放たれた破滅の大砲
生徒たちは教室を出て、廊下の窓から身を乗り出しそうな勢いで、魔法陣から浮かび上がる白フードを見上げていた。
「おい!なんだあいつ!急に出てきやがって……」
「それよりも気になること言っていなかったか!?確か、≪剣聖≫って……」
「ってことは、あそこにいるのは魔族なのか!?」
生徒たちは困惑の声を漏らす。
「ほとんどの人は初めましてだね。我は魔王、バハル・ヴァルベェノ。突然だが、今日をもって人界は消滅する。これはもう定まりし運命なのだ」
自己紹介と共に白フードから発せられた言葉に、彼らは戦慄した。
見下ろすと、既に魔導師隊が駆けつけており魔法陣を展開していた。そこには戦闘魔導師隊隊長、ダンテの姿もあった。昨日負った火傷のあとは綺麗さっぱりになくなっており、怪我の方は特に問題なさそうだった。
「総員!放て!」
ダンテの声と同時に放たれた無数の魔法が、白フードへと襲いかかる。それは白フードをすり抜けていき、上空へと消えていった。
「我は今魔界にいる。遠隔で魔法を飛ばしているのだ。だからいくら魔法を放ったって意味はない。無駄に魔力を消費するだけたわ。こうしてお前たちの絶望や恐怖に怯える表情も、悲痛な叫びも全て見えているし、聞こえているよ」
クスクスと楽しそうに話す白フード。
人界側からしてみれば、それはもうただの狂人にしか映らなかった。
「さて、手紙や我の言葉で既に気がついている者もいるだろうが、≪剣聖≫という存在を、お前たちは知っているか?」
そんな問いかけに、生徒たちは顔を見合わせた。
「知らないか。まぁ、知らないほうが正しい。というべきだろう。何故なら≪剣聖≫という存在を、奴自らの手によって消したのだから」
白フードのそう高らかに言った。
この場にいる者たちは、何を言っているのだろうと疑問そうな表情を浮かべていた。
「順を追って話そう。三百年も前の昔話だ。血と死体の腐敗臭、常に断末魔が響き渡り、重々しい魔気が漂う、醜い時代。今のように優しく、美しく、技術も魔法も発展していない時代だ。そのときから既に、人界と魔界は壮絶な戦争を繰り広げていた」
白フードの言葉と、記されていた記録との差異があると、その時点で彼らは気がついた。
「そこに、人界に一人の男がいたのだ。その男は≪剣聖≫と呼ばれており、人界を守護する者として神創剣カリュエヴァマを握りしめ、魔族を次々と皆殺しにしていった。そして奴は禁断の魔法を使い、寿命を延ばした。魔族を一人残さず殺すために」
「おい!何適当なこと言ってやがる!書物に伝えられてきた記録や、教えられた話とまったく違うじゃねぇか!」
そう声をあげたのは、一人の魔導師だ。
白フードは声をあげた魔導師を制止して、続けた。
「まぁ、最後まで話を聞け。そんな殺し合いが続く日々の中、≪剣聖≫は勝ち目がないことを悟った。そしてこの戦争を終わらせるべく、人間と魔族、二種族の記憶を改竄する大魔法を行使したのだ。お前たちが教えられたものは、≪剣聖≫の魔法による偽物の記憶なのだ」
ところどころ、白フードの作り話な点はあるが要点は合っている。だが、だからこそ気になる点も存在する。それは彼らも同様なようでーー
「もしその記憶が、≪剣聖≫の作った偽物の記憶だったとして、なんでお前は知ってんだよ!記憶を改竄する魔法を、みんなにかけたんだろう!」
白フードは首を縦に振り、肯定を示す。
「我も≪剣聖≫の魔法により、記憶が書き換えられた。なんの疑問もなく、下等な人間と接していたのだ。だが、我は目撃してしまったのだ。魔界のひとけの少ない森で無慈悲に、残虐に、魔族を手にかける血に塗れた≪剣聖≫の姿が」
完全なる作り話だ。
確かに魔族は殺していた。だが、それは少なくとも危害を加えていた、もしくは加えようとしていた魔族をだ。敵意のない魔族を殺したことは一度だってない。
「その姿を見て、我は全てを思い出した。≪剣聖≫は残虐非道な人間だと。人間は、愚かでくだらん生き物だということを」
