綺麗な赤い瞳
「ま……魔竜二十頭が、正体不明の広範囲魔法により全滅……たった今、全滅を確認しました!」
参謀魔導師隊の一人がオーシスに報告する。
魔竜の出現に、突如として現れた魔法陣。そしてその魔法に絶命していった魔竜。目まぐるしく変化している状況に、参謀魔導師隊も混乱していた。だが間違いなく言えるのは、彼らを襲おうとしていた脅威が、取り除かれたと言うことだ。
「そ、そうか!」
オーシスは安心したように、椅子にもたれかかるようにして崩れた。だが、彼の仕事はただ報告を受けることではない。
オーシスは声を拡張させる魔道具を手に取り、王室にある大きな扉を開ける。そこから広がるのは、商店街エリア。国民が怯え、震えている。彼らはまだ状況を把握していない。そんな彼らを安心させてやるのが、国王のやることなのだと。
「あーあー諸君。聴こえているか?」
国民がオーシスの方へと目を向ける。
国民、と言っても一つ星だけなのだが、オーシスのことをよく思っていない。国王にも関わらず、二つ星ばかり優遇されている今の現状を変えようともしない、そんなオーシスに、一つ星は冷たい目で見ている。だが、今ばかりはオーシスの姿に、声に希望を持つほかなかった。
オーシスは辺りを見渡し、大きく息を吸う。
「皆も知っているであろう。たった今魔竜が人界に攻めてきた。だがしかし、そんなものは恐るるに足らん。我らの魔法で一瞬にして、消し炭にしてくれたわ!王都を覆い尽くそうとした脅威は、消え去ったのだ!」
彼らは魔竜を消滅させた攻撃魔法をフェルメイト魔導師団によるものだと思っている。オーシスも誰による魔法なのか知らない。棚からぼたもちだ。しかし、オーシスは右手をギュッと握り、拳を天に突き上げる。
「我らは屈しない!私と、我らが誇る魔導師団がある限り、国民を恐怖に陥れることなどさせないことを、ここに誓おう!」
彼はそう言い切ると、しばらくの間があったのち大歓声が響いたーー
「ーーそうか。魔竜は全滅したか」
≪魔力経由通信≫で、セリナからフェルメイトの現状報告を受けた。
「えぇ、王都は大騒ぎよ。フェルメイト魔導師団の魔法は、ここまで進化していたのかってね」
フェルメイトを包む大歓声に耳を塞ぎながら、セリナは言った。
「フェルメイトに何も被害がなかったのなら良かった。今のところ、魔界は動きはない。何かあったらまた連絡する」
「うん。分かった。でも、早く帰ってくることよ」
「あぁ」
≪魔力経由通信≫の魔法を切る。魔界は戸惑いの声に溢れていた。白フードが何の反応も示さなくなったからである。ただ人界の方をジーッと見つめ、動こうとはしない。
「シヴァ。魔竜は≪白銀流星群≫で一掃しておいた」
まだ状況を把握していないシヴァに伝える。彼は驚き、空いた口が塞がらないでいた。
「なっ!え……?いつ?いつ≪白銀流星群≫の魔法陣を展開していたの?」
「魔界に向かう前に空を見上げていただろう。そのとき展開しておいた」
「まさか……こうなることを見越して……?」
「俺が居ないときの保険に過ぎないが、まさかこうも使う羽目になってしまったとはな」
俺はスッと肩をすくめた。さて、白フードはどんな手を打ってくるのやら。俺は視線を白フードの方へと向けた。
「……ふっ……くくくっ……」
不気味。真っ先にその言葉が出た。
「くくくくっ……ハハハ!ハハハハハハッッッッ!!」
白フードは笑った。魔竜による人界への攻撃は失敗に終わった。にも関わらず、悔しい姿を見せるどころか狂ったように笑うその姿は、まさに壊れた人形のようだ。
「ハー……お見苦しい姿を見せてすまない。残念ながら、魔竜二十頭は何者かの魔法によって全滅させられた」
一頻り笑い終えた白フードは、彼を見る魔族たちに謝罪をした後、作戦の失敗を彼らに告げた。
何故、魔王は笑っているのか。魔族たちはその理由を知る由もなかった。
