嫉妬
お盆もあと2日ですね〜
「アムル!怪我はない!?本当に大丈夫!?」
観客席に戻ると、セリナが駆け寄ってきた。
「さっきも言っただろう。傷一つついていないと」
「それはそうだけど……本当に心配したんだから……」
セリナは気遣わしそうに、青い瞳をこちらに向けた。観衆の前でああ言ったが、バルドがどういった真意で≪爆破≫を放っていたことは、セリナにだって分かっていたはずだ。俺にしては、蚊に刺される程度の痒いものだったが。
「心配してくれてるのか。セリナは優しいな」
「と、友達なんだから心配するのは当たり前でしょう」
セリナはそっぽを向いてボソボソと呟く。若干、頬は朱色に染まっていた。少し機嫌を損ねてしまっているのか?
「俺は大丈夫だ。だからそんな顔をするな」
俺はセリナの頭を撫でてやる。これで少しは機嫌を直してほしいのだが。
「も、もう。子供扱いしないでよ……みんな見ているんだから……」
それもそうだな。俺はセリナの頭から手を退ける。セリナは恥ずかしそうにしながら、髪を整えていた。
今日のスケジュールはこれまでだ。このまま帰りたかったところだが、このあとは教室でホームルールがあると、リエルが言っていたな。
観客席にいた生徒は、続々とこの場を後にして階段を降りていく。俺たちも、教室へと向けて歩き出していった。
「ーー皆さん分かっていると思いますが、セリナさんの班が、明日の決勝戦に出場します。去年もそうでしたが、一年生が魔法祭の決勝戦まで勝ち進むなんて、極めて異例なことです。明日はみんな、全力で応援しましょう」
リエルは嬉しそうに言った。
二つ星の生徒らは若干、不服そうな顔を浮かべていた。
そこに、手を鳴らす音が聞こえた。キリッとした面持ちに眼鏡をかけた少年と、お人形みたいな可愛らしい顔立ちに栗色の髪を持つ少女、ゼイスとノアが拍手を送っていたのだ。二人に合わせるように、二つ星の生徒も渋々手を鳴らした。
「それではホームルールを終わります。明日も気をつけて、帰宅してくださいね」
連絡事項が伝えられ、帰りのホームルールは終わった。それぞれ帰り支度を整えて、帰路に着く。
「あ、アムル」
俺の席の前に、ゼイスとノアが立っていた。
「お前ら、またアムルに文句をーー」
その様子を見ていたゼノンが、ゼイスに詰め寄ろうとするが、俺は手で制止する。いつもはすましたような顔をしている彼らであるが、今日は少し様子が違ったのだ。
「あ、明日の魔法祭。頑張れよ」
ゼイスは気恥ずかしそうに、そう言った。
「お前が俺にそんなことを言うとはな。明日は槍でも降るんじゃないか?」
「ふん」
ゼイスは眼鏡をクイっと押し上げて、早足で教室を出ていった。
ノアは隣にいたセリナに向けて、
「貴方のことはあまり好きじゃないけど、私たち二つ星の代表として、恥ずかしくない試合をすることね。最初に貴方に勝つのは、私なんだから」
ノアも教室を去った。
「なんだったんだ。嫌味か?」
カジムが口を開く。
「いや、あいつらの本心だろ」
ゼイスもノアも、俺たちと接することで、一つ星を見る目が変わったのかもしれない。
「ええ、少なくとも私は本心だと思いますよ」
書類を手に抱えて、リエルは話しかけてきた。
「アムルくんたちの初戦、彼らは固唾を呑んで見守っていましたから」
だったらもっと素直になればいいものを。仕方のない奴らだ。
「みんな、明日は頑張ってくださいね」
「おう」
「「はいっ!!」」
リエルのエールも受けて、俺たちは教室を後にした。
玄関まで向かっていると、ニ人の女子生徒が立っていた。胸元には一つ星を付けられている。
「あそこにいるの、二年の先輩よね?」
セリナが言う。
「よく覚えているな」
彼女たちは、俺たちが来ていることに気づくと、一人の女子生徒がアワアワし出す。付き添ってたもう一人の生徒が、安心させるように優しく話しかける。
意を決したように、彼女は真っ直ぐこちらに向かってくると、俺の前で止まった。顔はトマトみたいに真っ赤で、今にも爆発寸前に見えた。
「あ、アムルだよね?」
「ああ」
「あ、あの……その……」
「ん?」
「こ、ここここれ……良かったら……どうぞ……」
少女は手を震わせながら、可愛らしい封筒を渡した。
