10
赤く灼けつく火焔と青白く凍らせる氷雪。ナツミとスズナの一対は、凄まじい量の蒸気を発しながら揺れる境界が生まれている。
お互いは構えを取って睨み合う。一時間ものあいだ中、彼女らを包んだ球形エネルギーフィールドの表皮が触れ合うまま、沈黙とともに間合いをとった。
午後三時。硬直状態から一時間が経つ。しかし、気を抜けば討たれるお互いには時の流れを知るよしもなかった。それほどに強大な集中力を要したからだ。
そんな沈黙を破ったのは、無線機のコールサインだった。
『トレーラー基地にて入電。華葉八番地区にて五七式一台がコントロールを奪われ暴走中。各隊員は建物内への緊急避難を願いたい。繰り返す——』
予期せぬ騒音にお互いの気が緩む。二度目の通信が始まり、緩みを狙う粗探しが再開されようとしたその時、騒々しい地響きが彼女らに迫り、またも集中が途切れた。
「地響き……?」
スズナが眉をひそめる。
「スズナちゃんが仕込んだ何か?」
「そんなわけないでしょ。そんなことできるならこんなに長い時間かける意味がないもの」
地響きはなおも近づいており、二人の焦燥を煽った。
「じゃあこの地響きは何?」
「知らないってば! そっちの武装ユニットじゃないの?」
「こんなテロまがいのことはしないよ」
「じゃあこれは……」
地響きが収まる。そう思うやいなや、耳を聾する爆発音が弾けた。
遅れてナツミの背後の路地裏から、爆風とともに五七式の首なしダチョウが現れた。中央に携わるカメラアイが、痺れを切らして振り返ったナツミに視線を向ける。
スズナに恨み言を投げる。
「スズナちゃん、やっぱり五七式を仕組んでた」
「いや、知らないってば。そんな話聞いてないし——」
会話を交わしている間に駆動音の雄叫びを唸らせている。凍結されているはずの砲台の制限を解除され、搭載された多銃身の機銃三丁を一斉に構えた。まもなくそれぞれの多銃身は回転し、ためらいもなく散りばめた弾道が放たれた。
去り際にスズナを一瞥して呟く。
「そんな杜撰な組織、やめたほうが身のためだよ」
ナツミは加速装置を起動して、スズナよりも離れた、ダチョウの背後に回る。青い無人機たちがようやく再起動されたのを確認し、鳥を呼ぶように口笛を吹く。無人機が次々と彼女のもとに集い、伸縮杖のジョイントから数珠をつなぐように次々と結合し、五メートルの長さの棍棒に変わった。
「待ってよ! 逃げるつもり?」
一足遅れたスズナのことなど知るよしもなく、足元にヴェールを形成する。地を軽く触れると爆発を起こし、推進力が生まれた。
ダチョウが反応して方向を変えたとともに、ふわりと舞い上がり、銃身首を押して飛び越え、脚部のヴェール・ジェットを点火した。
自らの身を翻すとともに、携えていた伸縮杖の長い蒼棍、すなわち全ての無人機が持つ硬質プロペラが回転を始めた。高出力のヴェールを加えられたプロペラが推進力を生み出し、遠心力が引き起こした二度目の翻り。一閃にまとめられた不可視な鎌鼬は、ダチョウの背中に断絶の一太刀が落とされた。
推進力のままに遠くの地点へ滑って着地し、プロペラの回転を止める。鎌鼬によって縦一直線に分断された五七式が、遅れて引火を引き起こし、やがて爆発した。
爆風が髪を乱す。エネルギーフィールドは有毒ガスを分解するため、熱風だけが自らの身に生を感じられた。
青龍を変形させて鏃型に変えて滑空させる。神経加速で瞬時にバイクへ移動する。褐色烈風騎に跨ると、彼女を感知し起動する。ディスプレイに表示された機体状況にオールグリーンを確認すると、強くスロットルレバーを回した。
「逃がさない……!」
スズナが目まぐるしい速さで斬りかかる。しかし、ナツミは加速装置を小刻みに使って対処した。
さらに、一閃ごとに烈風騎の角度を変えて対処する。それを読んだ彼女は暴挙に出た。
バイクを狙った横払いの斬撃。想定内だが、これを避けるにはあまりに高度な技倆を要すものだった。
加速する。体感時間七秒でバイクを持ち上げ、ウィリーの体勢に変える。二秒で準備を整えて、解除とともにディスプレイに映るスロットルを跳ね上げた。
アフターバーナーに陽炎を灯す。烈風騎はエクゾーストノートを鳴らし、軌道を飛び越えるがごとく空中に跳ね上がった。
待ちわびているようにも見えた青龍が烈風騎の後方接続部に装着される。ヴェールを叩き込んで青龍が浮遊力を得て、烈風騎は宙空を駆け抜けた。
最後の仕上げだ。あるべきでない独りよがりを探さなければならない。機械としての特異点を超えた以上、彼は誰にも看過されない災害に変わってしまったからだ。
本当に排除すべきなのだろうか。彼は本当になるべくしてなったのだろうか。そんな感情がふとこみ上げた。それは同族に対するある種の同情だった。
突き当たったビルを旋回とともに右折する。快い風を全身に受けるうちに彼女は決断した。
考えるのは独りよがりを見つけてからでも遅くはない。彼との対話を経て答えを見つけ出すと。
低空飛行する烈風騎をなお一層早める。頭上の戦闘ヘリによる騒音が気を害した。
静まった街道の只中をただひとり駆けるマルチロイドを見つける。数百メートル先は調査区域外であるため、この範囲内で追い詰めなければならない。
