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透けて視認し難い強化甲冑の蹄鉄が、床に散るガラス片を踏み飛ばす。腹部スイッチを押して右大腿部から自動小銃を取り出した。
雑多としてガラスの砂礫が反射する室内を抜ける。出た先の扉の傍に配備されたマルチロイドが反応した。人の目を誤魔化す程度の光学迷彩では機械の目は誤魔化せない。
平たい左頭部を障子戸のごとく開き、ショットガンほどの銃身を強化甲冑の大男に向ける。
亘は、バイザーの表示を確かめ電極射出銃であることを把握。非致死性の武器であるため、一時的に筋肉を硬直させる程度に調整された電流では強化甲冑が故障することはない。
「よくこんな安物使うもんだ。こんなんじゃ中華鍋外骨格のテロリストも捕まえられないよ」
亘が独りごつと同時に、マルチロイドの古い油で汚れた銃身から電極ワイヤーが射出された。電極を腕部で弾いて弾道を逸らし、亘は自動小銃で射出口ごと頭部を弾で穿った。
千切れたパーツや導線を確認する。機能停止を確認すると壁にもたれ掛かり、自動小銃を床に立てて調息する。
狙撃専門の自分が何故こんなスパイめいたことをしなければならないのか。亘は、初めての任務にあんな測量の知れない怪物を狙わせたどこぞの偉方ポーンや高層部のビショップたちに腹を立てた。
十八の高校時代に3Dプリンター産の簡易ショットガンで小型配送ドローンを撃ち落としていた当時をふと思い返す。懐かしさとともに、寂しさも込み上がった。
仲間との恒久の別れを選ぶしかなかったあの日。ただ見送るしかなく、むせび、怒り、発狂しながら警邏車両に無理やり押し込まれ消えていった仲間の姿。
あの日から一ヶ月までの間に亘は、暗い深淵を抱いた銃身がこちらに向けられているのではないか、いつか彼らに報いられるのではないか、そんなことを思わずにはいられなかった。そんな感情を抱くたびに彼は社会のはみ出し者に変わっていき、この組織に入ることを余儀無くされた。
悲しき記憶の場面は途切れ、家族に向けた珍妙なデザインの自動小銃の感触が蘇る。
連続して鼓膜を刺激する発砲音。
手の一回り大きい強化甲冑に合わせて作られた自動小銃の引き金を絞り、排して床に撒き散らした薬莢の数々。
父、母、弟の順に向けられるたびに、花占いの赤薔薇の花弁のごとく装甲へ舞った赤い肉液。
それはショットガンを奪われて以後、唯一の輝かしき思い出だった。
そんな過ぎし夢に浸っていた時、バイザーの視界に乱入窓が紛れ込んだ。PGとフィードバックした視界に反応して音声入力で操作する。出た窓は通話窓だとわかり、通話コマンドを選んだ。
「……誰だ」
ついぞ自衛隊が痺れを切らす。
輸送ヘリからの降下。窓ガラスの割れた位置とビルの正面口から自衛隊の特殊歩兵部隊が着る軍用迷彩色強化外骨格〈仁王〉が同時に突入を開始した。遅れて〈特刑二課〉とおおっぴらに青く書かれた安っぽいトレーラーが、サイレンのやかましさを連れて到着した。
「あーやっぱり。もう来てるのか」
改造した後部コンテナ内で津田が呑気に旧型特刑用強化外骨格〈ポリスケルトン〉の腕部に腕を通す。握る動作を行うと同期したロボットアームの指関節が動き、内部エアクッションが作動。隙間の広い内部は一瞬にして固定された。
跳ね上がってひさしになった胸腹部装甲を腕で下ろしているところで、隣で装着を終えて脚部固定を解除した男が呆れていた。
「俺としては自衛隊の皆さんにはとっとと片して欲しいですけどね」
男がそう言い各部の動作を確認する。正常であることを確認して向かいの壁に掛けた第二種武装の拳銃や大型のナイフを各部に収納し自動小銃を持ち、出口の前で待機した。
胸腹部が固定されたことを確認した津田は男の方へ向く。
