教室での一悶着
二日後ーー。
俺が学校から支給された制服を身に着けていた。上下黒色の制服、下には白色のシャツに灰色のネクタイ。簡素的であるが、非常に動きやすい。よほど良い素材で作られているのだろう。サイズも丁度良い。胸元には、小さな星が一つ付けられていた。学年を表すものなのだろうか。
「アムルはやっぱり何着ても似合うわねー」
振り返ると、お母さんがそう言いながら、うんうんと頷いていた。既にお父さんは、仕事に出ているので、家にいるのは俺とお母さんだけである。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい。学校終わったら、ちゃんと帰ってくるのよ」
全く、心配症な母親だな。戦争に行くわけでもあるまいし。だが、これだけ我が子を心配してくれる母親というのも悪くはない。
俺は家をドアを閉めて、≪飛翔≫でフェルメイト魔法学院へと向かった。
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フェルメイト魔法学院の近くにある広場のところで、地面に足を付けた。近くにいた王都の人たちからは驚いたように表情を浮かべながら、視線を向けられていた。
フェルメイト魔法学院に入学するほとんどの生徒は、王都フェルメイトで暮らしているそうだ。中には、セリナのように親元を離れ、一人でフェルメイトに引っ越す者もいるらしい。
だからこそ、魔法学院の生徒が≪飛翔≫で、登校するという光景に対して困惑しているのだろう。
俺はフェルメイト魔法学院へと向かった。
「おはよう」
声が聞こえた方向を振り返ると、そこにはセリナが立っていた。彼女の後ろには、一〇メートルくらいの大きな建物が建っていて、セリナはそこから出てきたのだ。
「言ったでしょ。留学しにきたって。私、ここで暮らしてるの」
「一人でか?」
セリナは頷く。
「一人暮らしだといろいろ大変そうだな」
「そんなことないわよ。自炊とかやってみると、案外楽しいわ」
セリナは微笑みながら言い、俺の隣へと歩いてくる。
セリナは、俺とは対照的に純白の制服に身につけている。その制服は、彼女の美しい白髪と青い瞳がより一層引き立たせている。まるで、絵本の世界から飛び出してきた妖精のようだ。
「よく似合っているぞ」
「あ、ありがとう……。アムルもよく似合っているわ」
「おう」
セリナは俯いて、恥ずかしそうにしながら呟いた。そこで、俺は一つのことに気がついた。セリナの胸元には、俺と同じ星が付けられている。だが、セリナの星の数は二つだった。
「セリナ。その胸元に付けられた星は、何を示しているのか分かるか?」
「ごめん。私もそこまで詳しくは分からないの」
俺の問いかけにセリナは首を横に振る。俺はこの星の学年を表すものなのかと考えていたが、どうやらそういうことではないらしい。以前、学院に訪れたときは、他の生徒の姿は見受けられなかったから、確認することもできなかったしな。
「ここで立ち話っていうのもなんだし、学院に向かいましょ」
「おう」
俺とセリナはまだ着慣れない制服で、学院へと足を運んだ。
フェルメイト魔法学院の近くにまで歩いていると、同じく登校する生徒の姿が多くあった。彼らは、魔法学院の正門をくぐって校内へと向かっていく。
そこで分かったのは、男子生徒は黒服。女子生徒は白服に分けられていたということだ。それに関しては、おそらく大した理由などないのだろう。だが、一つ星と二つ星の理由だけは、どうしても分からなかった。
最初は、星の数も男女によって決められていると思っていたのだが、そういうことでもないらしい。
俺とセリナも彼らに続いて、正門をくぐり校内へと足を踏み入れ、靴を履き替える。
俺たち新入生の教室があるのは、二階にある教室だ。長い階段を登り、教室へと向かった。
ドアを開けると、すでに半数の生徒がいた。
教室は机と椅子が丁寧に並べられている。