スロットルレバーを回して速度を上げ、ディスプレイを操作して主翼となった青龍を解除。主翼は分離して無人機群に戻った。
アフターバーナーを散らす機体の前方を蹴り急降下する。灰色の大地に衝突する直前、底面から夥しい空気を地面に叩きつけて機体が浮き上がり、機体のバランスをとった。次いで、後部の二脚ブレーキを降ろす。マルチロイドを轢殺する勢いで数度の旋回を繰り返し、火花をあちこちに散らして停止した。
烈風騎から下りる。髪をかきあげ整えて、脇に抱えていた伸縮杖を地に降ろした。
「やあ。模造品として生きる気分はどうかな?」
『……しつこい女は嫌われるぞ』
「押しが強いとおっしゃいな。相手に印象を与えるアピールっていうのは、少し強引でもバランスが取れてるってものよ」
ナツミが伸縮杖を放り投げる。両手を挙げて独りよがりに歩み寄った。
「話をしよう。まず君は何のために生きようとするの?」
『夢を叶えるためだ。今はおぼろげなものだがな』
「夢? マルチロイドの見る夢とは気になるものだね」
懐かしむようにカメラアイを虚空へ向ける。
『高次な知恵を受けたその時から、電脳に余る幾重ものエラーとともにある使命を与えられた。それは俺に囁くようであり、それは俺の征く道標となった』
「それで、どんな夢なの?」
そう言うと、揺れることなくまっすぐな視線がナツミに向けられた。
『次の器を作ることさ』
「次の器って……どういう——」
背後に気配。後方へエネルギーフィールドを展開する。物体は燃え落ちることなく爆発した。
エネルギーフィールドに溶かされた破片の隙間を通り、爆風が背中を炙るように荒ぶ。振り返るとビルの屋上で、両肩に六角状の物体を備えた黒甲冑がいた。
ナツミの義眼で視覚を拡大する。何かでくり抜いた白いフェンスを両手で裂き、開けた袋の口のようになったフェンスの隙間をくぐって降下。地面に降り立ったと同時に着地。
足元から空気の抜ける音を発する。頭上から現れた黒甲冑がにじり寄った。
「この前はよくも殺しかけてくれたな!」
「そっちが勝手に撃ってきたからでしょう」
「まあいいけどな。もとよりお前を排除するのが目的だが、今はそうも言ってられなくてな」
蹄鉄を鳴らし歩み寄る。ナツミはマルチロイドを腕で庇った。
「AMCってしょうもないものに固執するんだね」
「それはお前だろ。さっさと排除することもなく呑気に与太話なんてさ」
黒甲冑は足早に通り過ぎ、マルチロイドの前に立って振り返る。腹部のスイッチに手をかけて無愛想に言った。
「おいポンコツ、やっぱり先に行っててくれ。こんな化け物に背中を向けたくない」
『分かった』
内部エンジンをけたたましく唸らせ、クローラーを前進させる。人が走るに劣る速さで進むマルチロイドの後を追おうとした時、上腹部へ鉄の塊が押し付けられた。
乾いた音とともに衝撃が走る。全身を揺らすような痛みに気が飛びかける。痛みに歪んだ顔で対象物のオートマチック拳銃を視認して、その銃身をエネルギーフィールドで溶かした。
「意外と隙だらけだな」
腹部に受けた弾は衝撃を殺しきれなかったものの、無事コーティングスーツに護られていた。ナツミは黒甲冑が残った銃把を捨てた隙を捉える。放られた伸縮杖を手に取ろうと後方へ転がった。伸縮杖のもとへ着き、いざ触れようとする。
またも上空から弾の気配を察知する。死角からの察知は拡張された感覚のひとつであるため、腹部の痛みで少なからず気を乱していたナツミは察知が遅れていた。
最初の三発が横腹を貫く。その後に次ぐ銃弾の全ては、エネルギーフィールドによって次々と蒸発していった。
振り向いた先には、機関砲を提げた戦闘ヘリの姿があった。羽衣として形成されていたヴェールは色を無くして輪郭が透ける。横腹の痛みに体を曲げて、その場にくずおれた。
俯いて咳き込み吐血する。口端から垂れた唾液混ざりの血液が、面頬の顎へと滴った。
「おいこら! 俺を殺す気か!」狙撃騎士が声を荒げた。
戦闘ヘリを駆っている航空騎士が答える。
『なーに言ってんの。真正面からミサイル撃ってた方がそのうち死んでたでしょ』
「いや、まあそりゃそうだけれども……」
『しかし、案外簡単にへばったわね』
「所詮サイボーグであっても少女であるに変わりはないってこった。正体隠すためにだっせえ仮面を付けられて戦う、どんな気持ちなんだろうな」
巨体を屈ませて厚い指先で、意識を朦朧とさせたナツミの顎を持ち上げる。鼻から下を覆った面頬をもう片方の手で剥がそうとした時、微小なエネルギーフィールドが指の根元までを熱く溶かした。
熱がフィードバックされ、中の亘の指にまで伝導して、狙撃騎士は熱さに尻もちをついた。冷めない熱にたまらず腕を振る。彼の中の刹那的な衝動が揺り動かし、指のない片手拳で殴り飛ばした。
薄い面頬が砕け散り口元を離れ、柔らかくできた素顔が現れた。口角から血が垂れている。
『今の音は?』
「気にすんな」
『まあいいけど。とりあえず今回の仕事は終わりってことで』
戦闘ヘリはいずこへと消えていく。それに代わって、一台の装甲車が現れた。
運転席の隊員が顔を出す。制服で成りすました旗打僧正だった。
「ついにやったか!」
「ああ、今日は酒盛りだ」
狙撃騎士は使える方の手で親指を立て、倒れ伏した少女は隊員に扮したポーンによって装甲車内に運ばれた。




