貴族たちの苛立ち
無駄に装飾された椅子に腰を深くかけて、指を肘当てにコンコンと音を鳴らしながら、オーシスは不快そうな目つきをしていた。
俺はフェルメイト宮殿の王座の間に立っていた。周りには他の貴族たちが用意された椅子に座り、俺を忌々しそうな視線を送っていた。そんな状況を見て、俺は思わずため息をこぼして、肩をすくめた。まあ、言いたいことは予想できている。俺はスッと顔を上げて、オーシスの方を見た。
「……なぜ貴様がここに呼ばれてたか分かっているな?」
「さぁな。皆目検討もつかないが」
淡々と澄ましたように言う俺が気に食わなかったのか、オーシスはギロっとこちらを睨みつける。
「とぼけるな!たかが学生の、しかも一つ星の分際でなにを偉そうに魔導師に指示を出しているのだ!」
唾を飛ばしながら、オーシスは声を荒げる。
さらにオーシスは続けて、
「それに従う奴らも奴らだが、気に食わんのは貴様の出した指示だ。一つ星二つ星関係なしに女子供を優先だと!国に何の利益をもたらしてない奴らをなぜ優先して救わねばならんのだ!それにもっと気に食わんのは貴様のその澄ました態度だ!一つ星なら一つ星の態度というものがあるだろう!だが貴様の態度は、我々貴族を敬っている様子などこれっぽっちも見受けられん!」
オーシスは激情し、俺に罵声を浴びせた。
それに便乗するかのように、他の貴族たちも「一つ星のガキが調子に乗ってんじゃねぇよ!」「さっさと跪いて、頭を垂れて謝罪しろ!」などと、たちまち怒号を飛ばす。その声はフェルメイト宮殿を超えて、外まで響いているだろう。それほどの罵詈雑言だった。
「さて、何か言いたいことはあるか?」
息を吐いて、オーシスは俺に問いかけた。俺の発するであろう一言に、貴族たちも注目の視線を向ける。
「くだらん」
「……は?」
オーシスから情けない声が漏れた。
「そんなくだらないことを言うためだけに俺をわざわざ呼んだのか?」
謝るとでも思ったのか、俺が予想外の反応をとって貴族たちも口をポカンと開けてフリーズしていた。
まったくため息が出て堪らん。二つ星の奴らが一つ星のことをあれだけ毛嫌いしていたが、いい年した大人がここまで言っているのだ。彼らもその背中を見ればそう育つのも納得か。
「く……くだらんだと!貴様……謝罪の言葉を述べるならばまだしも、よくもまあ悪びれもなく平然と……」
「悪びれる?それは何に対してだ?俺が魔導師たちに指示を出したことか?」
そう答える俺に、貴族たちは目を丸めて見ていた。
「あの場には指示を出せる人間が誰もいなかった。目の前にいる魔族と対等に戦えるほどの実力も持っていない彼らは、魔法障壁の後ろにただ立って見ているだけだった。だから彼らに指示を出した。現に被害は最小限に食い止め、死者はおろか怪我人すら出していない。魔法学院のみんなには迷惑をかけてしまったがな」
今頃、魔法学院は避難に訪れた国民の対応に追われているだろう。
「一ついいか」
そう言って現れたのは、一人の中年の男だった。年齢は四十を超えていると思われるが、魔力量はここに集まっている魔導師の中では頭ひとつ抜けている。年齢とは似合わない鍛え上げられた肉体の上から黒い法衣を身に纏っている。
「戦闘魔導師隊隊長、ダンテ・ニオニクスだ。お前の言い分は分かった。王都に迫る脅威もお前が払ってくれたのだろう。それについては感謝を述べよう」
胸に手を当てて、軽く会釈をする。
そして中年の男性ーーダンテは真っ直ぐ俺を見た。
「だがな少年。魔法学院に在学している君ですら倒せる相手だったという可能性は考えられないのか?」