「……一生懸命書いたから……読んでくれたら嬉しいなって……」
消え入りそうな声で彼女は呟く。
「ありがとう。家でゆっくり読ませてもらう」
俺は柔らかな笑みを見せる。緊張の面持ちから一転して、彼女はパアッと表情を明るくした。
「あ、明日頑張ってね!応援してるから!!」
「おう」
彼女は廊下を駆けて、見守っている友人と嬉しげに話していた。俺は貰った手紙を異空間にしまう。
「随分と嬉しそうね」
セリナがムスッとした顔でこちらを見上げた。
「そう見えるか?」
「ええ、えらく鼻の下伸ばしちゃってるわ」
「ああいったものを貰うのは初めてでな。なかなか良い気分だ」
「そう。良かったわね」
なんかまた機嫌が悪くなっているようにも見えるな。
「おい、どうかしたーー」
「みんな、早く帰りましょ」
セリナはそそくさとうちばきを履き替える。
「モテる男ってのはツラいねー」
ポンポンと俺の肩を叩き、ゼノンがからかうように言ってくる。みんなも靴を履いて、玄関を出た。
「ほら、アムルも早く」
「ああ」
差し込む夕焼けに目を細めながら、俺たちは学院を出た。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「この俺が……魔法学院最強の俺が……びびっただと……」
街が眠りについた頃、満月が美しい夜空の下で誰もいない広場でバルドが唇を噛んだ。溜まってた鬱憤を晴らすかのように近くにあった木を強く叩くと、その衝撃で眠っていた鳥が目を覚まして、飛び去っていく。
バルドが最後に負けたのは二年前。一年生の時の魔法祭だ。三年生に一歩及ばず惜敗したが、それ以来バルドは誰にも負けたことはなく、彼を≪怪物≫と呼んだ。
彼にとって最も屈辱だったのは、年下の底が見えない迫力に気圧されてしまったことだ。
「この俺に一瞬の隙があって、奴はそこを突いたのだ。そうだ、奴が俺に勝てるわけない!!」
必死に自己肯定しようと、彼は心の中で何度もそう言った。
「いや。今のままでは何十年、何百年、何千年……いや、たとえ天地がひっくり返ろうとも、君は彼に勝つことなど不可能だ」
バルド以外いなかった広場に、白いフードを被った男が現れた。
「……誰だお前?」
「名乗るほどのものじゃないさ」
白フードは言った。
「それよりもなんつった?俺があいつに負けるだと?」
「事実だろう?君は彼の魔力に屈し、そこから一歩も動けず、ただ仔犬のように震えていた。まさに、負け犬というに相応しい」
「んだとっ!?」
バルドは声を荒げる。
「夜だからね。近所迷惑もいいところだよ」
白フードは人差し指を手に当てる。
バルドは舌打ちをした。
「君はこう思っていたはずだ。≪怪物≫と呼ばれた俺が負けるわけがない。誰にも俺は止められない。俺が一番強い……憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、奴は俺が積み上げたものを全てぶっ壊した。ならば、それ以上の苦痛を奴に与えてやろうと。ね」
フードから覗く鋭い視線に、バルドは身震いを覚えた。
「僕は君に強力しよう。君が望む力を、僕はなんでも持っている。その力で憎き相手を滅ぼそう」
男は右手を差し出す。
「協力関係を結ぶ、第一歩さ」
バルドは歩を進め、白フードの目の前まで立った。そして右手を出すと、白フードを手を払った。
「余計なお世話だ。俺は俺自身の力で、奴を完璧に叩きのめす。さっさと失せろ」
バルドはそう言い放ち、広場を去ろうとした。
「ちぃっ。面倒だが仕方ない」
白フードが呟くと、一瞬でバルドの前に立ち塞がる。
「……っ……!!」
バルドが戦闘態勢を取るが、それよりも前に、白フードが一閃を放った。
「ご……があぁ……」
両手両膝をつき、バルドは必死に息を吸い込もうとするが、白フードはバルドの銀髪を強引に掴む。
「あまり図に乗るなよ。人間風情が」
そう言って、フードから覗く瞳をバルドに見せつける。それは、一度入り込んでは二度と戻って来れなくなると思わせるほどの、暗黒の瞳が浮かんでいた。バルドは必死に抵抗するが、やがて意識を失った。
白フードが顔を上げると、美しい満月は分厚い雲に覆われていた。