「馬鹿いうな米原。俺らの成果を見せないと特刑二課全体の立場が危ういんだぞ」
「まあ、そうですけどもね」
米原聡はフェイスメット越しの額をぐりぐりと押さえた。
その様子を横目に見ていた女性オペレーターの篠月晴が固定された回転椅子に座って見ていた。
「そもそも米原さんが悪いでしょ。得体の知れない特災課の人間に警戒しないなんて」
「じゃあ俺が止めればよかったのか? お前は怪しすぎるからここから出るなって? 得体が知れないならむしろ穏便に——」
腹部コマンドで晴に改善を繋げてマイクの出力を最大まで上げ、米原が長々とまくし立てる。晴は一瞬驚きはしたものの、スピーカーの出力を一気に最小に下げ、装着していたインカムを机に叩きつけた。
「何するんですか! いくら都合が悪いからってやることが幼稚すぎやしませんか!」
「そっちが余計なことを言うからだ。デスクワークの分際でポリスケルトン装着者に舐めた真似をな!」
間に立つ津田がフェイスメットを装着。フェイスメットの映す項目に従って動作を確認していく。
「なにがポリスケルトンですか! いつもは仕事にやる気がないくせにここぞとばかりに称号を振りかざす! 米原さんはつくづく一課のお下がり中古スケルトンがお似合いなこと!」
「お前も二課のオペレーターがさまになってるな! 肩腰痛めながら何十年も二課でデスクワークしている姿が容易に浮かぶよ!」
動作項目を一通り完了する。津田は手近な拳銃を取って米原に向けた。
「うるせえ。そういう下品な話はゴミ箱に顔を突っ込んでやるもんだ」
バイザーに突きつけるように拳銃を向けられ、白い巨漢は情けなく首をすくめた。
「すみませんでした。津田さん」
「俺に謝るな」
「……すまなかった。篠月」
拳銃を下ろして腰部ホルスターに収納する。津田が篠月に振り返る。
「お前、働いて何年目だっけ?」
「え、まだ一年目ですけど……」
「そうか……まあ、正しいことであっても突っかからないでやってくれ。こいつにも色々あるんだ」
「はい、すみませんでした」
第二種武装の準備を終えて、PG接続したマップをバイザーに映した。
篠月がインカムを付け直してスピーカーを調節する。コンソールの前に座り直してコマンドを叩き込むと、コンテナの自動開閉口が開け放たれた。
スロープを伝って降り、高層ビルを見上げる。
「行くぞ米原」
「ええ、せめて一発弾をかすらせて、給料を上げてもらいましょう」
正面口からの突入。PSKがロビーを抜け、非常階段を駆け上がった。
米原がふと振り返って訊いた。
「来ても自衛隊がもう捕まえているとかありませんかね?」
「嫌だなそれ。是非とも適度に強い相手でありたいってもんだよ」津田が肩をすくめて返す。
次第に幾重にも重なる炸裂音が聞こえ、やがて耳腔の奥へ打ち付けるほどになった。
不規則な轟きを伝う扉の前に身を構える。津田がドアノブを回し一気に開けると、すぐさま銃を構えた。
扉の先に見えるのは地獄だった。
一人の黒い強化甲冑が仁王のカーペットを踏みにじり、自動小銃二丁で次々と倒していく。
戦闘は始まる前から終わっていた。仁王が全滅したのを確認すると、散らばる自動小銃のひとつを拾い、PSKの二人に向けた。
「俺は背中に小型ミサイルを積んでるんだ。死にたくないなら来ないでくれ」
津田が息を呑む。米原は恐怖で自動小銃を落とし跪いた。
津田は米原の行動に驚きはしたが、ひとまず腹を決めて自動小銃を構える。
「なわけにいくか。俺は仕事をやってるわけで、お前は俺らの給料だ!」
「早くどけ。どかなければ保険金にしてくれる」
「いいねそれ。そういうジョークは大好きだ」
足裏で米原を蹴り飛ばして扉を閉める。ドアをめり込むほどに蹴り込み、ほとばしる銃弾を転がり込んで避ける。
銃を構えて黒光りの肉体の周囲に回る。