「何が言いたい?」
「フェルメイトを襲った魔族は、所詮その程度の実力だったと言うことだよ」
ダンテはそう言って鼻を鳴らした。
「よく考えてみたまえ。我々はフェルメイトを守護する魔導師隊だぞ。誰一人とて、学生なんぞに遅れをとろうはずがないだろう」
ダンテの一声に乗っかるように、「そうだそうだ!」「学生が偉そうに、でしゃばってんじゃねぇぞ!」と、声を上げた。その声がうるさくて耳に触る。
「ほう。長年、魔族の侵入を許さなかった魔法結界を突破した魔族を、たかが学生が倒せるぐらいの強さだとお前は高を括るのだな」
ダンテの放った発言を、俺は嘲笑うかのように言った。ダンテの表情が険しくなる。
レーベックたちがどのようにして魔法結界を突破したのか詳しくは知らないが、そこら辺の魔法でカリュエヴァマの魔法結界を突破できるわけがない。それこそ幾つもの古代魔法を一点に集中させ放って、ようやくほんの一部を破壊させることができるのだ。
おそらく白フードが、≪終焉の魔眼≫の魔力かそれ相応の魔法をレーベックたちに授けたのだろうが、間違いなく前者だろうな。
≪終焉の魔眼≫の魔力は崩壊、破壊のみに特化されている。その魔力に並の魔族が触れようものならば、魔力に負けて己の身体を蝕んでいくだろう。魔法適性の高い者のみが扱える≪終焉の魔眼≫そんな代物を扱う魔族が弱いはずがないだろう。
「ならばダンテ。あんたはなぜ、あの場にいなかったのだ?」
「私は、彼らとは別の仕事に当たっていた。城壁が崩壊したところとは、正反対の場所でな。それで対応が遅れたのだ。まさか、私を疑っているのか?」
はぁ。なぜ嘘をつくのやら。言葉ではそう取り繕っても、身体までは騙せない。ダンテの心臓の鼓動と脈がさっきよりも早くなっている。
「違うな。お前は間違いなくフェルメイト宮殿か、あの現場の近くにいた。あの城壁が崩壊したとき、すでに気がついていたのだろう。あの魔法結界を突破するほどの誰かが、フェルメイトに攻め込んできたのだと。それで多大な被害を出そうものなら、魔導師隊の指揮官を務めている自分に批難が集まる。それが嫌で、あの場には来なかったのだろう」
なんなら言質も取ってきたしな。
ここに訪れる前、あの場にいた魔導師たち数名に尋ねたところ、全員口を揃えて言っていたからな。
核心を突かれたのか、ダンテの目は泳いでおり口をパクパクとさせていた。
「上に立つ者ならばそれ相応の仕事をしろ。それすらできないのならば、さっさと指揮官とやらの席を降りたほうがいいんじゃないか?」
「っ……大人を馬鹿にするのも大概にしろ!黙って聞いていれば、いい気になりやがって!」
先ほどまでの佇まいはどこへやら、ダンテは顔をりんごのように真っ赤にして、言った。これでは国王や貴族の者たちとも大差ないな。
さて、どうしたものか……。呆れた表情を浮かべながら考えているとーー
一ついい案が思い浮かんだ。
「国王。要は、俺には生意気にも指示を出したことと、この態度の二つのことについて謝罪を述べてほしいのだろう。ならば一つ、俺とダンテで勝負をするというのは」
「勝負?」
案を持ちかけられたオーシスは首を傾げた。
「互いに得意な魔法を相手に一発ずつ放ち、それを魔法障壁で防ぐ。シンプルな勝負だろう。もし俺が負けた場合は、今までとっていた態度を改め、謝罪の言葉を述べよう」
俺はダンテの方を見て、不敵な笑みを浮かべた。
「たかが学生の挑戦状だ。当然、魔導師隊隊長様は受けてくれるんだろうな」
