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ナノ塗料型の偽装ホロ装置によって白黒に塗装されたマルチロイド『ES01』は、警察所有のマルチロイドに紛れて作業をしていた。遺体が置かれたブルーシートの現場では、警官や検視官たちが忙しく立ち回っていた。
人工衛星に従って合流した、ワンピースに洒落たサンダルを履いた少女がES01——コードネームはイース——の隣に立つ。
『そろそろ頃合いじゃないかな』
彼女、すなわち壱翔スズナのインストールした読唇術のデータから推測する。彼もまた『RYOUKAI』と頭部に搭載されたライトでモールス信号を返す。
イースの信号を確認する。そして、見てくれの冴えない警官の一人に近づいて話しかける。
「あの、刑事さん? 気になったことがあるのでマルチロイド借りて少し遠くを調べてもよろしいでしょうか?」
「あぁはい、どうぞ」警官がめんどくさそうに答えた。
イースの方へ戻って集音マイクに顔を近づけてささやく。
「じゃあ行こう」
持ち前の内蔵クローラーを駆動させてスズナの後に続く。
警察のたむろする現場から離れて少しして、イースが後付けのスピーカーを用いて言った。
『あの警官、なかなかの間抜けだったな』
「気づくわけないでしょ。高い偽装ホロを使ってるんだから」
スズナが呆れ顔でPGを見る。
『しかし、どこぞの馬の骨とも知れない女の頼みを空返事で聞くなんてな。警察というものはここまで抜けた連中ばっかなのか』
「協力なしでは逃げられなかったポンコツが言えることなの?」
『……すみませんでした』
バイザーに覆われたカメラアイが気まずそうに向きを変えた。
まだ捜査がされてない建物の前で立ち止まりPG窓を見る。表示されたマップが赤い道筋のマーカーを示していた。
入口の自動ドアは開け放たれており、薄暗い内部に入り、マップの道筋に従って右奥の非常階段に向かう。
非常階段の入口に入ろうとする時、スズナが振り向いた。
「そういえばあんた、階段って登れる?」
『登るのは無理だ』
「は?」
スズナが怪訝な顔で牛柄の寸胴な機械のカメラアイを見た。
『失礼。語弊を招いたようだ。階段を登れないがこういうことは出来る』
そう言いながら頭部の上面右端を開いて発射機構をあらわにし、開いて三秒で発射機構からワイヤーを上へ射出。二階の手すりに矢先が巻くように絡むと、少し背後に下がってワイヤーを巻き戻す。
マニピュレーターで手すりを掴み壁をよじ登る。ワイヤーを手で解いて回収すると、遅れて階段から登ってくるスズナに三本爪を振った。
『階段には登れないがこういうことは出来るんだ! 火事が起きた時にビルから脱出する時にも便利でね!』
このマルチロイドに表情はないが、あるとしたら小馬鹿にしたような顔をするのだろう。スズナは腹立たしげに二階へ駆け上がった。
警官や監視官がナツミに注目する。あたりがざわつき始め、誰もが行っていた作業を止めていた。
「特災課の一ノ宮です。そちらのマルチロイドを調べさせてください」
言うとともに人だかりを手の甲で払い、すでに作業を休止して整列したマルチロイドたちの前に立った。
「ひとつ質問いいですか?」
全てのマルチロイドがスリープ状態から目覚める。
「ここにいる皆様は人間ではないんですか?」
一瞬ナツミを見るが、質問の意図が理解できないのか返答はなかった。
「そんなわけないでしょ。この中で人間がいるはずなのに……」
眉を寄せて顔を引きつらせているところに、恰幅のいい警官が人の壁をのけて現れる。動揺を隠せぬまま立ちはだかっていたナツミに声をかける。
「よう嬢ちゃん。また会ったな。そんなにポリスカラーのマルチロイドが珍しいか?」
「津田警部補……」
