第35話 村の隣人から村の人へ Scene1 村長との会話
村の広場にあるベンチに、悠は座っていた。
手には、村人からもらったパンがある。
別に食べる場所を探していたわけではない。
なんとなく、ここに座っていた。
人の声は聞こえる。
子どもの笑い声。
店先で交わされる会話。
畑から聞こえてくる声。
以前なら、それだけで落ち着かなかった。
けれど今は。
少し離れたところで、そんな音を聞いているくらいなら平気だった。
「ここにいたか」
声がして振り向く。
エドガーだった。
「……こんにちは」
「こんにちは」
エドガーは悠の隣に腰を下ろした。
しばらく二人で村を眺める。
「すっかり村にも慣れたな」
「……そうかな」
悠は首を傾げた。
「最初は村に来るだけでも大変そうだったが」
「……今も人が多いのは苦手」
即答だった。
エドガーが笑う。
「そうか」
「……うん」
悠はパンを少しだけちぎる。
「人が多いと疲れる」
「それは変わらないんだな」
「……変わらない」
エドガーは頷いた。
「それでいい」
「……?」
悠が顔を上げる。
「村に住んでいるからといって、村が好きで好きで仕方ない必要はない」
「……」
「人付き合いが苦手なら、苦手なままでいい」
エドガーは、通りを歩いている村人たちを見る。
「村人だから毎日みんなと話さなければならん、なんて決まりもない」
悠は黙って聞いていた。
「畑が好きな者もいる」
「店を開くのが好きな者もいる」
「一人で過ごすのが好きな者だっている」
そして。
「それでも、みんな村の人間だ」
「……」
悠は少し驚いていた。
村の人。
その言葉を、自分に向けられるとは思っていなかった。
自分は森に住んでいる。
村へ遊びに来る。
必要なときだけ手伝う。
ずっと、そんな立ち位置だと思っていた。
だから。
「……僕も?」
エドガーは悠を見る。
「もちろんだ」
あまりにも自然に言われたので。
悠は、返事ができなかった。
村人だから、村が好きでなくてはいけない。
村人だから、人と仲良くしなくてはいけない。
そんなことを考えていたわけではない。
ただ。
自分がここにいていい理由を、どこかで探していたのかもしれない。
エドガーはそんな悠を見て、穏やかに笑った。
「無理に馴染む必要はない」
「……」
「もう十分、馴染んでいるからな」
悠は村を見渡した。
畑。
店。
家。
見慣れた顔。
そして、自分の名前を呼ぶ声。
「……そっか」
小さく呟く。
エドガーは何も言わない。
悠も、それ以上は言わなかった。
ただ。
今までより少しだけ。
この村を近くに感じていた。




