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約束

 迫り来る兵士たちを打ち払っていく。

 しかし、それ以上の兵士たちがこの場に流れ込んできて埒が明かない。周辺は商店エリア、少し離れたところには住宅エリアがある。下手に広範囲魔法を放てば、被害は計り知れん。


「わたしに任せて」


 セリナが一歩前に出て、上空に魔法陣を展開する。


「≪凍雪粒(タルミーナ)≫」


 魔法陣から現れたのは、結晶の形が保たれた新雪のようなものが降り出した。兵士たちはそれをうざったらしく思い、手で振り払う。


「な……があぁぁっっ!!」


 ≪凍雪粒(タルミーナ)≫に触れた兵士たちはたちまちこの場で凍りつき、身動きが取れなくなってしまった。どうやら生物の体温に反応して起動する魔法らしい。


「アムルやシヴァくん、戦争に関係ない魔族には被害が出ないように調整してあるから」


 白い息を吐きながら、セリナは言った。


「≪凍雪粒(タルミーナ)≫はどの範囲まで広げられる?」


「半径一キロ……いえ、二キロならなんとか。でもそれ以上は魔力も持たないし、制御も効かない」


「それだけあれば十分だ」


 ≪創始の聖眼≫でシンベルファルスにいる人間と魔族全ての兵士の位置を把握する。魔城ゼルレタからは兵士たちの魔力が多数。

 他にもそれぞれ散り散りに火花を散らしている。今この場で、最も優先すべき場所はーー


 そこで俺は複数の小さな魔力を感じた。

 その魔力ともう一つ。おそらく人間の兵士であろう魔力。その複数の魔力は、俺が知っている者たちのものだ。


「シヴァ、セリナ。ここから南東方向、二キロほど離れた地点で兵士たちが戦っている。現時点で最も密集している場所だ。セリナは≪凍雪粒(タルミーナ)≫で彼らの動きを封じろ。シヴァはセリナの護衛。周辺の兵士たちの動きが止まり次第、魔城ゼルレタに向かってくれ。その道中にも兵士たちはいるだろうが、お前たちなら問題ないだろう」


「アムルは?」


「少し行かなければいけないところができた。もし何かあれば≪魔力経由通信(ロズア)≫で連絡してくれ。可能な限りすぐに向かう。それとセリナ。魔族の兵士だけでなく、人間の兵士たちにもその魔法を起動するように調整してくれ」


 二人にそう言い残して、俺は≪飛翔(フレノア)≫を使う。シンベルファルスに訪れてから兵士以外の魔族たちの姿は見ていない。おそらく既に安全なところに避難しているのだろう。


「ちぃっ。まだ頭がクラクラしやがる……」


 そう言葉を漏らしたのは、人間の兵士だ。右手には剣が握られており、頭痛に耐えるように左手を押さえていた。俺が発した言葉の影響だろう。一応、シンベルファルスに侵入した人間の兵士全員に飛ばしたはずだが、それでも立っていられるということは、並の兵士よりも魔法耐性があるか、あの場とは少し離れた場所にいたということだ。


 その男の視界の先には、恐怖で震える子供たちを庇うようにする老人と、さらに前を塞いでこれ以上先に進ませまいと言わんばかりに両手を広げる、赤毛の少女ーーミレがいた。


「こ、これ以上……来ないでください……!」


「うるっせぇな。お前ら魔族のせいで……魔導師だった俺の両親は死んだんだよ!」


 頭痛に耐えながら、男は叫ぶ。


「俺は誓ったんだよ……。両親を殺したお前ら魔族に復讐するってな!子供だろうがジジィだろうが関係ねぇ!」


「儂はいい……だが、この子たちだけは逃してやってくれ……頼む……」


 老人は必死に懇願する。


「ダメだよ!早く一緒に逃げよう!」


 子供たちは涙目になりながらも、老人の服を引っ張る。

 靴を鳴らしながら、鬼のような形相を浮かべてミレの元に向かう。そして、ミレの目の前で立ち止まった。今にも泣きそうだが、それでも譲らないと言わんばかりに、必死に両手を広げている。


「ムカつくガキだなぁ。頭は割れそうなぐらいに痛ぇしよ」


 兵士はミレの胸ぐらを乱暴に掴み、持ち上げる。ミレも必死に抵抗するが、日頃から鍛錬している兵士たちにとっては造作もない。

 剣先を向けられ、ミレは恐怖で動けなくなる。


「ミレちゃんっ!頼む!もうやめてくれ!」


 老人が必死に叫ぶが、聞く耳を持たない。子供たちは悲鳴を上げ目を逸らす。兵士はミレに剣を突き刺そうとした。ミレはギュッと目を瞑っていた。


「……はぁ?」


 兵士が素っ頓狂な声をあげる。それを聞いたミレもうっすら目を開けた。自分に突き刺されるはずだった剣が、粉々に砕け散っているのだ。  


 ミレの視界には一人の男が映っていた。

 見たこともない顔。純白の服装。魔力も明らかに魔族のものではない。人間だと、ミレはすぐに分かった。でも何故か、どうしようもないくらいの安心感だけが、ミレの心にはあった。


