体力強化
翌日ーー
「ーー以上で朝のホームルームは終わりです。今日の授業は、第一修練場で行うので遅れずにきてくださいね」
リエルがそう言うと、生徒らは立ち上がり第一修練場へと向かっていく。俺も彼らに続き、目的地に足を運んだ。
第一修練場に着くと、一人の女性がいた。
身長は百四十センチほど。華奢な身体で手足も細い。長いまつ毛にくりくりとした桃色の瞳の持ち主で、子供と見間違えられてもおかしくない。縦ロールにしている美しい茶色の髪は、日頃から丁寧に手入れしているのが伺える。口には棒飴を咥えていた。
「レンナ先生。よろしくお願いします」
レンナという女性は、咥えていた棒飴を取り出した。
「はじめまして。レンナ・アザエスティだ」
そう言って、この場に集まる俺たちを桃色の瞳で見渡す。
「きみ、ちょっと前に出てきて」
「俺?」
二つ星の生徒が前に出る。
「魔法障壁、展開してみて。可能な限り限界まで強固な魔法障壁を」
言われるがまま、その生徒は魔法障壁を展開した。レンナは「フー」と小さく息を吐きながら、肩を回す。何をするのか、と生徒らは固唾を呑んで見守っていた。
「歯。食いしばれよ」
「へ?」
戸惑いの声をあげる中、レンナは魔法障壁に右ストレートを繰り出した。拳が魔法障壁に触れた瞬間、紙切れみたいに軽々と貫き、生徒は吹っ飛ばされた。
「いっ……てええぇぇぇ」
「悪い悪い。思ったよりしょぼい魔法障壁でな。二割の力で殴ったんだが……」
特に悪びれる様子もなく、逆に驚いた様子でレンナは言った。
「なんだよ……あの力……」
「一体どんな魔法を……」
生徒らは呆気にとられている様子だ。
「アムル。今のは……」
隣でセリナが耳打ちする。どうやらセリナは気がついたようだな。
「言っておくが、私は魔法はおろか、魔力の一欠片も使ってないぞ。今のは純粋な私の腕力だ」
レンナの一言に、生徒らの表情が固まる。
魔法障壁は初歩的であるが、立派な防御魔法だ。使い手によっては、ただの魔法障壁が魔法結界級の効果をもたらすこともあるだろう。それを容易く破壊するとは、あの細い身体からは考えられないほどの怪力だ。
「一つ聞こうか。目の前にいる相手に、自分の魔法が何一つ通用しなかったらどうする?抵抗もせず無様にやられるか?通用しない魔法を無駄撃ちするか?」
容赦ない質問が飛ぶ。生徒たちは答えられなかった。
「この先、自分より格上の相手と戦わなくてはいけなくなることもあるだろう。魔法が通じないとなれば、己自身の力。すなわち体力・体術で補う必要がある」
生徒たちが騒つき始める。
「いや、でもここは魔法学院だぜ?」
「そんなことより、もっとすごい魔法教えてくれよ」
と、文句を垂れていた。
「いいか。お前たちが今馬鹿にしていることは、魔力そのものにも関わってくるんだ」
文句を言う生徒を鋭い目で睨みつけながら、レンナは言う。
「体力と魔力量は最も密接な関係だ。体力があるやつは、魔力消費が多い魔法も多く使える。対してないやつは、一発が限度だろう。それ以上は魔力が枯渇して意識を失う。最悪の場合、死んじまう」
彼女の言う通りだ。魔力の消費が多い魔法ほど、身体にかかる負担は大きい。それに耐え切れるだけの身体を作らなければいけないのだ。
「対して体術ってのは、魔力消費がなくても使える。過去にそれを極めたやつは、無駄な動きが一切なく洗練されたものだった。魔法術式を行使すらさせず、倒したという記録すら残っている。体力と体術がある程度できれば、相手との力の差を埋めることもできるし、引き離すことだってできる」
レンナは≪魔力感知≫で生徒を見つめた。一人一人の魔力量を測っているのだろう。