俺とセリナは何やら書かれている黒板の方に向かった。黒板には席順が書かれていた。俺は、一番廊下側の後ろから三番目の席。セリナは真ん中の列の前から三番目の席だ。
「アムル。みんなから注目されているわね」
隣にいるセリナが言った。そう、さっきからやたらと視線を感じるのだ。制服の着こなしにどこか問題でもあったのだろうか。学校に向かう前、自身でも確認したのだが、やはり着慣れないものだな。制服というものは。
「一昨日の試験で、みんなアムルがどんな人物なのか気になっているんじゃないかしら?」
セリナが呟く。その視線を浴びながら、俺は自身の席に向かい、椅子を引いて座る。特にすることもないし、寝るかと考えていると、
「君か?見たことのない魔法を使っていたのは?」
目の前には一人の生徒が立っていた。
「見たことのない顔だね。ここから少し離れた王国の上級国民の息子か?」
「俺は上級国民の生まれではない。小さな街で生まれた、ただの一般人だ」
俺の発言に、生徒は俺の胸元に付けられている星に視線を向けた。すると、男は軽く笑った。ただし、馬鹿にしたような笑みだ。
「いや、失礼。まさか貴族ではないとはね。そもそもこの学院に上級国民以外の人間が入学できるだなんて、初めて知ったよ」
ヘラヘラ笑いながら、生徒は言った。
なるほど、どうやらこの星は、上級国民と国民を見分けるためのものらしい。周りを見渡すと、ほとんどの生徒の胸元には二つ星が付けられており、一つ星の生徒は俺を含めて八人いた。
それに、一つ星の生徒は自分の席でひっそりと息をひそめるように座っていた。試験を合格したとはいえ、上級国民とただの国民の立ち位置が入れ替わるわけではない。目の前にいる男子生徒は、それが分かっていて、わざと大きな声で言ったのだ。
「さすがに言い過ぎなんじゃないのかしら?」
セリナが生徒に抗議する。すると生徒はやれやれと言わんばかりに首を横に振り、俺たち一つ星をつけた生徒に向けて、
「僕たちのおかげで、君たち一般国民の生活は成り立っているんだよ。それなのに、僕らと同じ教室で魔法を学ぼうなんておこがましいと思わなかったのかい?」
俺は少し魔力を込め、生徒を睨んだ。
「な、なんだよ。何か文句でもあるのか?」
男は少し怯んだ様子を見せたが、すぐに反論してきた。
「上級国民があっての国民じゃない。国民があってこその上級国民だ。国民がいなければ、王国として機能することはない。それに、上級国民になったのはお前の力ではないだろう。すごいのはお前の祖先であって、お前ではない。自惚れるな」
文句を言ってやると、生徒は顔を真っ赤にしながら、身体をワナワナと震わせて、
「お前……上級国民である僕に向かって、偉そうな口を聞いて、ただで済むとは思ってないだろうな」
そう言って魔法陣を展開する。
「ここは教室よ!危ないわ!」
「関係ないよ。僕を怒らせたこいつが悪いんだ」
プライドが高い奴ほど、それを傷つけられたときは暴力に身を任せるものだ。仕方がない。俺は生徒の魔法陣に目をやった。なるほど、初級魔法か。俺は指を魔法陣に触れた。セリナは、俺が何をやっているのか分かっていないようだった。
生徒はヘラヘラした顔を浮かべたまま、俺に魔法を放とうとした。
「ダメ!」
セリナは止めようとするが、間に合うわけもない。しかし、
「……あれ?」
生徒の口から情けないような声が漏れた。
魔法が作動しないのだ。いくら魔力送り込んだとしても、その魔法を撃つことができないだろう。
「な、なにをしたんだ!僕の魔法に!」
「俺の魔力を少し送っただけだ」
あの魔法陣の主導権は、俺が握っている。生徒の魔力に、俺の魔力を上書きしたのだ。魔法は、魔力が強い者の方が威力を発揮する。それと一緒だ。やつより、俺の魔力の方が上だということの証明にもなった。
「用がないなら、席に戻ってくれないか?」
魔法が作動しない生徒に向けて、俺は言葉を放つ。男は、悔しそうに舌打ちをしながら俺の前を足早に去っていった。




