備えあれば憂いなし
約束の期日まで後五日に迫っていた。
昨日は近くの村で休養を取り、皆も少しは疲れが取れたと思う。
いくらテントが快適でも、やはりたまにはベッドで寝たいものだ。
なので、近くに村があれば、極力村で休むようにはしていた。
それに、テントの周りに【結界石】を置いても、それにも限界がある。
結界石とは、ある程度魔物を寄せ付けないようにするアイテムだが、それでも完璧ではない為、夜の晩は欠かせないのだ。
だから、皆は交代で見張りをして、当然疲れも溜まる。
ゆっくり休める時に休まなければ、いざと言う時に力も発揮されないだろう。
だが、ここからは本当に急ピッチで進むつもりだ。
これから王都まで、ゆっくり出来ないだろうと皆に伝えると、皆もそれを了承してくれた。
後は何事も無く、皆で無事に王都に辿り着けることを願うばかりだ。
けれど、そんな願いも虚しく崩れ去る。
俺が皆の無事を祈りながら馬車に揺られていると、キラリが険しい顔で口を開いた。
「……マスター。前方に魔物の大群が道を塞いでるわ」
「何?いきなりだな」
「ええ。しかも突然に現れたみたい」
「それは……」
それを聞いて、俺の頭に瞬時に一つの可能性が浮上する。
【転移魔法】ーー。
これは、本によれば高位魔法らしく、一般の者がおいそれと使えるものではない。
アイテムがあれば話は別だが、それもかなり高額なのだ。
因みに俺は一応持っているが、よっぽどの緊急事態で無い限り使うつもりはない。
けれど、アイテム無しで転移魔法を使える者達が居る。
それは悪魔族だった。
なら、今迄の襲撃も悪魔族によるものか?
いや、今は考えまい。
確たる証拠が無い以上、安易に決めつけるものでもないだろう。
今大事なのは、目の前に立ち塞がる敵を排除することだけだ。
「どんな魔物だ?数は?」
「ポイズンビーが凡そ五十。それから…………クイーンビーが一体」
「な?!」
それを聞いて、キムの顔色がサッと青くなる。
「ポイズンビーはレベル百十!!クイーンビーはレベル百三十だよ?!この近辺には棲息してない筈だ!!」
キムが珍しく慌てる。
確かにキムの言う通り、ビーはもっと山奥が棲息地帯になる。
俺も正直狼狽えたい気持ちだったが、ここで俺まで取り乱してしまえば混乱を招くと思い、一度大きく深呼吸して、震える体を何とかグッと抑える。
「……俺達を待ち構えてると見て間違いないんだな?」
「ええ。おそらくは……その場所から全く動こうとしないのよね」
「なるほど……分かった。今回ばかりは、キラリ・焰華・陸・テンにも戦って貰うことになるだろうから、準備をしといてくれ」
俺は少し思案してから、すぐに俺の頼れる従魔達を見渡す。
「やった!!やっと暴れられる!!」
「あらあら。テンったら、不謹慎よ?ふふ」
「そう言う焰華も、顔が笑ってるわよ?」
「……陸も頑張る」
皆は気負いすることもなく、いつも通りの調子で答える。
それは何とも頼もしいことか。
その姿を見て、逆に俺も落ち着いてくる。
「キラリは、周囲の警戒を怠らないように。誰か怪しい者が居たら、俺に知らせてくれ」
「分かったわ」
キラリが頷くのを確認してから、俺は前方に声を張り上げた。
「馬車を止めてくれ!!」
俺の叫びを聞いて、三台の馬車を引いていた御者達が一斉に急停止する。
その馬車から、皆が慌ただしく降りてきた。
「な、何?!何事?!」
「……ふむ。魔物かの?」
アルさんは冷静に状況を理解し、ヴィンセントさんとヤハムさんは、既に臨戦態勢に入っていた。
俺は、アルさんの言葉に頷いて、肯定を示す。
「前方に、ポイズンビーとクイーンビーが道を塞いでいます。その数は凡そ五十体」
「「「「な?!」」」」
俺の信じられない魔物の数に、全員が驚愕に目を見開く。
アルさん達も声には出さなかったが、眉間に皺を寄せて険しい表情になる。
俺は努めて平静に、皆に説明をした。
「ビーの特性は、クイーンを守ることにある。流石にこれ程の大群は俺も初めてだが、ポイズンビーは、基本クイーンビーに付かず離れずでクイーンを守るんだ。それ故に、攻撃部隊と防御部隊とに分かれるから……凡そ二十五体が俺達に向かってくると考える」
皆は真剣に俺の言葉に耳を傾けていた。
「ビーの動きは素早い。よって、今回は魔法重視で行く。レベルも、俺達では歯が立たないと判断した為、俺の従魔達にも動いてもらう」
俺は、アルさんの方をチラリと見た。
アルさんも、流石に緊急事態だと分かっているので、それを頷いて了承してくれた。
「近接戦闘であるヴィンセントさん・イーダム・デラム・リンダは、アルさんの傍に居てくれ。デラムとリンダは、水魔法が使えたよな?ビーの弱点は水だ。もし俺達が取り逃したとしても、それである程度の牽制にはなる筈だ」
「わ、分かったわ!」
「う、うん!やってみる」
本来なら、ここまでの情報を与えることはない。
何で俺がそんなことを知っているんだと問われれば、俺は返答に窮するだろうから。
けれど、今回ばかりはそうも言ってられない。
俺は、惜しみ無く皆にアドバイスをする。
皆も、場合が場合なので、素直に俺の指示に従ってくれた。
「キムは、水属性の弓を持ってたか?」
「いや……悪いけど、ボクが持ってるのは、風と火属性だけだ」
「分かった。それならこれを貸すよ」
俺はそう言うが早いか、保管庫から【天水の弓】を取り出す。
「「「「っ?!」」」」
リンダ達が、驚きに目を見開く。
俺は、当然リンダ達にはレムルリングのことは教えていなかった。
別に途中から教えても良いかもと思ったが、何となく教えるタイミングが無かっただけだ。
レムルリングは幻とされるアイテムなので、実物を見たことはあっても、こんな冒険者のペーペーが持ってるなんて、普通は思わないだろう。
「それから、一応イーダムにも渡しておくよ」
俺は、今度はイーダムに【水簾の槍】を手渡す。
「それは、水属性だから、突いただけでもビーには大ダメージになる筈だ」
「お、おう。ありがとな」
イーダムは戸惑いながらも、俺から水簾の槍を受け取る。
例え属性に適正が無くても、属性が付与された武器なら、職業者なら使いこなすことが出来る。
とは言え、適正があればその分威力を上乗せされるので、やはり適正は大事だと思う。
けれど、無いよりはマシだろうと思い、俺は武器を貸し与えた。
「…………君、もしかして、皆の分の全属性武器用意してたりするわけ?」
キムが呆れながら、そんなことを聞いてくる。
「ん?まあ、一応は?三週間なんて長旅だし、備えあれば憂いなしって言うだろ?」
俺がさも当然のように言うと、キムだけでなく、リンダ達やアルさん達までもが、何故か呆れ返った顔をした。
「僕はまだ、君を過小評価していたようだね」
「ふむ。どうやらワシもそのようじゃ。お主には脱帽するばかりじゃな」
これは一応褒められているのだろうか?
俺は首を傾げるが、すぐに真顔になると、皆を再度見渡して言った。
「それじゃ皆、頼むぞ?」
全員が俺の言葉に、緊張しながらも力強く頷いてくれたのだった。




