剣術を教えてくれた人
そこは大きなエントランスのようだった。
漆黒の大階段が目を引き、街灯が申し訳程度にこの場を照らしている。それを差し引いたとしても、目が慣れるのには時間がかかる。
周辺にはいくつもの小部屋があり、地下へと繋がる階段もあった。初見でここに来ようものならば、間違いなく迷子になってしまうだろう。
「俺が生きていたときとはまるで違う。まるでダンジョンみたいな気味悪さだね」
シヴァがボソッと呟いた。
白フードが勝手に改造したのだろう。
カリュエヴァマの魔法結界がフェルメイトの守護者とするならば、魔城ゼルレタはシンベルファルスのそれに当たる。
しかし、本来は魔王とその幹部、各国の名高い位の者たちが会合するのに使われる。だが、その会合のために使われるはずの長テーブルや椅子などが一切見当たらず、周辺を見渡しても必要最低限のものしか置かれていない。
まぁ、俺たちが目指すべき場所は決まっている。漆黒の大階段を登り、上の階へ。
次第に街灯の数は減っていき薄暗くなっていく。それと同時に薄気味悪さも比例して増していった。
「コホッ……コホッコホッ」
急にセリナが咳き込んだ。
「大丈夫か?」
「大丈夫……とは言えないかな……目眩もするし……コホッ……」
先ほどまでは普段と変わりない様子だったのだが、今のセリナの顔色はあまり優れず、青白くなっていた。
ゼルレタに足を踏み入れて以降、セリナの口数が減っていたのを思い出す。
≪創始の聖眼≫で、セリナの魔力とゼルレタに漂う魔力の流れを見る。
目的地に向かうにつれて、魔気がどんどん濃くなっているのだ。ゼルレタがシンベルファルスの魔力を取り込んでいっているためだろう。
魔界に訪れる前にセリナには魔力を与えたが、それでも耐えきれないほどに魔気が濃密になっている。
セリナに魔力をさらに与える。
次第に魔力も安定し、落ち着いた様子を取り戻した。
「こんなものでどうだ?」
「ありがとう。助かった」
「無茶はするな。辛くなったらいつでも言え。魔力ならいくらでも貸してやる」
俺はチラッとシヴァに視線を送る。
シヴァの魔力は安定している。それどころか、先ほどよりも増幅した魔力を、その身に宿していたのだ。
魔王の息子とはいえ、シヴァは幼くして死んでいる。
当然、稽古は積んでいたのだろうが、こうした命のやりとりというのはやってこなかったのだろう。だが、転生してからは魔法祭や、魔界の兵士たちと一線交えることで、今まで培ってこなかった経験を一滴も残すことなく吸収していったのだ。
魔界という環境も相まって、結果としてシヴァは今まで以上の力を手に入れたということだ。
「魔力が充実しているな」
「今なら、ノヴェンレビィアの限界のその先の力を引き出せそうだよ。あとはーー」
鞘からノヴェンレビィアを抜いて、見つめる。
「あぁ、どんなときだろうと己の感情をコントロールできるだけの精神力を身につけることができればノヴェンレビィアを完璧に操ることができるはずだ」
精神力。その者の心の強さ。
そればかりは稽古では鍛えることはできない。実戦でそれをものにしていくしかないのだ。
セリナの容体も安定してきたことだし、俺たちは再び目的地ーー王座の間へと向かい歩き出していく。
特に兵士たちが潜んでいる様子はない。
王座の間に近づくにつれて、そこに足を踏み入れることができる魔族の数は限られていく。ただの兵士では、この場に訪れることすら許されない。とは言え、護衛の一人や二人くらい置いておいても良いとは思うが。
やがて、一つの大きな扉の前に立つ。
飾り気のない黒い扉だ。その上には辺りを照らす程度の街灯しかない。しかし、そこから溢れ出す邪悪な魔力。
俺はシヴァとセリナに目をやる。
二人は力強く頷いた。
俺は黒い扉に手をかけて、ゆっくりと開ける。
シヴァはノヴェンレビィアを抜き、セリナはいつでも魔法陣を展開できるよう、それぞれ戦闘態勢をとった。
王座の間。魔王と限られたものしか入ることのできないその部屋に、奴はいた。
「遅かったな。≪剣聖≫」
玉座に足を組みながら座る男ーー白フードは挑発するように、言った。
「あの程度の戦力で人界を落とせると思っていたのなら、随分と舐められたものだな」