 瞬間、ミレから息苦しさが消えた。

 兵士に胸ぐらを掴まれていたにも関わらず、純白の服の男に抱き抱えられていたのだ。

 

「大丈夫か?ミレ」


 俺は優しく言った。


「お兄ちゃんっ……!」


 声を聞いて、俺が誰だかわかったのだろう。

ミレの頬を伝う涙を拭ってやり、老人の近くに降ろす。


「テメェはっ!あのときの……!」


 砕かれた剣を投げ捨てて、拳を振りあげる。

 それを避けることもなく、掌で受け止めた。強く握りしめられ、兵士は動くことができない。


「この……≪剣聖≫と呼ばれておきながら、魔族の味方をすると言うのか!!」


 そう捉えられてもおかしくない。人間が魔族を守るなどと、改変された歴史でも本当の歴史でも、そんなことはなかっただろう。

 俺が今言える言葉はーー


「恨むなら魔族ではなく、俺を恨め」


 鳩尾に一撃。

 兵士は一瞬にして白目を剥き、倒れた。


 俺はミレたちの元へと向かう。

 子供たちは、誰?と言いたげな目を向けて首を傾げているが、老人には分かったようだ。


「何故まだここにいる?他の魔族たちは、もう避難を済ませているようだが?」


「あ、あぁ。また最近、腰が悪くなっての。そんなことよりもお前さん……あの手品師か?それに≪剣聖≫って……?」


「あぁ。俺は魔族じゃない。俺は人間だ。≪剣聖≫と呼ばれている。あのときここを訪れたのは、ある用があったからだ。お前たちを騙してしまってすまない」


「なんで謝るんじゃ。むしろお前さんには感謝しておる。ミレちゃんの目を治し、今こうして儂らを救ってくれた」


 老人は首を横に振って、否定する。


「俺がここにいるのは、何も戦争をしにきたんじゃない。この戦争を、三百年前から続くこの争いに終止符を打ちにきた。俺の信頼できる仲間が、一緒に戦争を止めようと頑張っている。だからもう安心してくれ」


「……ほんとう?」


 そう尋ねてきたのは、一人の少年だ。

 まだ恐怖からか震えている。それは他の子供たちも同様だ。


「あぁ、もしこの戦争が終わったら、もう一度お前たちの目の前で手品を披露しよう。まだ見せていない手品が沢山あるからな。≪剣聖≫の名に誓って、約束しよう」


 俺は優しく微笑んだ。

 これで彼らの不安の全てを取り除けたわけではない。今はほんの少し取り除けられたのならば、それでいい。


「ミレ。目をよく凝らしてみろ」


 俺に言われるがまま、ミレは目を凝らす。


「これって……」


「俺の魔力が、一時的にミレの目に宿ったんだ」


 以前ミレと、指切りをしたときに魔力を送っておいた。おそらく今のミレは、まるで空を飛んでいるかのような、景色が俯瞰的に見えているはずだ。

 加えて全員に魔法障壁を張り巡らせ、腰が悪いと言っていた老人に、≪治癒(エリエル)≫をかけてやる。


「ミレ。一筋の光が見えるか?それが最短で安全なルートだ。そこをただ走っていけば、避難所まで辿り着ける」


「でも、あの兵士さん……大丈夫?」


 ミレが指を向ける方向には、俺が気絶させた兵士がいた。


「心配してくれているんだな」


「あの兵士さん……泣いてたの……暗いところで一人、蹲って泣いていたの……可哀想だよ……」


 ミレには感情を『感覚』で読み取ることができる。それは目が見えるようになった今でも変わらない。自分を殺そうとしていた兵士に、慈悲の目を向けてやれるとは。今の人界の貴族たちよりよっぽど品がある。


「この長い争いが終われば、きっと前を向ける。だから俺はここにいる。ミレ。お前が今すべきことは……分かっているな?」


 ミレはコクリと頷いた。


「よし。行け」


 ミレと老人たちは走り出した。もうこれで、襲われることはないだろう。

 魔城ゼルレタには近づいている。だがやはり、それに伴って、兵士の数も増えてきている。もう数分もすれば、大勢の兵士たちが集まってくる。

 まぁ、丁度いい。全員ここで相手をしてやる。


 セリナとシヴァも上手くやっているようだ。数十分あれば、片をつけるだろう。


「おい!いたぞ!」


 一人の魔族の兵士が叫ぶ。ぞろぞろとこの場に集まってくる。

 気を失っている兵士に、魔法障壁を展開して安全な場所へと飛ばしてやった。


「かかってこい」


 迫り来る魔族の大群に、俺は不敵な笑みを見せた直後、彼らはばたりと倒れた。

何気にしれっとフラグ立てちゃってるんですよね

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