物置部屋
魔界都市と言われているだけあって、シンベルファルスは大勢の魔族が往来している。
「俺がいた時とは見違えるほどに変わったなー」
と、感心するようにシヴァは言葉を漏らした。
俺も初めて、フェルメイトに足を運んだときはシヴァと同じようなことを思っていたからな。毎度のように思うが、三百年でよくここまで発展したものだ。
「下見するとは言っていたけど、具体的にはどこを回るつもり?」
往来する魔族の間を潜り抜けて、シヴァは青い瞳をこちらに向けた。特別どこかを見ておきたいと言うわけではない。下見は下見。今の魔界都市シンベルファルスは、どんな場所へと変貌しているのだろうかと思って訪れたのだ。
できれば全てを見て回りたいのだがな。シンベルファルスは魔族の総人口が多いが故に、都市の規模も尋常じゃないほどに広大だ。全部を見て回るには、二日は欲しい。
「最初に行く場所は決まっている」
俺の考えていたことが分かっていたかのように、シヴァも静かに頷いた。俺たちは人混みに紛れながら、目的地へと歩いていく。
「それにしても、ここは人がやけに多いね」
「どうやらこの区域は店舗が集中しているようだな」
俺たちが歩いているのは大通り。辺りを見渡せば、野菜や果実を目利きしている魔族。友人同士で魔道具店で、買い物を楽しんでいる魔族。フェルメイトでも見ていた光景を、種族のみを入れ替えて見せられている。
飛び交う笑い声が耳に届く。この一場面だけを見たら、彼らもまた平和に、そして穏やかに暮らしているのだなと思った。
「はあっ……やっと抜けられた……」
人通りの少ない道に抜けると、人混みに疲れたのか、シヴァは溜息混じりに言葉を漏らす。
魔界都市に暮らす魔族の総人口は、おそらく王都フェルメイトの総人口よりも多いだろう。シヴァも魔族だったときは戦争時で、シンベルファルスはあんな賑やかなわけではないだろうし、魔法学院の生徒としてのシヴァは、ずっと山奥で暮らしていたのだから、人混みに慣れていないのだろう。
だが、歩いているうちにゼルレタとの距離は目と鼻の先までとなった。
疲れているシヴァの背をポンポンと叩き、先へと歩く。シヴァも俺の後に続いた。
次第に往来する魔族が減っていきーー
「こいつの姿を見るのも、実に三百年ぶりか」
俺とシヴァの目の前には、昔も今も姿を変えることなく魔界都市に佇む、魔城ゼルレタがあった。外観は傷や汚れがあるものの、目立つほどではない。魔城そのものは頑丈で、経年劣化を起こしているところは見受けられない。
三百年前と変わらず、ゼルレタにはいくつもの魔法陣が施されている。
「≪魔力感知≫」
俺以外の全ての世界の色が白くなる。
眼を凝らして耳を澄まし、微量の魔力反応すら見落とさぬように意識を集中させる。
魔城の造りは地上三階、建地下一階。計四階建ての城だ。
地上の一階とニ階の魔力反応は少なく、弱い。地下一階は、大勢の魔族の魔力が感じ取れる。右に左に忙しなく移動しており、おそらく稽古中なのだろう。
そして三階。
バハル、そして歴代の魔王と、限られた者しか入ることが許されない、玉座の間だ。≪魔力感知≫で探ろうとするとーー
反魔法で弾かれた。
全ての階に反魔法が展開されていたが、玉座の間はさらに強力な反魔法だ。どうやらゼルレタに施されている反魔法の上から、さらに重ねがけしているらしい。だが、それよりも気になることがあった。
「シヴァ。玉座の間の奥の部屋には、何かあるのか?」
「ただの物置部屋だよ。歴代の魔王様たちが集めた宝石や魔剣といったコレクションは全部、その物置部屋に保管しているんだ。俺は入ったことないから、どんなコレクションがあるかは知らないんだけどね」
そう言って笑うシヴァを見て、俺は考え込むように俯いた。
「その物置部屋は、誰かに見られたくないような物があったりするのか?」
「どうだろうね。もしかしたら魔王様の変な趣味の物が保管されていてもおかしくはないかもね。どうかしたの?」
俺の様子を見て、シヴァが疑問をぶつけた。俺はシヴァに玉座の間とその奥の部屋に、さらに強力な反魔法が張られていたことを説明する。
「もしかしたら三百年の間に、何かがあってそれをその部屋に隠しているのかもしれないね。でもあの部屋は、歴代の魔王とその家族、それに魔王の側近でもほんの少数の魔族しか知らないはずだから、誰でも入れるって部屋じゃないよ」