そう言う俺を見て、白フードは鼻を鳴らす。
「そこにいる足手纏いの世話係をしていて楽しいか?そんな奴らの力を借りるとは、≪剣聖≫も堕ちたものだな」
シヴァやセリナ、人界で待機している一つ星たちのことを言っているのだろう。
「足手纏い?随分と面白いことを言うな。俺は彼らを信頼している。もし本気で足手纏いと言うのであれば、それはお前の見る目がないだけだ。偽物の魔王」
「俺はずっと見ていたぞ。愚かな人間共がお前を愚弄している光景を。人間と魔族の戦争を終結させた英雄。讃えられるのが当然にも関わらず、罵詈雑言を浴びせられる。こんな人間共を救う必要がどこにある?」
何かしらの魔法で、こちらを見ていたのか。
「なるほど。やはりお前が人間と魔族、二種族の記憶を書き換えたのだな」
「あぁ。争いが終わり、平和な日々が続いていると思い込んでいたお前に、絶望を味合わせてやろうと思ってな。人間と魔族の争いが続いているどころか、貴族と平民。人間同士の差別問題すら起こっている。それを見てどう思った?なんでこんな奴らのために、命を投げ捨てたのだ?と思わなかったか?」
「それもこれも全て、俺への復讐だろう?」
「人間など愚かな下等生物。滅んでしまった方が良い。俺の大切なものを全て奪い、のほほんと生きているお前たちを見たら、虫唾が走って仕方がない」
白フードは右手をかざして、魔法陣を展開する。≪召喚≫の魔法だ。そこからニ匹の巨大な猛獣が出現した。
色はそれぞれ白、黒と分かれており、全身は毛で覆われている。青い瞳の鋭い眼は、俺たちを警戒するかのように、睨みつけてきた。
「魔界に暮らす魔獣の中で、頂点に君臨するいわば魔獣の王、名はガーデングラック。一度敵とみなしたものは、自分が滅ぶか敵を食い散らかすまで永遠と戦い続ける。まぁ、存分に戯れてくれ」
白フードは魔法障壁で創ったであろう立方体を創り出す。そしてガーデングラックニ匹と、セリナをその空間に閉じ込めた。
セリナが魔法障壁を叩き、何かを言っているようだが何も聞こえない。
「これはどちらかが死ぬまで破壊することができないよう、術式を複雑に組み込んだものだ。カリュエヴァマでもそう簡単に破壊することはできない」
コツコツと奥の部屋から足音が聞こえ、その姿が露わになる。
すらっとした体型だが、普段から鍛えられていると分かるほどの肉体の持ち主だ。漆黒の髪に同じ色の瞳。ただし、その瞳は色を持っておらず魔法陣が浮かび上がっている。
ベイラムやバルドに施されていたものと同じ、命令魔法だ。
「リーズ……」
シヴァは信じられないと言った様子で、言葉を漏らした。
「そう。魔王十傑雄第一位、リーズガレット・バニッカ。今は俺の優秀な右腕だ」
白フードは得意げに言うが、リーズガレットは表情一つ変えることはない。
一戦を交えただけだが、よく覚えている。
剣だけでなく、さまざまな武器を変幻自在に使いこなすやつだった。そんな奴すらも手駒にしているとはな。
「魔王様。なんなりとご命令を」
膝を突くその姿は、忠誠を誓っているようだった。
「奴らを殺せ。手段は問わん」
「仰せのままに」
リーズガレットは立ち上がって、魔法陣を出現させると異様な形をした剣を取り出した。
「魔奪剣リュニエ。あれで斬られたものは、魔法だろうと魔力を奪われるよ」
警戒するように、シヴァはノヴェンレビィアを握りしめる。
「リーズ。昔、剣術を教えてくれたのを覚えてる?俺はとても楽しかったよ」
「記憶にございませんね。貴方の顔も、その記憶も。わたしは魔王様のために剣を振るう、兵器です。そんな記憶も感情も持ち合わせておりません」
「俺が知ってるリーズは厳しくて、とても優しい人だった。剣術の基礎もできていない俺に、一つ一つ丁寧に教えてくれた人だ。お前はリーズなんかじゃない」
シヴァは一つ、息を吐いた。
「アムル。横槍を入れるのは……」
「入れるつもりはない。思う存分やるといい」
「そう言ってもらえて助かるよ」
シヴァはいつも通りの爽やかな笑みを見せたあと、リーズガレットに向かい合う。
そして、地面を蹴った。
アムルと白フードは見学という絵になっていますね
明日の12時か13時に投稿予定です!




