第34話 村の人 Scene1 村で呼ばれる
数日後。
悠は、村の中を歩いていた。
特に目的があるわけではない。
買い物をするでもなく、誰かに会いに来たわけでもない。
ただ、家で過ごすのにも少し飽きたので、なんとなく村まで来ただけだった。
以前なら、村を歩くだけでも落ち着かなかった。
どこを見ても人がいて。
誰かが話していて。
そのたびに、自分に声をかけられないかと身構えていた。
けれど。
「おう、悠!」
突然、声が飛んできた。
「……こんにちは」
振り返ると、顔見知りの村人が手を上げている。
悠も小さく頭を下げた。
そのまま通り過ぎようとすると。
「悠、これ食べるか?」
今度は別の村人から声をかけられた。
差し出されたのは、焼いたパンだった。
悠は一瞬だけ止まる。
「……ありがとう」
受け取る。
「いいっていいって」
村人は笑いながら手を振った。
少し歩く。
すると、今度は畑の方からハンスが声をかけてきた。
「悠!」
「……ん?」
「明日、畑来るか?」
「……うん」
「じゃあ、頼むな!」
ハンスはそう言って、また作業へ戻っていった。
悠も小さく頷いて、その場を離れる。
――なんだろう。
今日はやけに声をかけられる。
そんなことを考えながら歩いていると。
「悠ー!」
今度は、後ろから大きな声が響いた。
悠が振り返る。
リリがこちらへ走ってくる。
「……何?」
「ノア貸して!」
「……」
悠は少し黙った。
「……ノアは物じゃない」
「えー! ちょっとだけ!」
「……だめ」
「なんでー!」
リリが頬を膨らませる。
その様子を見ていた近くの村人たちが、くすくすと笑い始めた。
「ははは!」
「悠、ちゃんとノアのこと大事にしてるんだな!」
「リリ、諦めろ!」
「だってノアかわいいんだもん!」
「……自分で飼えばいい」
「それは無理!」
また笑い声が起こる。
悠は少しだけ困った顔をした。
けれど。
以前のような、早くこの場から離れたいという気持ちはなかった。
騒がしい。
人も多い。
それなのに。
不思議と、嫌ではなかった。
パンを手に持ったまま、悠は村の通りを眺める。
知っている顔が増えていた。
名前を呼ばれることも増えた。
話しかけられることも増えた。
そして、自分も。
少しずつ、それに答えるようになっていた。
「……明日、畑か」
悠は小さく呟いた。
ハンスと約束した。
たぶん、明日も来る。
そう思ってから、悠は自分でも少しだけ驚いた。
――村に来る予定を、普通に考えている。
少し前の自分なら、考えもしなかったことだった。
「悠ー! ノアー!」
またリリの声がする。
「……だから、ノアは貸さない」
「けちー!」
村に笑い声が広がる。
悠はその声を聞きながら、ゆっくり歩いていった。
いつの間にか。
この村で、自分を呼ぶ声が増えていた。




