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女心と秋の空

 ピピピピピピピーー。


 アラーム音が、俺の頭の中で鳴り響き続ける。

 俺は煩わしく思い、重たい瞼をうっすら開けると、メニュー画面を開いてアラーム音を止めた。


「……ん」


 そして、起き上がろうと体に力を入れるが、何故か思うように体に力が入らない。


「あれ……?」


 そしてそのまま、再び布団に体が沈んでしまった。

 俺はそこで、ふと何故自分が布団で寝ているのか疑問に思った。

 昨夜は確か、最近日課となっているヴィンセントさんとの特訓をしていた筈だ。

 それがどう言うわけか、途中から記憶が無い。


「あ~……そうか……」


 俺は一人呟く。

 そこまで思い出せば、大体の予想はつく。

 要するに、俺は気絶してしまったと言うことだ。

 手を見てみると、昨夜だけで速攻出来た筈の血豆も、綺麗に消えていた。

 手も足も、傷跡一つ残っていない。

 と言うことは、おそらくキムかヴィンセントさんが、俺が気絶してる間にポーションで回復してくれたのかもしれない。

 後で、こっそり二人に礼を言おう。

 体がダルいのは、ただ単に精神的な疲労によるものだろう。

 回復薬なんかは、外傷などは癒せても、疲れまで癒してくれるわけではない。


 俺がそこまで思い至ると、横から躊躇いがちに声が掛かる。


「あの…………マスター?」

「んー?」


 俺がゆっくりと顔だけずらすと、焰華達が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


「あ……」

「その……大丈夫ですか?」


 俺はその瞬間、しまった!と思った。

 それでなくとも、皆に黙ってテントから抜け出してる罪悪感もあるのに、その上心配までされては恰好が付かない。

 俺は努めて平静を装って、皆に笑顔を作って何とか取り繕う。


「だ、大丈夫だよ。ちょっと慣れない長旅で疲れてるだけだから」


 正直、あまり上手く笑えた自信は無かったが、それでも四人共笑い返してくれたので、ちゃんと誤魔化せたと思う。


 俺は鉛のように重い体を何とか起こすと、服を整える。

 そして俺達がテントを出ると、驚くべき光景がそこには広がっていた。


「……………………は?」


 そのあまりにも予想外な出来事に、俺は暫く思考が停止する。


「…………何よ」


 俺が信じられない目でマジマジ見ていると、リンダが不機嫌な顔で軽く睨んできた。


「あ、いえ……何でもありません」


 俺は咄嗟に敬語になってしまう。

 俺の目の前では、リンダとデラムとチョウが料理を行っていた。

 いや、料理自体はそれ程珍しくも無いだろう。

 驚いたのは、リンダ達が“それ”を行っていることだったのだ。

 この十日間の旅の間、料理はヴィンセントさんとヤハムさんが担当だった。

 恥ずかしながら、俺は料理などしたことがなく、焰華達も当然経験がない。

 イーダムは、料理と言うよりは、ただ肉や野菜を焼くだけで、味付けも何もあったものじゃない。

 イーダム曰く、これこそ男料理らしいのだが、見るに見兼ねたヴィンセントさんとヤハムさんが、率先して料理をするようになり、自ずと料理担当は二人と言うことになっていたのだ。

 最近では、焰華達も二人から料理を習いつつあった。

 俺も学ぼうとしたのだが、それを何故か断固として焰華達に断られてしまったのだ。


 そしてリンダ達だが…………出来る出来ないは兎も角、何も言って来なかったので、敢えて聞こうとは思わなかった。

 言ってやるような連中ではないと思ってたからだ。

 それが今、テキパキと流れるような手裁きで料理を作っている。

 これを驚かずにいられるわけがない。


 俺は呆然とその様子を突っ立って眺めていた。

 すると、キムが俺の近くに寄ってきて、笑いをこらえるように話し掛けてきた。


「まあ、取り敢えず座ったら?」

「……へ?あ、ああ。…………なあ、あいつらどうしたんだ?誰かが料理しろとでも言ったのか?」


 俺はキムに促されるまま椅子に腰掛けると、疑問を口にしてみた。

 キムは、当然俺が考えてた通りの答えを言う。


「いや?誰も何も言ってないよ?」


 やはりか、と思うと同時に、なら何故三人が料理をしているのか余計分からなくなる。


「じゃあ、何で…………」


 けれど、キムは笑いを噛み殺しながらも、首を捻る。


「さあね。何か心境の変化でもあったんじゃないかな?」


 いや!お前絶対何か知ってるだろう!!


 俺がジト目でキムを睨むと、キムは素知らぬ顔で話を切り替える。


「あ!料理が出来たみたいだよ?」

「お前な……」


 これ以上何を聞いてもはぐらかされるだけだろうと俺は半ば諦めて、デラムが持ってきたお椀を受け取る。


「ど、どうぞ……」

「あ、えっと……ありがとう」


 その料理は、クリームシチューみたいだった。

 俺は生唾を飲み込み、手を合わせる。


「い、いただきます」


 恐る恐る、クリームシチューにスプーンを差し込み、ゆっくりと口に含む。


「…………うまい」


 それは、素直な感想だった。

 クリームシチューは、とてもまろやかで濃厚で、けれど決してくどくなくて、すんなり喉越しを通っていく。

 そして肉も……何の肉かは分からないが、ホロホロと口の中で溶けるように崩れていった。

 ヴィンセントさんとヤハムさんの料理も、実に美味しかったが、それにも勝る劣らずの出来栄えである。


 俺の言葉を聞いて、リンダ達は一瞬嬉しそうな顔をするが、リンダはすぐにいつもの調子に戻って、そっぽを向く。


「と、当然でしょ!!何たって私達が作ったんだもの!!」


 その横顔は、僅かに頬が赤くなっており、照れているのが丸分かりだったので、俺とキムは顔を見合わせて笑った。


 それからと言うものは、怖いぐらいに順調に旅が進んだ。

 リンダも、俺の指示に文句も言わずに従ってくれるようになったし、デラムもチョウも、率先して攻撃を仕掛けるようになった。

 まだ、怖々とした感じではあったが。

 それでも三人は、流石パーティーだと感心する程、とても息の合ったコンビネーションで、レベル九十までの魔物なら、三人でも充分倒せるまでになっていた。


 魔物と人間のレベルは、必ず比例するものではない。

 基本、野生に生きる魔物は、過酷な環境下で生き延びなくてはいけないせいか、レベル以上に力を発揮することもある。

 けれども、俺のように魔物の弱点などが分かってしまえば、いくらでも対処法はある。

 確かに簡単ではないが、それでも慢心さえしなければ、ある程度のレベルまでなら、このメンバーで負けることもないだろう。


 リンダ達の成長は、まさに目を見張るものがった。

 どうやらキムだけでなく、焰華達やアルさん達も理由が分かっているようで、俺とイーダムだけが置いてけぼりを食らった感じだ。

 だけど、これはとてもいい傾向だと思うので、これ以上野暮なことを聞いて水を差したくはない。


「ま、いっか」


 女心と秋の空とも言うし、女の心は移り気が激しいものだ。

 それ程女を知ってる俺ではないが、無理矢理そう自分を納得させて、俺達は残り七日で王都を目指すのであった。

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