真実
シーンと静まる夜の王都。
俺の目の前に佇む少年、シヴァは穏やかな表情を浮かべている。
「やっぱり、三百年も前のことを思い出すのは苦労するな。記憶一つ辿るのにも、一苦労だ」
俺はトントンとこめかみを叩いた。
「俺が辿りついた結論から言おう。お前はバハルの息子だ。あれだけ小さかった子供が、随分と成長したな」
俺はフッと笑う。会ったのは一度だけだったが、今思えばあの時の面影が残っている。
「想願剣ノヴェンレビィア。それの元になっているのは、魔界に一億年に一度降ると言われている魔天星。幸せを願った恋人は必ず結ばれ、病気を治したいと願う病弱な子供はたちまち元気になると言われている。まさに希望の星だ」
「詳しいんだね」
シヴァは感心したように言った。
ノヴェンレビィアが放っていた異質な魔力。あれは魔天星のものだったに違いない。
「最後にバハルと相見えたとき、あいつは叶えたい願いがあると言っていた。その願いとは、おそらくシヴァ。お前に関することだろう。バハルには小さな息子と娘がいた。その息子は魔力こそ優れていたが、魔法の適性がなく、魔王の息子に相応しくないと、裏でそう悪口を言われていた」
魔天星はその人が持っていれば、どんな願いでも叶うことができる。バハルはシヴァに魔天星をプレゼントしたかったのだろう。シヴァにも、魔法が使えるようになると信じて。
「バハルは無事に魔天星を手に入れ、想願剣ノヴェンレビィアに姿を変えて、お前にプレゼントした。魔天星の力か、バハルの願いの強さからか、はたまた転生したからかまでは分からんが、今のお前は、魔法を普通に使えるみたいだしな」
ノヴェンレビィアに触れたとき、シヴァの魔力に沿うように作られているのだと分かった。どうりで、バハルが使用していたときより力を発揮しているはずだ。
「そして、さっき話していた白フードの件。さっきも言ったが、明らかに今までのお前とは様子が違った。奴に恨みを持っているようにすら見えた。そして、白フードは俺を憎んでいる。おそらく魔族の誰か、それも相当の実力の持ち主だろう。奴は、おそらく戦争を起こすつもりだ。だから、それを止めなくてはいけない」
だから、知る必要がある。
「本当のことを教えてくれ、シヴァ」
みんなを守る為に。失わないように。
「この黒い剣。俺のために作って作ってくれたのかな?」
ノヴェンレビィアを異空間から出現させ、握った。
「貰ってはいなかったのか?」
「ああ、あの山奥で初めて目にしたよ。膨大な魔力と共に、何かとてつもない想いが伝わってきた。アムルくんが言っていたその願いとやらが込められていたのかもしれないね」
もしかしたら、渡すタイミングを伺っていたのかもしれない。
バハルは冷静沈着で、指示も的確。ときには非情にもなる。だが、家族の前や普段の暮らしでは、とても温厚で家族想いなのだろう。
それは雰囲気から感じ取れたし、俺との闘いの最中に現れた、妻らしき女性を見たときは、彼女を守るように俺に敵意を向けていた。
守るべき存在があって、それを貫こうとした強い意志。そんなバハルの強く、優しい心を信じて俺はこの身を捨てた。
そして、あいつも言ったのだ。
ーーお前が命懸けで守ったこの世界。俺が守り続けてみせよう、と。
あの言葉に嘘偽りなど感じなかった。
だからこそ、あの白フードが何者なのか知らなくてはいけない。
「一応聞いておくが、≪記憶改竄≫の影響は残っているか?」
「ごめん、途中途中で途切れていて、そんなに詳しいことは分からないけど、最初の方は鮮明に覚えている」
「そうか。俺がいない間、魔界で何が起きた?」
俺は問う。
シヴァは真っ直ぐこちらを見た。いつもの穏やかな顔をしていたが、どこか悲しそうな、泣きそうな、そんな表情も混じっているように見えた。
