試験当日
それから一週間後ーーー。
俺達は、ギルドの二階にある会議室の前に立っていた。
今日はBランクの試験なのだが、まだ概要は何も聞かされていない。
当日に試験官が直々に発表すると言うことで、俺は緊張した面持ちで会議室の扉を開ける。
そこには、既に五人の人達が待機していた。
その中に、何故か先日俺達に絡んで来た、ギャル女三人組の姿があった。
三人の内の、俺に平手打ちをしてくれた女が俺達を視界に捉えると、真っ赤な顔で睨んでそっぽを向かれてしまう。
あいつら、あのレベルでまだBランクにもなってなかったのか?
それとも、俺同様に実は冒険者になりたてなんだろうか?
まるで、ベテランみたいな態度だったが。
そんな俺の疑問は、思いがけない所から解消される。
俺があれこれ考えながら三人を見ていると、すぐ側で席についていた男が、いきなり声を掛けてきたのだ。
「彼女達は、【桃色乙女】と言うパーティーで、Bランク試験を三回も落ちてる、ある意味猛者達だよ」
俺が横を向くと、そこには金髪で細目の、どことなく狐を思わせるような男が座っていた。
それにしても桃色乙女って…………。
「初めまして。僕はキム。ヨロシク」
「……俺はアスカ」
俺はペコりと会釈だけをして返した。
焰華達は黙して語らず。
「君のことも知ってるよ?一風変わった召喚士なんだってね?」
何処まで聞いてるかは知らないが、変わってると言うだけなら、特に気にすることもないだろうと話を聞き流す。
キムは、誰も頼んでいないのに、その後も勝手に説明をしてくれた。
「あの三人組の髪を横流しにしているのがリーダーのリンダで、職業は剣士。少しぽっちゃりの子がデラムで重戦士。ひょろっとした背の高い子がチョウで魔導士だよ」
「三回も落ちたらしいが、試験ってそんなに難しいのか?」
そんなに落ちるなんてよっぽどだろうと思い、俺はキムに聞いてみた。
けれど、キムは含みのある言い方をしただけだった。
「いや?試験官にもよるだろうけど、Aランクまでは、そんなに難しくはない筈だよ?まあ……あの三人を見てればすぐに理由が分かるよ」
「ふ~ん……」
キムが苦笑混じりに言う。
俺もそれ程興味がなかったので、生返事で返すだけだった。
「それから、あそこで壁にもたれ掛かってる男が、エルフのイーダムで、職業は槍使いだ」
「は?あれがエルフだって?!」
俺が驚くのも無理はないだろう。
だって、モヒカンに鼻ピアスだぞ?!
しかも革ジャンに、袖の所なんてギザギザに破けてるし!!いつの時代だよ!!
あんなんがエルフだなんて、信じられるわけないだろ?!
俺が思いの外大きな声を上げてしまった為、イーダムと言う男がこちらをギロりと睨んで来た。
「おっとと」
キムは慌てたように視線を逸らすが、こっそり俺に舌を出しておどけて見せる。
エルフと言えば、金髪で美男美女のイメージしかなかったから、何かエルフのイメージが変わってしまった気がして、人知れずダメージを負ってしまう俺。
全てのエルフが、あの男のようだとは思いたくないが……。
唯一のエルフの特徴と言えば、長い耳だけだった。
「あ、それから、僕は一応弓士だからね」
「ふーん……それにしても、随分詳しいんだな?」
俺はキムに、素朴な疑問をぶつけた。
「まあ、ね。情報って言うのは大事だからさ」
一瞬、キムの顔に翳りが見えた気がした。
もしかしたら、キム自身にも、人には言えない何かががあるのかもしれないと思った。
ステータスを見れば、相手のことはある程度分かるだろうが、俺はそれをしない。
理由は簡単だ。どうしても卑怯だと思ってしまうからだ。
必要に応じれば確認するが、それ以外で態々覗き見など悪趣味なことはしたくない。
だから、俺は敢えて気のない素振りをした。
「……あ、そ。まあ、情報が大事なのは同意だけどな」
キムが、僅かに笑ったように見えた。
俺達がそんなやり取りをしていると、俺の背後の扉が突然開く。
「ふむ。全員揃ってるようだな」
入ってきたのは、白髪に顎鬚を蓄えた、顔に皺を刻んだ老人だった。
こんなお爺さんも冒険者なのか?
