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アムルVS魔王十傑雄 アイン、レーベック編

「いない……」


 後ろを振り返り、一人の男が来ていないことに気がついて、セリナは溜息混じりに呟いた。


 セリナは二階の階段前にいた。屋上の扉を開けたあと、気が遠くなるほど長い階段を降りて、途中で背後からの足音が聞こえないことに気がついた今の現状。もう一度屋上へと向かえば、セリナは間違いなく授業を遅刻することだろう。真面目な性格のセリナにとって、遅刻をするという行為はあってはならないことなのだ。

 だが、セリナは迷うことなく階段を駆け上がっていた。


 ーーアムルを一人にさせちゃいけない


 何故その言葉が、セリナの脳裏をよぎったのかは彼女自身知る由もない。気がつけば行動に移していた。今そう思ったのなら、引きずってでも連れてくるべきだったと、そうすればこの長い階段を登り降りすることもなかったと、内心後悔して舌打ちした。


 少し息を切らして、屋上の扉を勢いよく開き、辺りを見渡した。しかし、そこに男の姿はなかった。


「アムル……」


 セリナは呟かずにはいられなかった。男がどこか遠くに行ってしまうのではないかという不安に襲われてしまったから。


 それに少し遅れてーー

 なんの前触れもなく王都フェルメイトの城壁が、崩壊した。


* * * * * * * * * * * * * * * * * *


下位に位置する二人だったとはいえ、魔界を守護するために作られた魔王十傑雄に選ばれた者たちだ。弱いわけがない。

 それが今はどうだ?ただの人間、しかも学生に敗北を喫している。魔力を一切使用することなく、ただ己の力のみで。なんなのだ、この人間は。


 レーベックは横たわる二人を見て、表情こそ変えなかったが、この事態はまるで想定していなかったのだろう。面を食らったような思いで今の戦況を見つめていた。


 俺は魔法障壁の後ろで待機していた魔導師たちの方に視線を向ける。次々と起こりうる現状に、彼らの脳はパンク寸前で、目の前に広がる光景すらも理解が追いつかないといった様子だった。恐怖で足を震わせる者たちの姿も見受けられた。


「この場に魔導師隊の指揮官はいるか?」


 身体から溢れる魔力量は中々のものだ。おそらく戦闘魔導師団の隊の魔導師たちだろう。数人の魔導師が首を横に振る。


「ここは俺一人で十分だ。お前たちはフェルメイトに暮らす国民全体に避難指示を出せ。一つ星や二つ星など関係なしに、女子供を最優先に非難させろ。その後に、逃げ遅れた人がいないかの確認と瓦礫の撤去を任せる。万が一、先程の瓦礫に巻き込まれて動けなくなっている国民がいる可能性があるからな。避難場所は魔法学院だ。そこにいけば、反魔法を付与した魔法障壁が展開されている。もし、魔法学院に人が入りきらなくなったとしても、俺が用意した異空間に避難させろ。魔法学院ほど広くはないが、二日三日は、不自由なく暮らせるように調整してある」


「し、しかしだなーー」


 魔導師隊にも関わらず、学生一人をここに残して自分たちが行けるわけがないと言いたかったのだろう。一人の魔導師が俺に反論の声を上げようとする。


「でははっきり言う。今のお前たちは邪魔だ」


 そう言うと、魔導師たちはグッと押し黙った。

 たかが学生に言われたことの怒りと苛立ち、しかしその学生に守られていたという事実に、彼らは何も言うことができなかったのだ。


「だが、それでもできることがあるだろう。やるべきことを考えろ。一人で多く国民を助けるために、何をすべきか」


 そう言うと、一人の魔導師が前を向きフェルメイトへと走り出した。それに感化されたかのように、次々と魔導師たちも走り出していく。

 この場には俺、そして戦闘不能の二人にアインとレーベックだけとなった。


「彼、ベイグズさんとラウラさんの動きにも、初見で対応、処理してきますね。加えて指揮能力まで。はぁ、この二百七十年かけてようやくカリュエヴァマの魔法結界を突破したというのに、まさかこんな人間がいるなんて……レーベックさん。もしかして彼が、魔王様がおっしゃっていた『剣聖』なのではないですか?」


「馬鹿を言うな……そう言いたいところだが、可能性は十分にありうる」


 今、アインが気になることを言った。

 カリュエヴァマの魔法結界と。そういえば、ベイグズも言っていたな。なぜ奴らがカリュエヴァマのことを知っているのだ?

