少女の笑顔
俺はミレの目尻から溢れる涙を拭く。目が見えると言う真実に未だに信じられないような、だが目の前に広がる景色が瞳に映っているという事実に、ミレは嬉し涙を零していた。
「これでみんなと仲良くできるか?」
ミレを取り巻く障害はこれでなくなった。
だが、ミレは不安そうに俯く。
「分からない……」
ミレの脳裏には、ここに来る前の嫌な記憶が蘇っているのだろう。目が見えるようになろうとも、話しかけたら気味悪く思われるのではないか。また除け者扱いにされるのではないのか。嫌な考えが頭の中から離れず、ミレは必死に首を横に振る。
「そうだよな。怖いよな」
ミレの肩に優しく手を置く。ミレは潤んだ瞳をこちらに向けた。俺はフッと優しく微笑みを見せる。
「だけどな。殻に閉じこもっていたままじゃ、いつまでも前には進めない。ゆっくりでいい。一歩ずつお前のペースで前に進んでいけばいい」
気がつけば、子供たちが俺たちの周りに集まっていた。彼らはキラキラと目を輝かせて、こちらを見ている。ミレはビクッと身体を震わせた。
「すごーい!ねぇ!一体どうやったの!?」
「教えて教えて!!」
「手品師はタネ明かしはしないんだ。タネが分かってしまったら面白くないだろう?」
そう問い詰めてくる子供たちは、ムスッとした表情に変わる。それは彼らに俺は笑いかけた。
「ミレ。あとはお前の気持ち次第だ。頑張れ」
俺はスッと身を引いた。
「……あ、あの……」
ミレの声は震えていた。顔も朱色に染まっている。それでも、ミレは言葉を紡ぐ。前を向いて。
「も、もし……よか……ったら……ともだちになって……くれませんか……?」
途切れ途切れながらもミレは目を瞑って、最後まで言い切った。身体をプルプルとさせながら、恐る恐る目をゆっくりと見開く。子供たちは、お互いの顔を見合わせたあと笑顔を見せる。
「うん!一緒にあそぼ!」
一人の少女が手を差し伸べた。ミレはゆっくり手を伸ばす。小さな手が触れると、その子供はミレの手をギュッと握りしめる。
「行こ!」
そう言って、ミレを連れて庭を駆け出した。
それに続くように、他の子供たちも後を追う。
「ねぇ!ミレちゃんって呼んでもいい?」
尋ねたのはミレの手を引く少女だ。ミレより少しだけ背の低く、年齢はおそらく同い年だろう。
「う、うん!」
「あたしはユーア!ごめんね。ずっと前から仲良くしたいと思ってたんだけど、どう話したらいいか分からなかったの。本当にごめんね」
「ううん。私もみんなに話しかける勇気がなかっただけ。だから大丈夫」
少女たちは笑い合う。その小さな輪は、徐々に大きくなっていく。
「まさか……ミレちゃんが……みんなと……」
見ることが絶対ないと思っていた光景を目の当たりにした老人は、嬉しさのあまりに感涙する。
「お前さん……本当に手品師なのか……?」
「それは手品の腕が思ったよりもなかったと言いたいのか?」
「違うわい。ただの手品師が、絶対治すことができないと言われていたミレちゃんの目を治せるわけがない。本当は……何者なんじゃ……?」
老人は目を丸くしてこちらをじっと見つめた。疑いの目を浮かべつつも、ミレの目を治してくれた感謝の念が混同し、複雑そうな顔を見せていた。
「そうだな。回復魔法が少し得意な手品師。とでも言っておこう」
俺はそう言うと、ミレの方へと歩いて行った。既に大勢の子供たちに囲まれ遊んでいる。少女の顔には、一転の曇りもない純粋無垢な笑顔がそこにはあった。ミレは近づいてくる俺の方を見ると、嬉しそうに近寄ってきた。
「ありがとう!お兄ちゃん!」
「おう。みんなと仲良くな」
俺はミレの頭に手を置いて、優しく撫でてやる。ミレは目を瞑りながら、気持ちよさそうに頭を撫で続けられていた。
「もし不安なことや、怖いことがミレの身に襲いかかりそうになったのなら、俺のことを呼べ。必ず助けてやる」
「本当?」
「あぁ、約束だ」
俺はミレの目線に合わせるようにしゃがみ込むと、右手の小指を前に出した。ミレも小指を出して、互いの指を絡ませる。
俺は立ち上がって、老人の元へ向かう。
「これで失礼する。長居して悪かったな」
「いやいや、お前さんが来てくれて良かったわい。あの子が笑う姿を見られただけで儂は……わしは……」
老人は言葉を詰まらせた。俺はフッと微笑みを見せる。
俺たちは、この場を後にした。
俺たちは≪召喚≫で呼び出した魔竜の背中の上に乗っていた。用は済ませたので、シンベルファルスを出ようとしていたところ、先程の兵士に、「おう!早かったな!用はもう済んだのか?」と聞かれたのだが、「芸のウケが悪くてな。食料の確保は済んだから、別のところに向かう」と言うと、「今は上手くいかねぇかもしれないが、兄ちゃんならきっとやれるぜ!頑張れよ!」とエールを受けた。
「シヴァ。最後まで子供たちに好かれていたな」
帰ろうとしていたところ、子供たちがシヴァの元に集まっていき、「行かないで!」と涙ながらに懇願されていたのだ。ハァッと疲れたようなため息を吐いた。
「でも、いい気分転換にはなったかな」
そう言って唸りながら、腰を伸ばした。
「あの子たちを戦争の巻き添いになんかさせたくない」
シヴァの目には強い想いが宿っていた。