俺がそんなことを考えた瞬間、老人が一歩前へ進むと、足を躓かせて前に倒れかかる。
「お?」
「……と!」
俺は、咄嗟に両手を突き出して、その老人を支えた。
「大丈夫ですか?!」
「う、うむ。すまんの若いの。歳を取ると、足が覚束無くて困る」
老人が、苦笑しながらそう言う。
俺は心配だったので、この老人をそのまま支えながら、前方の机辺まで誘導した。
「重ね重ねすまんの」
「いえ」
俺は笑顔で答えると、自分も席に着こうとキムの所に戻ると、何故かキムが細い目を驚愕に見開いたまま硬直していた。
「?」
あの老人と知り合いなのだろうか?と思ったが、俺は聞くこともなくそのまま席に着いた。
焰華達は言わずもがな。隅の壁に立っていた。
「こほん。それでは冒険者の諸君、改めて、ワシの名はアルと言う。宜しく頼む」
アルさんは、ざっと皆を見渡してから、今回の試験の内容を説明する。
「今回のBランク試験はこうだ。このワシを、ヴァートス王国まで送ることじゃ!王都までは凡そ三週間かかる筈じゃが、三週間以上かかるようなら、全員不合格!Bランクには上がれんから覚悟しておくんじゃな」
アルさんがニヤリと笑う。
「それから、旅の間はワシは基本手も足も出さん。極力自分達の力のみで頑張るのじゃぞ?」
「あら?その必要は無いわ。あなたより私達の方がきっとレベルは上でしょうしね?」
リンダが、自信満々に笑顔でそう答える。
俺は、そうか?と思った。
そもそも、そんな弱い奴が試験官に選ばれるなど思えなかった。
確かに、この世界の冒険者は、Ptさえあればランクが上がる。
試験も、試験官によって内容が変わるらしいから、運が良ければ難無くクリアすることも可能だろう。
先程の様子を見てしまえば、アルさんがそれ程強そうにも見えないと思うのは当然かもしれない。
だが、俺にはアルさんが決して弱いようには感じなかった。
少なくとも、リンダよりは強いだろうとは思っている。
けれど、アルさんは豪快に笑い飛ばすだけだった。
「わはははは。そうかそうか!その心意気や良し!!して?大まかな内容は以上だが、何か質問はあるか?」
俺は真っ先に手を挙げた。
「ふむ…………名は何と言ったかな?」
「アスカです」
「おお!そうじゃそうじゃ!アスカくんは何か質問があるのかな?」
「はい。『送る』と言うことは、アルさんはそのまま王都に留まるおつもりですか?それなら、帰りはどなたが付き添い人をして下さるのでしょうか?」
「あ……」
俺の質問に、リンダが小さく声を上げる。
リンダだけでなく、デラムとチョウとイーダムも俺を驚きの顔で見ていた。
キムは、特に反応しなかった所を見ると、どうやらこの疑問に気付いていたのは、俺とキムだけのようだ。
こんなんで本当に大丈夫か?
この後の旅に一抹の不安があったが、取り敢えず俺はアルさんの答えを待った。
「ふむ。良い質問じゃな。だが安心して良い。行きは後数名が共に着いてくる。帰りはその者達が其方達の付き添いをしてくれる。だが、今回の試験はあくまで王都までじゃ。帰還にヘマさえしなければ、よっぽどその段階で合否が決まるであろう」
「分かりました。続けて質問しても?」
「うむ。良いぞ」
俺は一つ頷くと、次の質問を投げ掛けた。
「出発は?今日ですか?明日ですか?今日経つのでしたら、何時間後でしょうか?色々準備も必要でしょうし」
「うむ。時間は次の鐘の音が鳴るまで……場所は正門の前で集合でどうじゃ?」
次の鐘の音と言うことは、今が九時半頃だから正午と言うことか?
あまり時間がないな。
もしかしたら、これも既に試験の内に入ってるのかもしれないと思った。
もし万が一、突発的に不測な事態が起こった場合、すぐにそれに対処出来るように……準備を怠っていたりもたついていれば、それだけ命の危機に陥りやすいからな。
俺がそう考えていると、今度はキムが手を挙げた。
「ふむ。君は?」
「……キムと言います。僕からも質問宜しいでしょうか?」
「うむ」
「馬車は何台を予定しているのでしょうか?馬車もこちらで用意するべきでしょうか?」
「いや、馬車はワシが用意しよう。逆に聞くが、何台が良いと考える?」
アルさんの質問に、キムは少し思案してから再び口を開いた。
「……三台が妥当かと」
「して?その心は?」
「貴方が護衛対象と言うことでしたら、前後で守りを固めるべきたと考えます」
「ふむ……良い着眼点じゃな。皆もそれで良いか?」
「はい」
俺がすぐに合意を示すと、他の者達も漸く我に返ったように、慌てて返事をしだす。
「え、ええ。仕方無いからそれでいいわ」
「そ、そうだね!」
「わ、わたくし達が言おうとしてたのを全部言われてしまいましたが!」
「あ、ああ……」
こうして、何やかんやで話が纏まると、一旦はここで解散となり、各自準備が整い次第正午に正門で落ち合うこととなったのだった。




