真夜中の特訓
「ちょっといいかな?」
話し合いが終わり、皆が各自テントに戻って就寝しようとしていた頃、キムがリンダ達のテントに顔を出す。
「……何よ。夜這いにでも来たわけ?」
リンダは、怒ってると言うよりは拗ねた感じで、キムを睨む。
キムは、そんなリンダに苦笑する。
「まさか。そんなわけないだろ?」
「だったら何?まだ何か言いたいことがあるなら、また明日に……」
「ちょっと見せたい物があるんだよ」
リンダの言葉を遮り、少し真面目な顔でキムが告げる。
「…………見せたい物?」
「うん。悪いけど、ちょっと一緒に来てくれるかな?出来ればデラムとチョウも」
その徒ならぬ雰囲気に、三人は顔を見合わせておずおずと頷く。
そうして、三人はキムに誘われるままに、鬱蒼とした夜の森の中に入って行くのであった。
「……ねえ、何処まで行くわけ?」
歩いて十五分程経っただろうか?
流石に不審に思ったリンダが、不満を口にしようとすると、キムは口に指を置いて「しー」と言う合図を三人に向ける。
「君達はここで隠れててくれる?絶対に物音も声も出さないでね?」
そう言うと、キムは更に森の奥に足を踏み入れた。
リンダ達は訳が分からないまま、だけど言われるがままにその場に屈むと、キムが先に進んだ方に目を凝らす。
そこは、少し開けた場所になっていた。
「やあ、ごめん。待たせて」
キムが誰かに向かって話しかけているようだった。
「いや、大丈夫だ。いつも悪いな」
「「「?!」」」
そこに居たのは、アスカだった。
三人は、声が出そうだった所を、すんでの所で止まる。
「ヴィンセントさんも、毎晩すみません」
どうやら、ヴィンセントもそこに居るようだ。
「気にするな。俺は努力する奴は嫌いじゃない」
ヴィンセントは腕を組み、背中を木に預けながら、顔には笑みが浮かんでいた。
「それにしても良くやるよね~?アスカだって、長旅で疲れてるだろうに」
キムが呆れた口調で言うが、目はとても優しかった。
そんなキムに、アスカは苦笑する。
「俺は……弱いからな。それは、ちゃんと自分で認めてる。こんなのは、ただの付け焼き刃にしかならないのは分かってるが、何もしないよりはマシだろう」
「「「………………」」」
「それに、疲れてるのは皆の方だ。俺は指図するだけ…………だから、リンダの言ってることも分かるんだ。なら、俺のやるべきことは、最低限自分の身は自分で守れるようになることだ」
そう言って、アスカは持っていた剣を構える。
「後は……焰華達に恥じない主人で居たい、からかな?」
「だから、毎晩皆には黙ってテントを抜け出すのか?」
「まあ、ね」
アスカが少し照れながら肯定する。
アスカは、従魔達にも黙ってテントを抜け出していたのだ。
(まあ、彼女達なら気付いてるんだろうけど)
キムの読み通り、当然従魔達は知っていた。
けれど、アスカが頑張ってるのに水を差すようなことを、彼女達はしない。
だから、陰ながら応援すると決めていたのだ。
そしてアスカとキムは知らない。
実は、常に一人が物陰に隠れて傍で控えてることを……。
「では始めるか。今日は実際に俺に打ち込んで来い」
そう言って構えたヴィンセントの手には、木の棒が握られていた。
リンダなら、そんなヴィンセントの態度に、間違い無く怒り心頭だったことだろう。
けれど、アスカは自分が弱いのは誰よりも自覚しているし、ヴィンセントとの力の差が、天と地程あることなど分かりきっていたので、こんなことで怒ることはない。
寧ろ、単純明快で清々しささえ感じていた。
アスカは、一度大きく息を吸い込むと、剣の柄を強く握り締める。
「……行きます!!」
アスカは、まるで自分に言い聞かせるように一声上げると、地を蹴ってヴィンセントに切り掛る。
だが、ヴィンセントはそれを難無く回避した。
「……と、と」
避けられて、アスカはたたらを踏む。
「踏み込みが甘い!!もっと足腰に力を入れろ!!」
「はい!!やっ!!」