「だが安心したまえ。言っただろう、軽いご挨拶だと。我らにはまだとっておきの秘密兵器が、いくつも残っている。皆は安心して、いつも通りの暮らしを過ごしていてほしい」
そう言うと、白フードを形取っていた光の粒子が崩壊を始めていく。それらは程なくして消滅した。
「全く……急に出てきてびっくりしたわい」
俺の近くで見ていた老人が、ボソッと言葉を漏らした。
「なぁ。あんたは人間をどう思う?」
俺は唐突に、老人に質問をぶつけた。
「失礼ながら、年齢的にあんたは戦争を経験しているだろう。人間は憎いか?疎ましいか?死んで欲しいと思うか?この世からいなくなって欲しいと思うか?」
「……そうじゃの。昔はそう思っていた。わしの妻も、戦争に巻き込まれて死んだ。人間を酷く呪った。何故妻が戦争の巻き添えで死ななければならないのか、早く人間が滅び、一日でも早く戦争が終わらないか、それだけを考えて生きていた時期もあったの……」
過去を思い出すより、老人は語り出した。老人も昔は魔導師として、最前線で戦っていたそうだ。よく見れば、彼の左手の薬指にキラリと光る指輪があった。それを優しい目で、撫でる。
「けど、それは人間も同じ。儂らが悲しむように、彼らも悲しんでいる。戦いの最中、泣きながら儂に魔法を放った人間を見て、そう思ったんじゃ。だから儂は、人間ではなく戦争というものが滅べばよいと思っている。あんな身体も心も痛い想いは、したくないししてほしくないからの」
「そうか。思い出させてすまなかったな」
「いやいや。それに今は、この子たちと暮らす日々が楽しいんじゃ。その日々がずっと続けば、もういつ逝ってもいいんじゃがの」
と、老人は笑った。
子供たちは何やら不安そうな瞳を向けて、老人の方へと走っていき、抱きついた。
「せんそう?みんなしんじゃうの?」
「そんなことないよ。みんなは儂が守るからの」
不安にさせまいと子供を抱き上げて、背中をポンポンと優しく叩いた。だが、子供たちの瞳は暗いままだ。
「では、みんなに手品を披露してやろう」
俺は彼らに言った。
「長居させてもらった礼だ。みんな、こっちに集まれ」
俺が言っていることに首を傾げつつも、みんなはぞろぞろとこちらに集まってくる。赤毛の少女ーーミレも、みんなから離れたところではあるが、こちらに来てくれた。
俺は異空間から、ある植物の種を出した。
「これは俺の故郷で育てている花の種でな。育てば、立派な赤い花を咲かせるんだ。この種を一瞬で、美しい花へと変えてやろう」
子供たちからは、「えー!!」「そんなのできるわけないじゃん!」という声が飛び交った。
「と、その前にみんなにクイズを出そう。俺は今からこの種を空中に投げる。その種がどこにあるのか、当ててもらおう」
俺はその種を軽く投げる。種は重力に身を任せるように落下していく。俺は両手を出し右手が左手、どちらで取ったか分からないほどの速度で動かした。
「さあ、種はどこにあるかな?」
「右手だよ!!右手!!」
「違うよ!!左だって!!」
「早く見せてよ!」
俺は両の手のひらを開いた。種はなかった。
子供たちはきょとんとした顔を浮かべる。シヴァも分からないようだ。
俺は歩き出して、ミレの方へと止まった。
「ミレ。右手を握ったまま、前に出してごらん」
言われるがまま、ミレは右手を出す。
俺が指を鳴らすと、そこから赤い一輪の花が咲いた。
「じっとしていろ」
俺は少女の眼に、優しく右手を当てる。
「目、開けてごらん」
「だめだよ。目見えないもん」
「本当にそうか?」
半信半疑、ミレは目を開けた。
「あれ?見える……?見えているの?」
ミレは信じられないと言った様子で、自身の目の近くに両手を出す。その両手は、確かに瞳に映っていた。
ミレの瞳は髪と同じ、炎のような赤い色だ。
「美しく、綺麗な瞳だな。この花は、目が見えるようになったお祝いのプレゼントだ」
ミレの綺麗な瞳から大量の涙が溢れ出していた。
老人の話を聞いて、
『剣聖』は何を想うーー




