消えた背中は遠く
今回は、アムルが魔王十傑雄と闘いを始めた直後。セリナサイドからの視点でのお話がメインとなります。
レーベックの魔力反応はない。
逃したか。レーベックの黒い空間は、魔法を防ぐ役割だけではなく、自分をどこかへ飛ばすことができる機能も付いているらしい。≪転移≫と似たような魔法だな。
だが、ほかの三人を置き去りにしていったようだ。気を失っているベイグズとラウラ。カリュエヴァマの一閃を喰らったアイン。元より、殺すつもりはなかったので、直前で威力は抑えてはいたが、剣が剣だ。回復魔法をかけようとも、しばらくは動くことはできないだろう。
さて、この三人をどうしたものか。
仮に引き渡したところで、目覚めたら再び暴れ出してフェルメイトが崩壊していくのだろう。そうなった場合は、また俺が止めるがな。
力を封じて引き渡すと、おそらくこいつらを徹底的に拷問して、最終的には殺してしまうのがオチだ。
こいつらだって、三百年前は大勢の人間や、他の種族を殺してきたに違いない。だがそれは、やらなければ自分が殺されるという、大戦の時代だったからこそ。
だが、今は違う。こいつらは殺さない。俺は魔法陣を横たわるベイグズたちの真下に出現されると、魔法陣に吸い込まれていく。国民が避難用に創り出した異空間とは別の異空間にいてもらうことにしよう。
俺は踵を返して、王都フェルメイトへと引き返した。
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王都フェルメイトの現状ーー
被害は最小限で済んだと言えるだろう。城壁の付近に建てられていた木造建築の一軒家と、魔道具店の周辺に瓦礫が散乱しており、窓ガラスも割れていたのだが、怪我人もいなかった。
魔導師たちが国民たちに呼びかけを行い、非難誘導を行なっていた。俺の姿を視界に捉えると、目を見開いてこちらに駆け寄っていた。
「お、おい!さっきの魔族の奴らは……」
「安心しろ。全員退けた。一人には逃げられてしまったがな」
そう言うと、魔導師たちはホッとしたような表情を浮かべた。ひとまず国民の身の安全は確保できる。そう思っての安堵なのだろう。
「だ、だがな少年……すまなかった」
一人の魔導師が恐る恐る口を開いた。 何かに怯えているような様子だった。
「なんだ?」
「今回の対応についてなんだが……我々は国王や指揮官の指示を一切受けず、独断で行ったと判断されて……」
「つまり?」
「……短刀直入に言えば、国王がお怒りになっている」
なるほど。自分の指示もなしに勝手な行動をとるな。お前たちは指示に従ってさえいればいい。と、国王は言いたいのだろう。
今の突然の対応に、国王は理解が追いつかなかったのだろう。なに勝手に行動をしているのかと。そして、こうして謝罪の弁を述べてきたと言うことは、
「国王に、今回の指示を出したのは魔法学院の生徒だった。とそう伝えたのだな」
魔導師たちはコクリと頷いた。
「大激怒されていたよ。何故、自分の指示を仰ぐのではなく魔法学院の生徒の指示に従って、動いていたのかと。そしてその学生を連れてこい、と」
その国のトップの言うことは絶対だ。などという風潮がある。それは決して間違いではない。それが国を背負う王としての立場なのだから。
「分かった。国王はフェルメイト宮殿にいるんだな」
「……すまん」
「何を謝っている。指示を出したのは俺で、お前たちは指示に従っただけだ。お前たちはなにも気にすることはない」
その魔導師の言いたかったことはもう理解していた。それを遮るかのように、俺はフェルメイト宮殿へと足を運んだ。魔導師たちの瞳には、ただ俺の後ろ姿が映っていた。
アムルが魔王十傑雄との闘いを始めた頃。
フェルメイト魔法学院ーー
それはあまりにも突然のことだった。通常通り授業を行なっていると、何やら人混みが一斉にこちらに向かっているのが、窓ガラスから確認できる。