津田はナツミの横を通ってマルチロイドに近づく。そのまま平たい頭頂をリズム良く右から順に叩いていき、顎の無精髭を撫でて答えた。
「残念だが、ここにいる奴らはみな独りよがりじゃないな」
「分かるんですか?」
「ああ。刑事の勘ってやつだ」
「そうですか……」
気まずそうにナツミが俯いて、津田の前から立ち去ろうとする。その中で津田がふと何かを思い出したように警官の一人に聞いた。
「そういえば、すでに一人ここら辺に嬢ちゃんと同じ場所の子がいなかったか?」
「えー……確かいました。黒い髪で目の青い子ですよね?」
ナツミはすぐにそれがスズナだと分かった。いったい何しに来たのかと気になって周りを見渡すが、それほど目立つ容姿をしていれば目立つもので、それらしきものは何ひとつなかった。
津田が何かを悟ったように話を続ける。
「そうそう。それで? あの子は今どこにいる?」
「そーですね……そういえばさっき調べたいところがあるとか言ってマルチロイド一台借りて調査に向かったようですが……」
津田が何かに気づき八台あるマルチロイドを見渡す。何かを確信して悔しげな表情を浮かべ、ナツミに向き直った。
「やられた。うちで使っているマルチロイドの数は減っていない」
周囲の人間が騒然となる。報告した部下は気まずい思いを抱えながらたずねた。
「えっ、おかしいです……確かに持っていったやつはパンダカラーでした」
「そのマルチロイド、しっかり調べたか?」
「いえ、遠目に……あっ……」
「まあいい。責めたってそいつらが自首しにくるわけじゃあない。どうせ場所も聞いてないだろう」
「あの」
蚊帳の外にされかけたナツミが手を小さく挙げて注目を集めた。改めてその異様な容姿に戸惑う者もおり、部下もその一人だった。
「うちのところの誰かが共犯者なんですよね?」
「そうだ。まあ嬢ちゃん自体は悪くないし責任を負う必要はない。強いて言えばこのデクノボーに大部分の責任がある」
津田がそう言って部下の肩を叩く。部下は心底嫌そうな表情で肩を揺さぶられていた。
「知ってます。どちらにせよ責任なんてうちの主任が肩代わりするつもりでしたからね。それより、わたしはマルチロイドの方を引き受けますから皆さんはビルに突入した強化甲冑に人員を固めてください」
彼女ら特災課の特殊戦闘員が、唯一の円筒構造物を破壊できる存在であることは黙認されている。だからこそ満場一致で反論はなかった。
一方、ナツミからすれば今回どういった武装でやって来たのか不明な強化甲冑を警察に任せるのにも不安はあった。もし警察が失敗して多大な被害が及んだら。想像するだけで血の気が引ける。
彼女の本能は自ずとその道を避けている。それはまるで、倫理回路を組まれて人を殺せなくなる機械のように。
もっとも、人間と機械の境界線に揺れる彼女の感情がどこから来たものか分からない以上、比喩でないとは言い切れなかった。
殺風景な事務机の連なりを過ぎる。いつもは三角筒を横にした形のホロ投射端末から実体のないディスプレイを机上に浮かび上がらせているが、今は投射機の姿もない。
「じゃあ、ここから向こうのビルに飛び移って」
窓を開けて振り返る。寸胴な肢体を持つイースが首を振る。
『俺にこれをどう登れと言うんだ?』
そこは登るべきじゃないのか。そう思うとスズナは体内が煮えわたるほど腹立たしくなった。
「ルートこっちで決まってんだから仕方ないじゃない! さっきみたいになんか出してどうにかすりゃいいでしょ!」
『冗談じゃない。いくら二十一世紀後半のロボットでも無理なもんは無理だ』
階段を登れるのに降りれないという矛盾は一種の笑い話のようでもあるが、ひと気の無い一帯のせいでしんと静まり返る。スズナはやりきれない思いのままイースの腹部を蹴った。
