シンベルファルス
王都フェルメイトから、魔界シンベルファルスまでは数万キロは優に超える。また、様々なところに難所があるため、本来ならば、一日二日では到達することはできない。
だが、俺とシヴァは風を切るような速度で飛んでいた。それはさらに加速していき、音を置き去りにしていく。これならば一分あれば到着できるだろう。
人界と魔界の国境線とも言える、カンビレア山が見えたところで俺は止まった。小さな魔法陣を描き、そこから二つの黒い法衣を取り出すと、一つをシヴァに渡した。
「魔界に入る前に、それを羽織っておけ。特殊な繊維からできた法衣だ」
それを身につけることで、相手には自身の魔力の波長が、魔族の波長と錯覚させる効果が付与されている。
魔力の波長だけはどうしても隠すことはできない。体格や顔立ちは、ほぼ一緒であるため魔法で変装する必要もないのだが、このまま魔界へと足を踏み入れれば、現状が現状なだけに速攻で揉め事が起こるに違いない。
俺は≪召喚≫の魔法陣を展開する。かなり巨大な魔法陣だ。
そこからは全身黒の鱗に身を覆い、鋭い牙と爪、そして鋭い眼光の竜が出現した。大きな二枚の翼をバサバサと広げて、空を飛んでいる。
「シヴァ。魔界の飛竜はこんな感じだったか?」
「うん。どこか見ても寸分の狂いもない、完璧だよ」
この世界にはから飛竜という生き物が存在する。と言っても様々な種類があり、人界で扱っていた飛竜は、飛行に特化した飛竜だ。
戦闘には不向きで性格も穏やかであるため、当時≪飛翔≫を扱える者が少なかった人界にとっては、貴重な足代わりとして重宝されていた。
対して魔界が扱っている飛竜は、飛行能力はもちろんのこと、戦闘能力も極めて高い万能型の飛竜で、魔竜とも呼ばれていた。
その分気性も荒いのだが、自分の主人と認めた人物だけにはとてつもなく懐くという、なんとも扱いにくい飛竜なのだ。
≪召喚≫の魔竜は、俺にとても懐いているという設定とでもしておこう。
俺とシヴァは魔竜の背に乗って、カンビレア山を越えた。
魔界に足を踏み入れると、どんよりとした魔気が漂っていた。だからと言って、薄気味さが訳でもなく、人界と同じ自然豊かな森が広がっていた。大きな湖もあり、そこに親子であろう魔物が仲睦まじい様子を見せていた。
「身体の具合はどうだ?」
シヴァに尋ねた。魔王の息子だったとはいえ、今は魔族の血を引いていない純粋な人間だ。魔気が身体を蝕んでいる可能性もある。
「問題ないよ。むしろここの方が身体が落ち着くくらいだ」
と、予想外の反応が返ってきた。
もしかすれば、バハルが魔界の魔気に耐えられるように何かしらの魔法をシヴァに施したのかもしれない。
魔竜に乗りながら山々を超えて、様々な街や村が見える。さらにその先をしばらく進むと、高く聳え立つ黒い城壁が見えた。見たところかなり良い魔鉱石を使用されている。それが魔法によってさらに強化されている。よほどのこと、それこそカリュエヴァマでない限り、破壊されることはない。その城壁の先にある町がシンベルファルスだろうな。
三百年前はあんな城壁は存在しなかった。
戦争が続いているのだ。魔法に優れている魔族とて、魔法だけに頼るのではなくこうした防壁を造るのは当たり前か。
城門には、兵士らしき魔族が二人。それと監視塔の上には魔族が一人、警備にあたっているのが見えた。
城門の前には、石造りの長い橋があった。俺は魔竜を、橋の手前で降りるように操作する。
彼らの視界に俺たちは映っているだろう。ここで≪召喚≫の魔法を解いてしまえば魔竜は消えてしまう。
当然、「あの魔竜は一体なんだ?」と問い詰められるだろう。それは面倒なため、適当に何処かへ飛ばしてやる。監視の目が行き届いていないところで自動的に消える仕組みにしておく。