強化甲冑は回避しながら左上腕の大型ナイフを右から抜き、稲妻の軌道を描くように低い体勢で肉薄していく。黒い胸部装甲は銃弾を弾き、ナイフの一閃が津田を襲う。
飛び込むナイフを左腕装甲で弾く。ナイフは幾回転を経て軌道を描き、コンクリートに空しく打ち付けた。
腰部拳銃を取り出そうとする強化甲冑に足払いし、強化甲冑はバランスを崩す。ミサイルポッドが仇となり、身体をまともに動かせない。
津田はミサイルポッドに肘をつけ、銃口を頭部に押し付けた。
「俺は経験豊富でな」
「……」
「おめでとう。晴れてお前は特刑二課の給料だ」
「……ざけんな」
黒甲冑は策を失ってもなお観念する気配がない。マイクの出力を調整して回線を繋げる。
『ついに捕まえましたか』
「ああ、なかなか大変だった」
『その割に時間があまり経ってませんけど——』
「みんなと協力したんだよ。じゃあ今からこいつの外骨格を引っぺがすから」
強化甲冑の腹部レバーを手繰る。ここかと口角を歪ませ、引っ張ろうとした。
背後に気配を感じて振り返る。地を揺らさんばかりのホバリング音。
右前に閉まっていた扉が炸裂する。何事かとバイザーディスプレイを確認すると、それが戦闘ヘリの機銃による射撃だということが分かった。
「おい、なんで戦闘ヘリが俺らを襲ってんだ」
『分かりません。ただ、あちらにとっても緊急事態であることは確かです』
強化甲冑が津田を突き飛ばす。逃げる判断を決めた彼の身体は簡単に飛ばされ、彼の元から逃げ去った。
追おうと立ち上がろうという時、強化甲冑の腰部ベルトからピンを外した黒筒が投げられた。裸眼では一時的に失神を促すほどの閃光を発生させるフラッシュ・バンは、彼の目の前で強烈な光を発生させた。
伏せるにしてもバイザーを腕で覆うにしても手遅れであり、覆っても覆いきれない光のなかでうろたえる。
視界が悪く道の狭い廊下では不意打ちを許すも同然。津田は光はただ光の漏れる視界を眺めるばかりだった。
光は徐々に収まっていく。奥の突き当たりの壁を確認すると、黒い人影は消えていた。
『大丈夫ですか? 津田警部補?」
「こちら津田。ヤツに逃げられた」
『……はい』
「よくわからなくなったし、少ししたらそっちに向かう。もう充分すぎるくらいに働いたからな」
ホバリング音が遠くなる。持っていた自動小銃を下ろし、疲弊した身体を壁に預けて自嘲した。
主導者不明の武装組織AMC。円筒構造物に次なる脅威の鱗片は、彼ら含む組織の人間の対処できる特異点をはるかに超えていた。
暗澹との邂逅をただひとり目の当たりにし、それが終わりではなく始まりであることを静かに悟った。
赤く灼けつく火焔と青白く凍らせる氷雪。ナツミとスズナの一対は、凄まじい量の蒸気を発しながら揺れる境界が生まれている。
お互いは構えを取って睨み合う。一時間ものあいだ中、彼女らを包んだ球形エネルギーフィールドの表皮が触れ合うまま、沈黙とともに間合いをとった。
午後三時。硬直状態から一時間が経つ。しかし、気を抜けば討たれるお互いには時の流れを知るよしもなかった。それほどに強大な集中力を要したからだ。
そんな沈黙を破ったのは、無線機のコールサインだった。
『トレーラー基地にて入電。華葉八番地区にて五七式一台がコントロールを奪われ暴走中。各隊員は建物内への緊急避難を願いたい。繰り返す——』
予期せぬ騒音にお互いの気が緩む。二度目の通信が始まり、緩みを狙う粗探しが再開されようとしたその時、騒々しい地響きが彼女らに迫り、またも集中が途切れた。
「地響き……?」
スズナが眉をひそめる。
「スズナちゃんが仕込んだ何か?」
「そんなわけないでしょ。そんなことできるならこんなに長い時間かける意味がないもの」
地響きはなおも近づいており、二人の焦燥を煽った。
「じゃあこの地響きは何?」