白フードはグッと拳を握りしめる。
国民たちは非難の声を、白フードに向けた。
「だが、我は戦争などしたくなかった。殺し合いなどしたくなかった。それが魔界としての意思だった。それを人間は聞き入れようとはしなかった。その人間たちの前に立っていたのは、≪剣聖≫だ。奴は戦争で、魔族を滅ぼさんとしていた。我々の話を聞く耳すら持たず、武器を振り下ろし同胞が次々と殺されていった。その先の話はーーお前たちの想像通りだ」
白フードが一通り話し終えたときには、王都は静まりかえっていた。
自分たちの敵である魔族の王の話など信じるわけがない。信じられるわけがない。と彼らは思っていた。だが、どこかで白フードの話に心が動かされそうになっていた自分がいることに、遅れて気がついた。
人間が悪いのか、と彼らは徐々に思い始める。
「だが今日、それがやっと終わる」
しばらくの沈黙が続いたのち、白フードが再び口を開く。それと同時に、カンビレア山の方向から禍々しいほどの魔力と、輝きが放たれた。その光は遥か先にあるはずのフェルメイトにすら届いていて、彼らは目を細める。
「憎しみと怒りを込めた魔力を、我は毎日三百年込め続けた。その大魔法を、今からこのフェルメイトの地へと放つ。魔法結界でも、十秒持つかどうかだろう。そして、お前たち人間は滅ぶ。そして魔族だけの世界が完成するのだ」
白フードが発せられる冷たい言葉。
その魔力は今もなお上昇して、輝きはさらに増す。それは自分たちがもうじき死ぬのではないかと思われるのには十分なものだった。
「ふ……ふざけんな!」
「そうよ!わたしたちは関係ないじゃない!」
外にいる国民はたまらず声を上げる。
魔法学院にいる生徒たちは、声が出せない様子で震え、恐怖で泣き出す者もいた。
「そう。その顔が見たかったのだ。恨むのならば、我ではなく≪剣聖≫を恨め。≪剣聖≫のせいで、お前たちの穏やかな暮らしがこうして終わりを迎えたのだ。≪剣聖≫がいなければ、こんな恐怖に怯える必要もなかったのだ。≪剣聖≫が、≪剣聖≫が……」
国民の様子を嬉しげに見つめながら、白フードはさらなる追い討ちをかけた。
「剣……聖……おい……≪剣聖≫っ!ふざけんじゃねぇぞ!」
「お前のせいで、俺たちが死ぬ羽目になったんだぞ!なんとかしろよ!」
「いや……死にたくない……死にたくないよぉ……!!」
怒りの矛先が、白フードから俺へと向けられる。悲鳴と怒号がフェルメイトを包み込んだ。
「おい。聞こえているか≪剣聖≫。これはお前の招いたことなのだ」
白フードが俺に向けて話しかける。
俺はただ、奴をじっと見つめていた。
「さて、時間だ」
白フードが手をあげると、巨大な魔法陣が浮かび上がった。魔力は一点に集中され、充填は完了しているようにも見え、あとはそれを放つのみだ。
俺は隣にいるセリナをチラッと見た。
セリナは小さく震えていた。
「怖いか?」
セリナはこちらを向いて、言った。
「大丈夫。滅ぶとか言ったって、なんだかんだでアムルが助けてくれるんでしょ。だから、怖くなんてないわ」
セリナは笑った。
彼らの前に姿を見せて事実を話したならば、俺には罵詈雑言の言葉が飛び交うだろう。だが、そう言ってくれる少女もいる。今はそれだけで構わない。
「滅べ人間。≪無・虚滅≫
全てを飲み込み、無へと帰す大砲がフェルメイトに向けて放たれた。
魔法結界は破られ、直撃する。
誰もが死を覚悟したーー
「ーーあれ?」
誰しもが戸惑いの声をあげた。
死んだと思っていたのに手足のある。意識もしっかりしている。どういうことなのだろうと、状況が理解できない。
「おい!あれ!」
一人が上空に指をさす。全員がそこに注目した。
そこにいたのは一人の少年だ。魔法学院の制服を身に纏い、胸元には一つ星。右手には黄金の剣ーー神創剣カリュエヴァマが握られている。
「ようやく姿を見せたか。≪剣聖≫」
待っていたと言わんばかりに、白フードは鼻を鳴らした。
何を言われようと、剣聖は剣を振るう。
守るためにーー