「呆れた! よく考えたらそんな見なりで逃げようって自体馬鹿馬鹿しいことじゃない!」
『なんだいきなり。腹部が開かなくなったらどうしてくれんだ』
どこまでも落ち着き払った返答に睨みを返す。
数拍の後、イースの動かぬ機械の瞳から目をそらし、窓の外を見る。
一瞬、蒼く一次元的な幾多の残像の筋が走る。スズナは噛み合わせて歯を鳴らし、すぐさま窓枠から体を乗り出した。
見紛うはずもない。
飛ぶ鳥は空中を留まり、静寂の中で明瞭だった風の音さえも消える。しかし、それでもなお蒼い残像を捉えるのには間に合わなかった。
再び噛み合わせ、イースに向き直る。唾を飲み込んで落ち着かせ、苦い顔で言った。
「まずいことになった。早くここから離れないと!」
イースはマニピュレーターを動かして肩をすくめるような動作をする。
『無理だ。俺は窓枠を越えられない』
「誰も窓枠から逃げようなんて言ってないわ。そんなことをしているうちにあいつに気づかれる」
『じゃあどうするんだ? どこに逃げろっていうんだ』
「とにかく、すぐここを離れるから。とにかく後からついて来て」
スズナがPG窓を浮かび上がらせ部屋を出て、イースもその後を続いた。
ヴェールを操作して通話窓を出す。登録した連絡先から選んでかける。
一回のコールで相手が出た。
『……誰だ』酸素マスクで篭ったような声が答えた。
「こちらAMCの壱翔。早速だけど時間稼ぎを頼むわ」
『場所は?』
「待って。今から位置情報を送るから」
別の窓を出してGPSを開き、通話窓に投下する。
『……了解。今から向かうが、期待はするなよ』
「じゃあよろしく。勇敢な騎士に勝利あれ」
向こうにデータが届いたのを確認してPGをスリープモードにさせる。
間もなくして非常階段に着くと、イースは身体から射出装置を出し、スズナはワンピースで隠れた大腿から刃の無いグリップを取り出した。
『なんだそれ。ビームソードか?』
「昔の映画にこういうのあるよね。あんたみたいなのが出てるやつ」
『……知らないな』
「知らなくても人生——人じゃないか。まあ、とりあえず気にしなくていいから」
構えをとって左斜め上に薙ぎ払う。グリップの先から鉤状の重りを付けたピアノ線が射出され、弧を描いて上階の手すりに飛んだ。
イースが耳障りなマニピュレーターが関節の駆動音を鳴らして、三本爪を擦り合わせる。拍手を模しているのだろうが、人にとって三本爪の擦り合う金属音は迷惑以外の何物でもなかった。
『そんな小さな装置でそんなことができるのか』
「拍手はいいから急いで!」
手すりをよじ登って降下。ワイヤーが忙しく伸びていき、下へ降りていく。
『おい何やってんだ! 下から出ると見つかるぞ!』
「ヘリ飛んでんだから屋上からでも見つかるわ! それにあんた、そんなんじゃ屋上のフェンスも越えられないじゃない!」
ワイヤーが射出されて手すりに巻かれるのを確認する。それを終えると、身を引いてワイヤーを巻き戻した。手すりに身体を何度かぶつけながらイースは上へ引っ張られた。
巻き終わる前に射出動作に切り替える。階段の隙間を縫って下へ下へと降りていった。
イースが着地する直前、スズナはグリップを引いて見えないほど細いピアノ線を戻す。
ワイヤーの回収を終えて、すでに開け放たれていた非常ドアを駆け出す。
『それで? この先はどうする?』
「このまま突っ切る」
光の差す出口が見える。スズナはマットに強く踏みこんで曲がり、曲がりきれそうもなく明後日の方へ行こうとするイースの腕を掴んで引きあげる。そのまま、遠心力の働くままに出口へと飛ばした。
すぐに体勢を整えた寸胴な物体が振り返る。
『すまん。カーブは苦手でな』
「こっちだって一分一秒を無駄にしたくない。次は曲がれる走り方をしてよ」