すかさずアスカがヴィンセントに剣を振り上げた。
当然、それも軽く躱され、同時にヴィンセントがアスカの手の甲に木の棒で打撃を与えた。
「ぐっ!!」
アスカは、あまりの苦痛に顔を歪め、手から剣を取り離してしまった。
「……っ」
咄嗟に剣を拾おうとするが、手が痺れて思うように掴めない。
「何だ?もう終わりか?」
「くっ……」
ヴィンセントの言葉に、アスカは悔しそうな顔をする。
「……冗談でしょ?寝言は寝てから言って下さい」
アスカはハンカチを取り出すと、それを手と剣の柄に巻き付けて、ニヤリと不敵に笑った。
「その心意気は良し!!さあ、来い!!」
「はあっ!!」
そうして、アスカは何度も果敢にヴィンセントに向かって行った。
その姿は、決してお世辞にも恰好いいと呼べるものではなかった。
何度も木の棒で打ち捨てられては、無様に地面に体を打ち付けるアスカ。
体も手も足も傷だらけで、それでも尚、アスカは立ち上がり続けていた。
最早リンダ達は、固唾を飲んでそれに魅入っていた。
一時間程経過した頃ーー。
「今日はここまで!!」
ヴィンセントが、終了の号令をかける。
アスカは息も絶え絶えで、立っているのもやっとの状態だった。
「あり……がと、う……ござい……」
「「「あ!」」」
リンダ達が、不覚にも声を上げてしまう。
何故なら、アスカはヴィンセントに礼をしようと頭を下げたのは良いが、そのまま前のめりに倒れ込んでしまったのだ。
だが、それをヴィンセントがしっかりと受け止める。
「すー……すー……」
アスカは眠っていた。
リンダ達はそれを見て、無意識に安堵した。
「俺はこいつをテントに送る。お前さんは、譲さん方を送ってこい」
「あれ?バレてました?」
「ふっ。当然だろう」
ヴィンセントはアスカを担ぐと、ズカズカとテントに歩いていった。
キムはリンダ達の元に近付く。
最初は誰も何も喋らなかったが、先に口を開いたのはリンダだった。
「……毎晩?」
「うん。この試験の初日から、ね」
「それじゃ、十日間も……ずっと……」
「皆の目を盗んで頭を下げてきた時は、流石に驚いたな。いきなり「俺は弱いから、きっと皆の足でまといになる。でも、そうなったら、俺は俺を許せない。だから、少しでも腕を上げたいんだ。力を貸してくれ」ってね。ヴィンセントさんを巻き込んだのは、僕の独断だ。僕は弓士だからね。弓は教えられても、剣は流石に範疇外だったから」
キムは肩を竦めて苦笑する。
「僕だってね、誰しもを信頼するわけじゃない。いくらチームリーダーだからって、会って間もない相手の言うことを、ホイホイと聞く程素直な性格をしてるわけじゃないし」
「「「………………」」」
「それでも、彼は何か違う気がするんだよ」
「……違う?」
「んー……言葉に言い表すのは難しいんだけど、少なくとも、僕が出会ってきた人達、誰とも違うんだ。口先だけじゃなく、ちゃんとそれを体現しようと努力を惜しまない。やっぱりそう言う姿見ちゃうと、何とかして力になりたいって思っちゃうんだよね。僕って、こんな熱い奴じゃなかった筈なんだけど」
キムは頬を掻きながら、少し照れた素振りを見せる。
「……君達が、さっきの彼の姿を見て、何も感じないって言うならそれまでだ。考え方は人それぞれだからね」
「「「………………」」」
「けど、もし少しでも何かを感じてくれたなら、頭ごなしに彼を否定するんじゃなくて、少しでいいから、歩み寄る努力くらいしてみてもいいんじゃないかな?」
キムの言葉に、三人は誰も口を開かなかった。
「ま、僕の言いたいことはそんだけ。それじゃ、戻ろうか?」
キムは、三人を伴って来た道を戻る。
「じゃ、お休み」
テントに戻っても、三人共黙ったままだ。
今何を思い、何を考えてるのかは、この三人にしか分からないだろう。
キムは苦笑しながら、リンダ達のテントを後にする。
こうして、三人にとって長い夜が、静かに明けていくのであった。




