怒り、悲しみ、憎しみを背負って
「滅べ」
そう口にした瞬間、時空が歪み始め、崩壊を始めていく。地面は割れ、空は崩れ、世界は形を保てなくなっていく。
「そうはさせん」
≪創始の聖眼≫を瞳に浮かび上がらせる。崩壊を始めていた世界は、その形を徐々に取り戻していく。いや、造り直したという表現の方が適切だろう。
壊れては造り、また壊していく。
創造と破壊。対局に位置する二つの力が衝突し合い、この場は混沌と化していく。
「相変わらず、その眼は厄介だ。まさにこの力の天敵と呼べる相手だろう」
白フードはそう吐き捨て、顔を見られたくないのかフードを深く被った。
俺は遠くで倒れているシヴァに≪聖治癒≫の魔法をかけてやる。
「お前は誰だ?」
「ふん。たった三〇〇年前の出来事をを忘れているとは。こっちはまるで昨日のことだというのに。それもまた平和ボケした影響か。俺は魔王バハルだ。≪終焉の魔眼≫と、エベルスメイを持っているのがその証拠だろう」
「そうか。平和ボケというのも存外悪くないものだぞ。大切な友人と過ごす毎日は新鮮で面白いものだ」
「く、くくく。今のお前には≪剣聖≫だったときの面影がまるでない。すっかりと地に堕ちてしまったな。お前だけは俺と渡り合えるライバルだと思っていたのだが」
そう言って白フードは魔法陣を描く。そこから禍々しい魔力を放つ、一本の魔剣を取り出した。
「お前なら、この魔剣に見覚えがあるだろう」
白フードはその魔剣を肩に担ぎながら言った。
それは紛れもなく、神滅魔剣エベルスメイだ。
「我が元に姿を現せ」
そう口にすると、俺の元に輝かしい光を放つ一本の剣が、出現した。神創剣カリュエヴァマだ。
「久々に、剣の打ち合いでもするとしよう」
白フードはゆるりと剣を構える。
「打ち合い?いつまであいつの真似事をしているつもりだ」
俺は一瞬で、空中にいる白フードの元に飛び右肩目掛けてカリュエヴァマを振り下ろした。白フードはエベルスメイで受けようとする。
「……ぐっ!」
白フードは威力に押され、後方に飛ばされた。上手く態勢を立て直し、お返しと言わんばかりに白フードは斬撃を繰り出した。
「≪終焉の魔眼≫や、エベルスメイを持っているだけで、俺があいつと……魔王バハルと間違えるとでも?あいつはこんなに遅く、軽くはないぞ」
バハルが繰り出す斬撃はもっと速く、そして重かった。それは魔界を統べる長としての責任や重圧を全て力に変えて、戦ってきた男だ。
目の前にいるバハルと名乗る男は、その背負ってきた覚悟というものがまるで感じられない。記憶が消されていないのであれば尚更だ。
奴の繰り出す斬撃など、まるで止まって見える。俺は軽くエベルスメイを打ち払った。
「バハルの名を気安く名乗るな。あいつは魔王に相応しい男だったぞ。お前如きの器でなれるほど、魔王は易しくない」
俺は、天に巨大な魔法陣を描く。
「≪白銀彗星≫」
白銀の眩い光を纏いし彗星が、白フードへと襲いかかる。エベルスメイで斬り裂こうとするが、≪白銀彗星≫が押している。このままいけば奴に直撃、粉々に吹き飛ぶことだろう。
白フードの瞳に、黒い輝きが宿る。
≪終焉の魔眼≫だ。エベルスメイによって、勢いが殺された≪白銀彗星≫を破壊したのだ。
奴の纏う白フードは、若干ボロボロになって埃を被っていた。奴はそれを魔法で、元あった状態に戻していく。
さすがに簡単にはいかないな。
しかし妙だな。三〇〇年前に会っているのなら、魔力に見覚えがあるはず。にも関わらず奴から何も感じない。
ふむ、あの白フードはボイスチェンジャーの役割だけでなく、自身の存在自体を曖昧にさせる効果も付与しているようで、中々の魔道具のようだ。奴が大事そうにしていたのも、その効果を失わせないようにするのが理由か。
「全く、≪終焉の魔眼≫もエベルスメイも、まるで使い物にならないな。まあ、所詮は借り物というわけか」
白フードは落胆したように呟き、エベルスメイを魔法陣の中にしまった。
「もう一度聞く。お前は誰だ?どうやって、あの魔法を解いた?」
俺が命を代償にして発動した魔法だ。そうそう破られるほど甘い魔法ではない。
それにバハルはどうした?何故あの白フードが、≪終焉の魔眼≫とエベルスメイを持っている。あの二つの力は、魔王と認められたもののみが授かることができる力なのだ。
「く、ハハ、ハハハッ」
白フードは不気味に笑った。悍ましいほどの何かが奴の心の中に眠っているのを感じた。
「お前の言う通り、俺は魔王バハル・ヴァルベェノではない。戦争に怖気付いた卑怯者の力を一端を借りた、いや、奪ったと言った方が適切だろうな」
白フードは両手を大きく広げて、言う。
「強いて言うなら、俺はお前も強く憎む者だ。お前は俺の全てを奪い、壊し、挙げ句の果てには全てを無かったことにしようとした卑怯者だ。俺はお前が憎い。覚悟しておけ。三〇〇年前に俺が感じた、悲しみ、憎しみ、怒り、嫌悪、その全てをお前に味合わせてやる。近いうちに、あの戦争をもう一度起こしてやる」
白フードの男の前の空間が歪む。どうやら魔界へと繋がるゲートらしく、白フードはゆっくりとそのゲートへと進んでいく。
「忘れるな。お前が犯した罪を俺は知っている。殺す……必ず、必ず殺す。どれだけ返り討ちに合おうとも、お前の首をとる。そして、お前の仲間も全員だ。どんな汚い手を使おうとも、必ず。必ずだ。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
まるで狂った人形のように、白フードはそう言いながらゲートへと姿を消していった。