「あなたの言う通り、俺は魔王、バハル・ヴァルベェノの息子。本当の名はシヴァ・ヴァルベェノと言う。三百年前の記憶が残っているのも、父が俺にかけられていた≪記憶改竄≫を解いてくれたから。全ては、あなたにこの出来事を伝えるために」
「俺自身、いつ転生するか、そもそも転生できるかすら定かではなかった。バハルは俺が三百年後に転生することが分かっていたのか?」
「そこまでは分からない。だけど、父も信じていたんだと思う。あなたが父に、あとの世界を守ってくれることを信じたのと同じように」
彼は静かに言った。
「あれは、今から三百十六年前。あなたがこの世からいなくなって、魔族と人間は互いに穏やかに過ごしていた。毎日が新鮮で、とてもとても楽しかった。だけどあの日から、全てが変わった」
「あの白フードの出現か?」
シヴァはコクリと頷く。
「詳しいことまでは分からない。なんせ、あの白フードに殺されてしまったから。だけど不思議なことに、俺の頭の中には、映像が流れ込んできた。人間と魔族、二種族の争いが再び起こった映像……そして、父と母、妹がその白フードに捕らえられた映像が」
おそらくバハルの力だろう。自分がいなくなってしまった時の保険として、俺が転生するまでの三百年の映像をシヴァに送り続け、俺にそのことを伝えるために。
「白フードは≪記憶改竄≫の影響を受けてはいなかった。三百年前の俺を覚えているのだからな」
「どうやって≪記憶改竄≫から逃れたかってこと……ですか?」
俺は頷く。
≪記憶改竄≫は、偽りの記憶を本当の記憶に上書きする魔法だ。反魔法なども効果は示さないだろう。
何かしらの原因で、解けてしまったのか?本当の記憶に刺激を与える出来事が、白フードに起きたのか?
「殺されたとき、白フードは何か言っていたか?」
「何も言っていなかった気がします。でも殺される前、白フードは人間に対する殺意に満ち溢れていたことだけは、今もこの身に覚えています」
つまり、シヴァを殺す前に白フードは≪記憶改竄≫を解いているということか。記憶を辿れば、何か分かるかもしれないと思ったが。
「そして、今日対峙して確信しました。その殺意は治まるどころか、今もなお膨れあがっている。このままじゃ三百年前……いや、あのときより比べ物にならないほどの犠牲者が、惨劇が起きてしまいます」
それは俺も感じていた。あれほどの殺意を持った者などそういない。いくつもの月日がそうさせたのだろう。
「何故今まで、そのことを黙っていた?」
「黙っていなかったんじゃない……話せなかった……もし真実を打ち明けて、あなたが父を……魔王バハルを恨んでしまうのではないかと……怖くて……」
シヴァは拳をギュッと強く握った。
「バハルは、俺との約束を守ろうとしてくれていたのだな」
シヴァは無言で頷く。
そして、片膝をついて頭を垂れた。
「≪剣聖≫アムル。我が願いを聞いていただけないでしょうか?」
最後の希望に縋るかのように、シヴァは声を振り絞って声を発した。
「なんだ?」
「我が父、そして魔界の長……魔王バハル・ヴァルベェノ、そして……母さんと妹を……助けてください……」
こんなシヴァは初めて見た。
いつも飄々として、穏やかなだった彼の心中は、今にも泣きそうなくらいに酷く辛いものだったのだろう。
前世は敵同士である俺に、こうして頭を下げて頼み込んでいるのだから。
バハルの妻。名は確か、シーナと言ったか。彼女のこともよく覚えている。とても優しく、包み込んでくれるそんな印象の女性だった。
「顔を上げろ。シヴァ」
シヴァは面を上げた。
ふつふつと込み上げてくるものがある。
今にも発散しなければ、どうなってしまうか分からない。
「そんな顔をするな。バハルたちは必ず救い出す」