「知らないってば! そっちの武装ユニットじゃないの?」
「こんなテロまがいのことはしないよ」
「じゃあこれは……」
地響きが収まる。そう思うやいなや、耳を聾する爆発音が弾けた。
遅れてナツミの背後の路地裏から、爆風とともに五七式の首なしダチョウが現れた。中央に携わるカメラアイが、痺れを切らして振り返ったナツミに視線を向ける。
スズナに恨み言を投げる。
「スズナちゃん、やっぱり五七式を仕組んでた」
「いや、知らないってば。そんな話聞いてないし——」
会話を交わしている間に駆動音の雄叫びを唸らせている。凍結されているはずの砲台の制限を解除され、搭載された多銃身の機銃三丁を一斉に構えた。まもなくそれぞれの多銃身は回転し、ためらいもなく散りばめた弾道が放たれた。
去り際にスズナを一瞥して呟く。
「そんな杜撰な組織、やめたほうが身のためだよ」
ナツミは加速装置を起動して、スズナよりも離れた、ダチョウの背後に回る。青い無人機たちがようやく再起動されたのを確認し、鳥を呼ぶように口笛を吹く。無人機が次々と彼女のもとに集い、伸縮杖のジョイントから数珠をつなぐように次々と結合し、五メートルの長さの棍に変わった。
「待ってよ! 逃げるつもり?」
一足遅れたスズナのことなど知るよしもなく、足元にヴェールを形成する。地を軽く触れると爆発を起こし、推進力が生まれた。
ダチョウが反応して方向を変えたとともに、ふわりと舞い上がり、銃身首を押して飛び越え、脚部のヴェール・ジェットを点火した。
自らの身を翻すとともに、携えていた伸縮杖の長い蒼棍、すなわち全ての無人機が持つ硬質プロペラが回転を始めた。高出力のヴェールを加えられたプロペラが推進力を生み出し、遠心力が引き起こした二度目の翻り。一閃にまとめられた不可視な鎌鼬は、ダチョウの背中に断絶の一太刀が落とされた。
推進力のままに遠くの地点へ滑って着地し、プロペラの回転を止める。鎌鼬によって縦一直線に分断された五七式が、遅れて引火を引き起こし、やがて爆発した。
爆風が髪を乱す。エネルギーフィールドは有毒ガスを分解するため、熱風だけが自らの身に触れられた。
青龍を変形させて鏃型に変えて滑空させる。神経加速で瞬時にバイクへ移動する。褐色烈風騎に跨ると、彼女を感知し起動する。ディスプレイに表示された機体状況にオールグリーンを確認すると、強くスロットルレバーを回した。
「逃がさない……!」
スズナが目まぐるしい速さで斬りかかる。しかし、ナツミは加速装置を小刻みに使って斬撃を最低限の位置へ避けた。
さらに、一閃ごとに烈風騎の角度を変えて対処する。それを読んだ彼女は暴挙に出た。
バイクを狙った横払いの斬撃。想定内だが、これを避けるにはあまりに高度な技倆を要すものだった。
加速する。体感時間七秒でバイクを持ち上げ、ウィリーの体勢に変える。二秒で準備を整えて、解除とともにディスプレイに映るスロットルを跳ね上げた。
アフターバーナーに陽炎を灯す。烈風騎はエクゾーストノートを鳴らし、軌道を飛び越えるがごとく空中に跳ね上がった。
待ちわびているようにも見えた青龍が烈風騎の後方接続部に装着される。ヴェールを叩き込んで青龍が浮力を得て、烈風騎は宙空を駆け抜けた。
最後の仕上げだ。あるべきでない独りよがりを探さなければならない。機械としての特異点を超えた以上、彼は誰にも看過されない災害に変わってしまったからだ。
本当に排除すべきなのだろうか。彼は本当になるべくしてなったのだろうか。そんな感情がふとこみ上げた。それは同族に対するある種の同情だった。
突き当たったビルを旋回とともに右折する。快い風を全身に受けるうちに彼女は決断した。
考えるのは独りよがりを見つけてからでも遅くはない。彼との対話を経て答えを見つけ出すと。