「かなりやるやつが数人ぐらいか。残りは基礎がまるでなってない。こりゃ、一から鍛え上げるしかないな」
棒飴を口の中にやり、ガリっと飴が砕ける音がした。レンナは魔法陣を展開する。瞬間、手足が鉛のように重くなった。
「うおっ!」
「なんだよ……。手足がまるで自分のものじゃない……」
≪重力付与≫か。第一修練場に悲鳴が響く。中には立ってることすら、あまりの重さに耐えきれず倒れ込む生徒もいた。セリナも立ってはいるが、震えていた。
「きついのか?」
「ええ……。そういうアムルはキツくないの?」
顔を歪めながら、セリナは問いかける。
「まあな」
これぐらいで根を上げてしまえば、世界など救えまい。身体が鈍ってはいたので、いいトレーニング変わりだ。よく見ると、シヴァも平然ときた様子で立っていた。崩れ落ちていく生徒たちを見て、何やら首を傾げている。
「≪重力付与≫で、お前らの手足の重さは十倍にしてある。とりあえずその状態で、第一修練場を一〇周だ」
「嘘だろ……」
「こんな状態で……どうやって走れと……」
苦悶な表情を浮かべている中、俺とシヴァは走り出した。
「アムルくん。随分と余裕そうだね」
「シヴァの方こそ、汗一つかいていないぞ」
「そこまで重くないんだよね」
ほう、俺はペースを上げる。シヴァも俺の背中にピタッとついてくる。
「おい……。あいつらなんで普通に走れんだよ……」
「ぐずぐずするなー。授業が終わっちまうぞー」
生徒たちもゆっくりではあるが、走り始めた。
「ハァ……ハァ……。終わった……」
最後の一人が一◯周し終わって、それを確認したレンナが前に出る。指を鳴らすと、≪重力付与≫が切れ、手足の自由が戻る。
「よし、そこのお前。前に出てくれ」
レンナに呼ばれ、俺は前に出た。
「名はなんと言う?」
「アムル・シルフィルク」
「アムルともう一人のやつは中々見どころがある」
レンナは嬉しそうに言って、魔法障壁を展開する。他の生徒とは比べ物にはならないほどの強固な魔法障壁だ。
「こいつを破壊してみろ。魔力を一切使わず、己の力のみでな」
仁王立ちをしながら、レンナは言った。
「へっ。一つ星にできるわけねぇだろ」
「これで少しは恥をかくがいいさ」
二つ星の生徒がコソコソと話し始める。
「どうした?自信がないのか?」
レンナが俺を煽ってくる。
「逆にいいのか?生徒の前で、赤っ恥をかくことになるぞ」
「ふッ、ハハハ!ますます面白いやつじゃないか!心配するな。生徒にやられるほどの鍛え方はしてないよ。来な」
レンナは高笑いをし、かかってこいと手で挑発する。俺はドアをノックするかのように、軽く魔法障壁を叩いた。ピキッと音を立て、みるみるヒビが広がっていく。やがて形が保てなくなり、完全に崩壊した。
強く叩きすぎたのか、魔法障壁を破壊しても威力は残っており、第一修練場一帯に、風圧が巻き起こる。それを真正面から受けたレンナの華奢な身体は、軽々と持ち上がり吹っ飛ばされた。
「きゃああああっっっっ!!!!」
レンナの悲鳴が響く。あまりの突然の出来事に、脳と身体がついていけず≪飛翔≫を使えないのだ。
俺は≪飛翔≫で、レンナの細い身体を抱えた。
「悪い。少しやりすぎた。大丈夫か?」
「あ……。うん。大丈夫……」
レンナはボソッと呟く。
「とは言え、常如何なるときでも動けるようにしておかないとダメだぞ。俺が助けに行かなければ、地面に直撃して致命傷を負いかねないからな」
地面に足をつけ、レンナをゆっくりとおろしてやる。そして申し訳なさそうな表情をして、
「ご、ごめんなさい」
レンナは弱々しく言うだけだった。




