隠し事
予感を胸に抱えたまま、朝を迎えた。
俺はいつも通り、制服を身をつけて学院に向かおうと家のドアに手をかける。
「行ってくる」
「アムル。ちょっと待って」
食器を洗っていたお母さんが、エプロンで手を拭きながらこちらに駆け寄ってくる。どこか気になるところでもあったのだろうか。
「お母さんに隠していること。ない?」
お母さんは首を軽く傾げた。別に表情に出していたわけではないのだが、それも母親というものなのだろうか。俺は口をつむいでいた。いくら母親にでも言えないことはある。話したところで信じることなどできない話なのだから。
そんな俺の考えを見透かしているかのように、お母さんは吐息する。
「話せ。とは言わないわ。アムルにだって隠し事の一つや二つ、あるだろうから。それでもどうしようもないくらいに大きな悩み事は話して欲しいんだけどね」
優しく包み込むような優しい声と共に、お母さんは俺の制服を整える。襟を整えると「よし」と一言呟いて、
「いってらっしゃい」
笑顔でそう言った。もしかすると、最後に見ることができる母親の笑顔。俺はフッと笑みを見せて、言った。
「あぁ。行ってくる」
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
≪飛翔≫でフェルメイトへと向かっていた。崩壊した城壁の前には、数十人の魔導師が監視に当たっていた。
城壁前だけではない。数十人単位の大きなグループを作って、魔導士たちがフェルメイト中に配置されていたのだ。いつもよりピリピリとしていて重苦しい雰囲気が漂っていた。
普段ならこの時間から賑わっているはずの商店街が、今日はひとけが少なく静かだ。
昨日の一件があっただけに、相手はどこから攻めてくるか分からない。フェルメイトの守護者である魔法結界を突破する術を相手は持っているという、絶対的な事実がこの雰囲気を生み出しているのだ。
≪魔力感知≫の範囲を極限まで広げ、魔族の魔力を探る。特に魔族の魔力は見当たらない。少なくとも、今すぐに攻め込んでくるというのはあり得ないだろう。
≪魔力感知≫を解いて、俺は魔法学院へと向かった。
ドアを開き、机に向かうと椅子を引いて座る。
少し早く来すぎてしまったか。俺は頬杖を突いてボーッとしていた。
ー
ーー
ーーー
「ーームル。アムル」
声が耳に響く。何度も聞いたその声。
ゆっくりと目を開けると白髪の少女ーーセリナが隣に座っていた。どうやら眠っていたらしい。
反対側には既にシヴァもいた。いつも通りの爽やかな笑顔でこちらを見る。
俺は大きな欠伸をした。
そういえば、昨日はあまり眠れなかったからな。
「今日の王都。なんか人少なくなかった?いつもはすごい賑わいだったのに」
シヴァはセリナに尋ねる。王都で暮らしていない俺たちにとっては、騒がしさを感じる商店街を見るからこそ王都に来たと実感するのだ。
「国王からの緊急宣言。最低限の外出だけで、あとは自宅待機。学院は午前中だけだし、万が一何か起きたら学院待機。食料の備蓄もしてあるらしくて、しばらくはそれで耐え凌げるだろうって言っていたわ」
まぁ、王都で一番頑丈な建築物とあげろと言われると、魔法学院かフェルメイト宮殿に限られるからな。
それにしても、教室の空気が重い。
普段ならばチャイムが鳴る前は、友人同士で談笑を交わしていたのだが今となってはどうだろう。まるでお通夜状態だ。
対して一つ星の生徒はといえばーー
女子たちはキャッキャと楽しそうにはしゃいでいる。彼女たちの手首にはシンプルなブレスレットがそれぞれ付けられていた。それはセリナも付けている。
「昨日アムルが家に送ってくれたあと、少しだけ遊ぼうってみんなで買いに行ったの」
そう言って、身につけていたブレスレットを見せつけてくる。
対してカジムとゼノンは、向かい合い肘を机につけて、お互いの両手を握り合っていた。
「よーい……ドンッ!」
こんな声と共に、互いの腕に力が入る。二人とも既に顔が真っ赤だ。
「ぐ……」
「ぬおぅああぁぁぁ……」
「ぴぎぎぎいいぃぃぃっ!!」
「ばぎゃぎゃははっ!!」
途中で訳の分からない声を発しつつも、二人は互角の勝負を繰り広げていた。そして、決着はついた。
カジムの手が、机についていたのだ。
「ハァ……ハァ……」
「俺の勝ちだ……これで二十三勝二十三敗。同点だ……」
「何言ってんだよ?俺が二十四勝二十一敗だ。今日は負けたが、まだ俺が勝ち越しているぞ……」
「お前こそ何言ってんだよ。これで同点だって言ってんだろうが……」
カジムとゼノンは、腕相撲の勝敗数で言い争いをしていた。それでもだんまりしているよりはよっぽどいい。一つ星の元気印が静かでは、こちらの調子も狂うからな。
二つ星の生徒と違い、一つ星の生徒はいつも通りの様子だった。まったく、頼もしいんだかなんだか。
そんな会話を遠目で見ていると、チャイムが教室に鳴り響いた。スピカやカジムたちもそそくさと、自身の机へと向かい、椅子を引く。
ガラガラとドアが開くと、リエルが教壇へと向かい俺たちを見て、
「おはようございます。それではーー」
いつも通りの授業が始まろうとしていたーー
良い天候に恵まれていた王都フェルメイトの上空が、一瞬にして曇天に覆われた。突然の気象変動に、俺たちは外の景色に目を向ける。
「やぁ。そろそろこの面倒な争いも終わりにしよう。≪剣聖≫」
聴き慣れた声が響く。
上空からは魔法陣が描かれており、そこには魔界を統べる王。白フードが浮かび上がっていた。
ここから物語は終盤へと向かっていきます。