バハルの息子であるシヴァが言うのだから、間違いないのだろう。その部屋には、何かがあるのだろう。反魔法を重ねがけしてまで見られたくない何かがーー
「まぁいい。大方、予想通りだった」
気になることもあるが、今は闇雲に突っ込む必要もないだろう。踵を返して、ゼルレタに背を向ける。
「思ったより早かったね」
「最低限の用は済ませた。さて、もう少しだけ付き合ってもらうぞ」
「えぇ……まさか、あの人混みにまた入るの?」
俺はまた大通りへと引き返す。シヴァは、苦虫を噛み潰したようような表情を浮かべつつも、俺の後を続いた。
「うぅ……」
シヴァの顔は真っ青になっていた。近くにベンチが設置されていたので、そこに移動する。シヴァの背中を軽くさすってやりながら「大丈夫か?」と声をかけると、「うん。大丈夫」と返ってきた。
「おやおや、お疲れのご様子ですな」
扇の能面のような優しい顔立ちの老人に、そう声をかけられた。買い物をしていたのであろう、片手には袋が握られていた。
「ここの区域は特に魔族が密集しますからな。初めて訪れた方々は同じような反応をされますぞ」
そう言って「フォッフォッ」と愉快そうに笑う。
「もしよろしければ、家で休まれていきなされ。少々騒がしいですが、少なくともここよりはマシですぞ」
反応から見るに、俺たちのことは初めてシンベルファルスを訪れた魔族だと思っているらしい。
「ああ、そうさせてもらおう」
俺とシヴァは老人の後を追って歩いていく。シンベルファルスに長年暮らしているのだろうか、人通りの少ない道を選択して、スムーズに進んでいく。活気に溢れていた商店街から、静かで過ごしやすさを感じさせる住宅街へと移動した。
「ここじゃ」
老人は足をピタリと止める。
平たい建造物だ。玄関前には広い庭が広がっており、子供たちがキャッキャと笑顔で遊んでいた。
「まぁ、上がってくだされ」
俺たちは居間へと案内され、老人は暖かい飲み物を持ってきた。そういえば、魔界のものを口にしたことはなかったな。
「お口に合うかはわからないのじゃが……」
俺はズズッと飲み物を喉に流し込む。
深みのある味わいだ。少し苦味も感じるが気になるほどではない。
「魔界都市シンベルファルスは、城壁が四角形を造るように囲んでおって、魔城ゼルレタを中心として、三つの区域が存在するんじゃ。お前さんたちがさっきまでいたのは、商店エリア。日用品や食材、飲食店に魔道具店など全て揃っておる。故に、いつも人で溢れかえっているのじゃ。そしてわしらがいる住宅エリア。見ての通り、ここは一軒家が多く立ち並んでいる。学校や施設も、この住宅エリアにあるんじゃ。そして、兵士のみが暮らす魔戦士エリア。そこは一般魔族が立ち入ることは禁止されておる。危ないからの」
だからあれほどまでに魔族で溢れかえっていたのか。
老人は慈しむように瞳を庭へと移す。
よく見れば、みんなそれぞれ顔立ちが違う。一軒家というよりは、子供たちを預かる施設という言い方の方が正しい。
「わしは子供が好きでの。こうして身寄りのいない子供たちを預かって、暮らしているんじゃ」
その口調はとても穏やかで温かなものだった。それだけで、この老人の子供たちを思う感情がひしひしと伝わってくる。
「ところで聴きそびれたんじゃが……お主らはどこから来たのかの?」
「ここからかなり遠いところからな。手品で魔界を旅している者だ」
「ほう。それはご苦労なことじゃの」
「大したことではない」
俺は残りの飲み物を飲み干して、庭を見る。
楽しそうにはしゃぐ子供達の端っこで、一人座っている子供がいた。肩ほどまでに伸ばされた赤毛の少女だ。
「あの子が気になるのかの?」
俺の視線がどこに向けられていたのか気がついたのか、老人が声をかけてくる。少女は目を閉じたまま、じっとして動こうとはしないのだ。
「目が、見えていないのだな」
「小さい頃から病気での。どこの医者でも治療は不可能と言われているのじゃ。いわゆる不治の病じゃ。目が見えないせいでみんなと上手く馴染めなくての。いつもこうして一人でいるんじゃ」
「そうなんだ……」
隣で話を聞いていたシヴァが悲しそうな表情を浮かべる。
「みんなと仲良くできるようにしてやればいいんだな?」
そういう俺を見て、老人は驚いたように目を開いていた。




