説得
≪転移≫で、フェルメイト宮殿から、ベイグズが破壊した城壁に移動する。瓦礫などは撤去されているが、復元させるとなるとかなりの時間を要することとなる。
俺は城壁に手を当てて、≪復元≫の魔法を使う。崩壊していた城壁が、みるみる復元し元通りとなった。
≪創始の聖眼≫で、遥か向こうにいると思われる魔界軍の方を見た。魔族の兵士たちが武装して、ゆっくりと進軍している。
白フードの言う通り、兵力は三万。一人一人の魔力は魔導師たちよりも強い。とはいえ、あれだけ魔力ならばいくら来ようとも問題はない。
問題なのは、五つの強大な魔力。おそらく魔王十傑雄だろう。
彼らはカンビレア山を超え、人界の森ーーリューア森林に足を踏み入れようとしていた。
前日に現れた魔王十傑雄は、俺をただの学生と思い込み、舐めてかかっていた。だが、あの場にいたレーベックを逃してしまったことで、情報は既に共有されているだろう。本気で俺を殺しにかかるだろう。
「アムル」
≪魔力経由通信≫が響く。セリナからではなく、シヴァからだ。
「国民の避難誘導は済んだか?」
「七、八割ぐらいはね。最初はみんな、アムルにいろんなこと言っていたけど、先生や魔法祭で戦った先輩がその場を収めてくれた」
突然の出来事に彼らだって動揺していたはずだろう。
「アムル。俺も行くよ」
魔法越しからではあるが、強い信念を感じた。
「それ以上、白フードの好き勝手にさせるわけにはいかない。魔王も……父さんもそう思って、俺に≪転生≫を使って、ノヴェンレビィアを託してくれたと思うから」
白フードによってバハルとシーナ、そして妹が攫われた。その時、何もできなかった無力感と自分への腹立たしさに身を焼きながら、シヴァは三百年待って、ようやくそのときが訪れたのだ。
「確かにアムルに比べたらまだまだだ力が足りていない。それでも行かなきゃいけないんだ。行かなきゃ俺は、今ここにいる意味がない。だから、頼む」
シヴァの魂の叫び。
それを聞いて、俺は言った。
「分かった。一緒に止めるぞ」
正直、俺一人では苦しいところがあった。それでも巻き込むまいと強がってはみたものの、やはりきつい。
実際、稽古をつけてからシヴァはみるみる力をつけている。さすがは魔王の息子と言ったところだろう。純粋な力勝負だけならば、シヴァはもう魔王十傑雄にも負けないだろうが、あとは経験の差だ。そればかりはどうしようもできないが、シヴァならばきっとなんとかしてみせるだろう。
「今から向かうよ」
そう言って、≪魔力経由通信≫が途絶えた。俺は上空に魔法陣を描く。俺とシヴァが兵士を逃してしまったときの保険だ。≪隠蔽≫で、それを隠す。
しばらくしてシヴァが現れた。
いや、シヴァだけではなかった。
「ーーなんで来た?」
俺はシヴァの他に訪れた人物たちに問いかける。
「助けに来たからよ。逆に聞くわ。なんで一人で行こうとしたの?兵士たちにも来るなって強く言ったそうじゃない」
青い瞳を真っ直ぐこちらに向けて、セリナが尋ねてくる。スピカやカジムたち一つ星の面々が、この場にいたのだ。
「これは、俺とあいつの戦争だ。関係ないお前たちを巻き込むわけにはいかない」
俺は忠告する。
だがーー
「巻き込みたくないって言って、本当はわたしたちは足手纏いだって言いたいんでしょ?」
「そうは言っていない」
「そう言っているのよ!!わたしたちを信用していないってこと!?少しぐらいわたしたちに寄りかかったって……」
セリナは一歩も引かず、こちらに歩み寄ってくる。本気で怒っているのだ。目をキッとさせて、俺を睨んでいる。
「信頼していないわけじゃない。血と悲鳴に溢れた戦場なんかに向かわせたくないだけだ」
戦争に出向いたその日の夜ーー
何人もの兵士や魔導師が悪夢にうなされていた。敵とはいえ、殺してしまったという事実。真っ赤に染まった手とその匂いは、見た目では消せても記憶には残り続ける。
そんな思いを彼らがしてしまうかもしれない。
「それに、戦地に出向くということは自分の命を失う可能性だってあるんだぞ」
俺も彼らをずっと庇っていられるわけではない。もしその間に彼らの身に何か起きればーー
「随分とみくびられたものね。≪剣聖≫さん」
そう口を開いたのはイジェルだ。
「≪剣聖≫からみたら、そりゃあ俺たちなんてちっぽけなんだろうけどよ」
カジムも続く。
≪剣聖≫という記憶は彼らにはない。敵国の長がそう言ったところで信じることなどできないはずだ。それでも、彼らはまるで俺が≪剣聖≫だったのだと、信じているように見えた。
「アムルくんの強さはわたしたちが一番知っているんだから、≪剣聖≫と呼ばれていたとか言われていたって不思議はないわ。それに、アムルくんがなんの理由もなく魔族に手をかけるわけがない」
例え記録や記憶になかったとしても、今まで共に過ごしてきた日々が、時間が彼らが信じる理由なのだ。
「確かにわたしたちは、三百年前のことを知らない。アムルが巻き込みたくないって理由もわかる」
セリナが息を吸う。
「でも今は、わたしたちが生きている。わたしたちの時代なの。過去の復讐だろうと、この時代で起きていることはわたしたちにだって関係あるの。≪剣聖≫が何?今のあなたは、魔法学院のアムル・シルフィルク。戦場に大事な友達が一人で行くのを黙って見過ごす友達がいるはずないでしょう。だから行くわ。貴方がどれだけ止めようとも」
まさか、≪剣聖≫と呼ばれていた俺がたった一人の女の子にこうして言われる日が来ようとはな。一つ星の生徒たちも強く頷く。
「分かった。ただしこれだけは守ってくれ。もし命の危険を感じたら迷わず逃げろ。こんなところで命を失うな。それが約束できるのなら」
俺は彼らに向けて、高らかに言う。
「俺と、≪剣聖≫と共に戦ってくれ。人界を守るために」
決して一人では行かせない。
それがセリナと一つ星の絆ーー




