腕は使い物にはならない。だが、自分でも驚くほどに落ちついていた。
頭はクリアで、目の前にいる魔獣をどうしたら仕留められるかだけを考えることができる。
「信頼している……そう言ってもらっただけなのにね」
力が溢れる。気分が高揚する。今ならなんでもできそうなくらいだ。そう言ってもらったからこそ、その期待に応えなければいけない。
状況を整理する。
一匹は≪氷結世界≫すら吹き飛ばすほどの筋力と、≪凍柱連≫を躱す俊敏性を持つ魔獣。
もう一匹は、≪凍雪粒≫を溶かす熱を帯びており、熱光線を放つ魔獣。
二対一。ましてや相性最悪。勝ち目はゼロに等しい。
にも関わらず、セリナは妖艶な笑みを見せた。二匹のガーデングラックも、身体を震わせて臨戦態勢をとる。
突如として、セリナから冷気が放たれた。
魔法は使っていない。二匹の分厚い毛皮が微かに凍って、氷柱を作る。
白のガーデングラックは、熱気を放ちそれを無効化する。
セリナは駆けた。一歩足を踏み込むたびに、左腕に激痛が走る。しかしそれに構うことなく、前を向いて走った。
黒のガーデングラックも、雄叫びを上げて突進してくる。
「≪凍矢≫」
幾つもの氷の矢が放たれる。
黒のガーデングラックは立ち止まって、咆哮を放つ。≪凍矢≫は瞬く間に破壊された。
だが、動きを一瞬止めてしまったことで隙ができた。その一瞬を、セリナは逃さない。
ガーデングラックは、セリナを見失った。キョロキョロと周りを見渡す。
「ここよ」
声がする方向に、ガーデングラックは顔を向ける。セリナがいるのは魔獣の懐だ。
「≪凍柱連≫」
無数の氷柱がガーデングラックの腹を貫く。
ガーデングラックが、光の粒子となって消滅した。
セリナはもう一匹のガーデングラックに目を向ける。その魔力、雰囲気。その全てにガーデングラックは生き物としての本能、第六感ともいうべきものが働いた。
この女は危険だとーー
殺さなければと、ガーデングラックは口を大きく開き、魔力を集約する。
セリナは立ち止まり、魔法陣を展開する。
それは桁違いの魔力だ。熱気と冷気。それぞれが混じり合う。
ガーデングラックは熱光線を放った。
これまでとは比べものにならないほどの熱量を持って。
「≪絶対零度≫」
セリナが発する。
セリナを中心として、猛烈な吹雪が発生した。
熱光線は凍って、崩壊した。
それどころか、熱を帯びていたガーデングラックすらも、≪絶対零度≫は呑み込んでいく。
氷漬けにされながら、ガーデングラックはセリナを見下ろした。
震えが止まらず、怯えた目で。
その視界に映るセリナは、まるで魔女のようだった。
セリナが指を鳴らすと、ビキビキとヒビが入っていき、ガーデングラックは粉々に砕け散った。