 ≪記憶改竄(ギル・ゼセル)≫は、人間と魔族の争いをなくすために行使した魔法であり、当然、魔界十傑雄の奴らにも≪記憶改竄(ギル・ゼセル)≫の影響を受けている。争いが初めから存在しなくなったということは、カリュエヴァマの存在すら知らない記憶になっているはずだ。


 カリュエヴァマの記憶があるのならば、≪記憶改竄(ギル・ゼセル)≫の影響を受けていないと考えるべきだろう。だとしたら『剣聖』……つまり前世のアムル・シルフィルクのことも覚えているはずだ。しかしアインたちの会話、そして最初に出くわした反応からして、覚えてはいないようだった。


 カリュエヴァマがフェルメイトの魔法結界として存在していたーーと、事前に白フードが魔王十傑雄に言っていたのなら納得がいく。だがもしそうならば、俺のことだって言うはずだ。白フードの目的は俺を殺すことなのだから。


 この場で、そう考えても答えに辿り着くことはできないのだろう。やはり白フードの口から直接聞かない限りは。今は、目の前の二人に集中だ。


「レーベックさん、彼は強いです。どうでしょう。ここは二人で共闘というのは。そもそもレーベックさんの能力は、共闘でこそ力を発揮すると思うのですよ」


「やむを得ないな。今回だけだぞ」


 アインは緑の髪をかき上げて、こちらに敵意を込めた瞳を向ける。レーベックも、身に付けていた服を整えて、戦闘態勢をとる。二人から放たれる魔力は、先程の二人とは比較にならないほど重々しく感じた。


「≪魔炎弾(ラオ)≫」


 アインが魔法陣を描くと、無数の黒い炎が出現し、俺に目掛けて放たれる。俺はスッと身を引いて、黒い炎弾は地面に直弾。直後、黒炎は一本の槍へと形状を変えて襲いかかる、二段構えの攻撃。狙いは俺の腹部だ。右足に魔力を纏わせて、蹴り壊す。槍は跡形もなく消えた。


「まだまだいきますよ。≪魔雷轟(グラ)≫」


 今度はフェルメイトの上空に巨大な魔法陣を描いた。黒雷がランダムに、それもとてつもない量が落ちてきた。俺は地を蹴って、降り注ぐ黒雷を躱して駆け抜ける。


「≪蒼炎(ウォレン)≫」


 蒼炎が俺の両手に出現する。≪紅炎(グラン)≫の上位魔法だ。目の前の敵を焼き尽くさんと、地を這いながら蒼炎がアインを襲う。アインは魔法障壁を展開する素振りを見せない。アインの身体に蒼炎が触れようした瞬間ーー


 黒い空間が出現して蒼炎を呑み込んだ。しばらくして、それは音もなく消えた。


「ふぅ」

 

 レーベックが小さく息を吐く。

 

「よそ見をしてはいけませんよ、≪魔風斬(マバ)≫」


 黒い風の斬撃解き放たれる。

 音を切りさくその魔法の行先は、俺の首元だが、俺はしゃがんで回避した。そのすぐ後ろと、左方に黒い空間が出現する。斬撃がその空間に吸い込まれると、左方の黒い空間から風の斬撃が再び出現した。俺は魔法障壁を展開して、それを防いだ。


「まさか、これも防ぎますか……」


 感心したような、参ったと言いたいような複雑な表情をアインは浮かべていた。


 アインはさまざまな属性魔法を器用に使いこなす。魔法一つ一つの威力も申し分ない。万能型の魔導師といったところだ。


「安心しろ。俺がいる限り、俺たちか負けることはない。奴の魔力切れを狙う」


 問題はレーベックの方だ。

 あの黒い空間を作り出して魔法を飛ばしてしまう。また空間同士が繋がっているのだろう。最初の魔法で飛ばした魔法を、こちらに飛ばしてくる。

 仲間に魔法が触れる前に空間に飛ばし、それを相手に返す。レーベックの魔法はサポートに特化したものだ。このままでは、こちらがジリ貧になってしまうな。仕方がない。


「来い。カリュエヴァマ」


 俺の右手に一本の剣が出現する。柄を握ると、黄金の刀身がより一層の輝きを放ってアインとレーベックに向けた。


「なっ……!まさか、その剣は……」


 俺はカリュエヴァマを強く握りしめ、アインの方へ駆け出した。アインも魔法陣を展開する。

 ーーが、その前にカリュエヴァマで魔法陣を切り裂いた。魔法陣は魔力の光となりて、儚く散る。


「ーーぇ」


 大人びた口調で話していたアインの口から、やっと子供らしさを感じる、驚きの声が上がった。


「≪雷電捕縛(エレクナ)≫」


 雷の鎖でアインを縛り上げる。これで奴はもう動くことはできない。


「ちぃっ……ここは一旦引かせてもらう。貴様の顔。しかと覚えたぞ」


 そう言って黒い空間を出現させ、自身の身体を投げた。逃さまいと、俺はグッと足に力を込めてレーベックとの距離を詰めて、カリュエヴァマの一閃を放つ。


 だが、その一撃はレーベックには届かなかった。

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