魔法学院は授業に集中するためという理由で、屋外からの騒音が聞こえないように魔法で細工されている。そのため、彼らからの声は一切聞こえることはないのだが、表情からただことでない事態が起きているのだけは、容易に想像できた。
各生徒は何事かと、窓ガラスに顔をくっつけてその現状を目にしていた。
「先生っ!」
ガラガラッ!と乱暴にスライド式のドアを開くと、白髪の少女ーーセリナが息を切らしてそこに立っていた。
「セリナさん!貴女が授業に遅れるなんて……どこにいらしてたんですか?アムルくんの姿がないのですが……」
「そんなことより!大変なんです!城壁が!フェルメイトを囲む城壁が崩壊しました!」
珍しく大声を出してそう訴えたセリナ。
セリナの話した内容に、リエルと教室にいた生徒たちは、ありえないといったような表情だ。
「皆さん!ちょっとここで待機していてください!」
そう言ってリエルは慌てた様子で教室を飛び出る。教室内には何がどうなっているのか状況が飲み込めない、そんな空気が漂っていた。
「セリナ!どこにいたの!?アムルは!?」
「ごめん。屋上にアムルといたんだけど、気がついたらいなくなってて……」
「えっ!?いたのにいなくなったってどういうこと!?」
リエルに待機していてくださいと言われ状況が分からない以上、セリナたちは下手な行動が取れずにいた。
リエルはウェーブがかかった髪を揺らしながら、学院を出て正門前へと訪れる。そこには既に、大勢の国民が集まっていた。魔法学院の教員と魔導師が、何やら話をしていたためリエルも別の魔導師に声をかける。
「すみません。一体何があったんですか?」
「じ、実はーー」
リエルは魔導師に事情を聞いた。
「え!?何者かが数人でフェルメイトを襲ってきた!?」
「えぇ。その者たちの魔力は凄まじく情けない話、私たちでは到底太刀打ちできないほどの実力の持ち主たちです……
「そ、そんな……」
「ですが、ある一人の学生が彼らを食い止めているのです。四人のうち既に二人を倒して、我々に国民の避難誘導と逃げ遅れた人がいないかの確認などと様々な指示を出し、今も戦ってくれています」
リエルの目が丸くなる。まさか……と思い、念のため魔導師に確認をする。
「あ、あの……その学生の特徴を教えてもらってもよろしいですか?」
「えぇと……黒い髪に紫紺の瞳で……」
魔導師隊が敵わないといった敵を、一人で既に二人を倒しその特徴。それを聞いたリエルはーー
「まさか……アムルくん……」
リエルは静かにそう呟いた。
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魔界シンベルファルスーー
魔城ゼルレタ。
玉座に座る白フードの目の前に黒い空間が出現すると、レーベックが姿を見せた。
魔力の波長に乱れはない。彼が気に入っているスーツのような服装も普段通りピシッと決まっているのだが、レーベックの顔は優れていなかった。白フードの前にまで歩を進めると、膝をついて頭を垂れる。
「申し訳ありません。人界の一人の学生により、任務は失敗。また私以外の三人は、その人間によってやられてしまいました」
レーベックは淡々と答えていく。
任務失敗は、魔王十傑雄にとって許されないことだ。失敗した場合は、必然的に位の高い者が責任を取ることとなる。レーベックは、死すら覚悟していたのだがーー
「そうか。その学生は強かったか?」
思いがけない質問が飛び、レーベックは顔を上げる。
「はい。魔力を使わずして、ベイグズとラウラを退かせ、魔法結界の源でもあるカリュエヴァマを出現させると、それを自在に使いこなしていました。本当に学生なのかと疑いたくなるような強さでした。もしかして、我が魔王のおっしゃっていた『剣聖』というのはーー」
「ふふ。そうかそうか。分かった。下がってよい」
「……はっ」
そう言ってレーベックは王座の間を退出する。
「やはり、貴様は俺が殺さねばな」
白フードの独り言は、誰にも聞かれることなく、消えていった。