『分かったよ。それにしても、突っ切るって戦略もへったくれもないな! 駄菓子を万引きして逃げてるわけじゃないんだぞ!』
「うるっさいわね! もう気づかれてるんだから悠長に隠れるだけ無駄ってことよ。逆に手があるなら教えてほしいものね」
『だから、俺たちは一体何に追われてるっていうんだ? まさか幽霊に追われてるなんてオカルトめいたことを言うつもりか?』
出口を抜けて間もなくしてスズナの足が止まる。エクゾーストノートを鳴らしながら塵を巻き上げる、目に悪い赤一色のホバーバイクに乗って現れた少女。
バイクに不似合いな揺らめく軽装のドレスを着て、薄赤い半透明の羽衣を揺らす。
スズナは彼女を知っていた。
一ノ宮ナツミ。彼女にとっての始まりであり、元凶だった。
四機ごとに連結してプロペラを回す、幾多もの青い小型無人機が空を覆う。ホバーバイクのエンジンを止めてナツミはバッグから金属質のバトンを取り出して握った。
前腕ほどのバトンは三倍ほどの長さに伸び、勢いのまま地面を打ちつけた。
「試作高性能マルチロイドES01発見しました。特殊災害として排除します」
伸縮杖の先を火花を散らしながら地を滑らせる。火球が灯るとともにイースのもとへ踏み込んだ。
スズナの視界が鈍重する。
犬歯のスイッチで起動させた加速装置が唸りをあげ、人口筋肉の出力を解放した。
ワンピースの内に隠す大腿ベルトの膨らみを手で確かめ、左手を胸に手を当てた。
「秘めし吹雪よ、内なる魔力よ。蒼く魔纏て、凍え散らせ。制御解除」
いずこから放たれる冷たい風が衣服を揺らす。スズナの着たワンピースやサンダルは砂塵となり、大腿ベルトを除く全身の、肌色の曲線美を晒した。
胸に当てた手を離し、両掌で上腕から大腿をさらりと撫でる。衣類だった砂塵が身を保護するコーティングスーツに変わった。
足裏を撫でて靴を形成し、吹く風の中を舞って群青のドレスが花開き、薄青の羽衣がふわりと彼女に身を任す。
風が凪ぐとともに加速装置を解除する。無人機は次々と氷結して堕ちる。
火球を灯して肉薄する伸縮杖を、瞬く間の暴風で軌道をずらし、ナツミの手元から吹き飛ばした。
地を跳ねるたび虚しく奏でる金属音。右手を地につけ態勢を整えたナツミは伸縮杖へと走る。
スズナは身を離れる彼女を追って、大腿ベルトからグリップを取り出して払う。少し伸ばしたピアノ線を中心に氷を形成。半身を越すほどの氷の長刀を作り出した。
「隙だらけね!」
伸縮杖を掴んだナツミの背後に氷刃を振り下ろす。
刀に気づき振り返ると同時に、ヴェールによって高熱のエネルギーフィールドが形成される。冷気を放つ半透明の刀身を受け止めた。
「……危ないところだった」
「くっ……!」
エネルギーフィールドが刀身を溶かし、氷刃がヴェールによって再生させる。このままでは埒が明かないことは明白だった。
優先すべきことが決まる。水蒸気に隠された向かいのイースに叫ぶ。
「あたしは後から追いかけるから! 先に逃げて!」
呆然としていたイースは我に返り、向きを変えて足元の内蔵クローラーを稼働して走り去った。
「しまった——」
ナツミに焦燥の色が見え、即座に伸縮杖に火球を灯して脇腹にできた隙へと払う。
挙動の遅れで手の内が透いた。
スズナはエネルギーフィールドの弾く勢いで後退して避ける。お互い一瞬の隙も逃さぬよう武器を構え、間合いを取ったままお互いを注視した。
「ひとつだけ教えて。一体何があったの?」
突然の問いに心を乱す。スズナは数秒遅れて答えた。
「なんであんたに教えなきゃならないわけ? あんたなんかに分かりっこないのに……」
「……そっか」
ナツミが寂しげに微笑む。これ以上の会話はしなかった。お互いに必要としなかったからだ。
向かい合う紅と蒼。
向かい合うヴェール同士の残響の境に、陽炎のような歪みが生じた。