「一つ聞いてもいい?」
ただ突っ立っているのが疲れたのか首を回してシヴァが尋ねてきた。
「魔族の魔力の波長になっているから怪しまれることはないだろうけど今も戦争中だよ?もしかしたら、身分確認とか色々とされると思うんだけど、大丈夫なのかい?」
なんだ、そんなことか。
「安心しろ。そういうのも既に考えてある。行くぞ」
黒い法衣を今一度整えて、俺たちは長い橋を歩き出した。監視に当たっていた魔族たちも、何やら警戒したような目つきでこちらを見ていた。
城門の前まで行くと、行く先を塞ぐかのように魔族が目の前に立った。
「見ない顔だな?どこから来た?」
「カンビレア山のすぐ近くにある、ログニズ村の者だ。病に苦しむ母を直す薬を買うために、今は手品で魔界中を回っている。隣にいる彼は、俺の手品に心を打たれ、弟子になりたいと志願しにきた者だ」
シヴァは「えっ!?」と言いたげな表情を浮かべているが、それを無視して俺は魔族の兵士に話した。
「どうして此処へ?」
「ここに来るまでに食料を切らしてしまってな。食料の買い出しついでに、ここで手品を披露して、少し稼いでいこうと思ったんだ」
そう言うと、魔族の兵士はコソコソと話をし始める。しばらくすると、こちらを見た。
「分かった。魔力の波長も、特に気になるところはない。ずっと戦争続きだからよ。こうやって俺たちが訪問者を、シンベルファルスに通していいか確認してんだ。中には文句言ってくる奴もいるんだよ。疑って悪かったな」
日頃の愚痴を溢しながら、魔族の兵士は大きな城門を開ける。
「そういう仕事なのだろう。気にしていない。お勤めご苦労様だ」
「おうっ!ありがとなっ!」
兵士は親指をグッと立てて、俺たちを中へと入れると大きな音を立てながら、城門を閉めた。
街並みは王都フェルメイトとあまり変わらない。建物が所狭しと並んでいる。
違う点があるとすれば、魔鉱石店があるというくらいだろう。魔鉱石は魔界で、それも限られた場所でしか採取できない特殊鉱石であり、それを扱える職人も数が限られる。おそらくあの城壁も、その職人たちが長い年月をかけて、造ったのだろうな。
そしてその先、距離はどれほど離れているか分からないが、魔城ゼルレタが見えた。
「アムル。さっきのはどういう事か説明してもらってもいいかい?」
「さっき?」
「魔族の兵士と話してた内容だよ」
何か変なことを話していたか?
もしかして弟子だとか言ったことに腹をたてているのだろうか。
「俺が弟子。そこはいいとしよう。現に君に稽古つけてもらっている身だからね。だけどアムルが手品師?せめて商人とか、もう少しマシな嘘をつきなよ」
そっちかよ。
俺はハァッとため息を吐いて、後ろ髪を搔く。
「生憎だが、俺は商人とかそう言った交渉の類は苦手だ。だが、手品の一つや二つならできるぞ」
そう言うと、シヴァは驚いたように目を丸くした。どうやら信じていないようだ。仕方がない。
魔法陣を描き、手を突っ込むと一枚のトランプが出現した。描かれているのはスペードの三だ。
「今あるのは、タネも仕掛けもないスペードの三のトランプだ」
シヴァもトランプを見て、仕掛けがないのを確認する。
「ではこのトランプを一瞬で、ハートの三に変えて見せよう」
俺はそのトランプを人差し指で軽く弾き、息を吹きかける。そのトランプをシヴァに見せた。
「……なぜ?」
シヴァの視界に映ったのは、ハートの三のトランプだった。
「なっ?言った通りだろ?」
トランプを異空間に戻す。
「さて、手品の腕前も見せたことだし、シンベルファルスの街へと繰り出すとしよう」