別にレーベックたちを構うわけではないが、あいつらを弱いと吐き捨てたのは、少し思うところがあった。ダンテはああ言ってしまった手前、俺との勝負を受けざるを得ないだろう。
「国王様。よろしいですよね?」
国王は深々と頷いた。
それを見て不敵な笑みを浮かべると、俺に向けて一言。
「返り討ちにしてやる」
ダンテは短くも威圧的な声で言い放った。
俺は立方四角形を作るように魔法障壁を展開する。その立方体の中には、俺とダンテの二人だけが立っていた。
「先行は先に譲る」
「後悔するぞ」
ダンテは舌打ちをして、魔法陣を展開する。
そこからは青白い雷がバチバチと音を立てて、俺を威嚇していた。俺は魔法障壁を展開した。
「≪青雷≫!」
ダンテの声と共に、雷が一直線に俺の方へと放たれる。
刹那ーー立方四角形は、眩い光に包まれた。
「は!それ見たことか!」
「やはり、魔法結界のなんらかの不具合か何かだったのでしょうかな」
貴族たちが好き放題文句を言っていた。眩い光が徐々に消えていく。彼らが思い浮かべていたのは、無様に倒れている学生の姿だろう。だが、
「あ……ありえない……」
ダンテは必死に言葉を繋ぐ。倒したであろう思っていた学生には、傷一つついていなかったのだから。
「あぁ、ついでに言っておくが魔法障壁など展開していない。そこまでして防ぐほどの威力ではなかったからな」
そう言った俺にダンテはおろか、高みの見物で勝負を見ていた貴族たちも、呆気にとられたかのやうな顔をしていた。
「さて、次はこちらの番だ」
俺は魔法陣を展開する。小さな魔法陣だ。そこからは今にも消えそうなほどの弱々しい炎が一つ浮かび上がっていた。
≪小炎≫。≪紅炎≫の下位魔法であり、コツさえ掴めれば小さな子供でも使用できる魔法でもある。
「ふざけているのか。そんなもので俺がやられるはずがないだろう」
ダンテは魔法障壁を展開しない。こんなものに俺がやられるはずがない、と思っているのだろう。
俺は親指で軽く弾くと、炎がゆったりとしたペースでダンテへと向かっていく。
「こんなものーー」
苛ついた声をあげて、ダンテは≪小炎≫を弾こうとした。
「やめておけ。死ぬぞ」
一応忠告したが、ダンテは手を止めなかった。掌と炎が触れた瞬間、≪小炎≫は、まるで粉塵爆発でも起きたと思わせるほどの火力で爆ぜ、煙が立ち込めた。ビキビキッ!と魔法障壁が悲鳴を上げ、その爆風は、外側にいる貴族たちにも伝わるほどだった。
俺たちを囲っていた魔法障壁を解除して立ち込めていた煙を、魔法で除去してやる。そこにいたのはーー
「な!……ば、バカな……!」
オーシスをはじめ、貴族たちは絶句した。
黒い法衣を焦がし、気を失っていたダンテがそこにいたのだから。≪小炎≫に触れる直前、ダンテの身体に魔法障壁と反魔法を展開しておいたおかげでこの程度の傷で済んだが、もし何もしなければ、今頃は全身火傷を負っていただろうな。
≪治癒≫で、ダンテの傷を癒していく。
「国王。まだ言いたいことはあるか?俺は言い返せるだけの材料は持っているつもりだが?」
学生だのなんだのと言ってはいるが、結局は俺が一つ星だから気に入らないのだろう。オーシスがさっきからチラチラと俺の胸元の星を見ては、怪訝そうな顔を浮かべているのだから。
「ダンテを医務室に運んでやれ。少ししたら目を覚ますだろう。もし今度やることがあったら、魔法障壁をしっかり展開しておけと伝えておいてくれ」
近くにいた魔導師にそう言うと、俺はフェルメイト宮殿を後にした。
補足ですが、≪青雷≫は≪電光≫の中位魔法でありますが、アムルにとっては大したものではなかったようですね




