第一章 終
翌朝。
悠はいつものように畑へ出た。
朝の空気は涼しい。
畑には、昨日までと変わらない野菜が並んでいる。
水をやる。
葉の状態を確認する。
伸びすぎた雑草を抜く。
いつもの作業。
何も変わっていない。
……はずだった。
悠は畑を眺めながら、ふと思った。
「……これ、リアにも食べてもらおうかな」
自分で育てた野菜。
いつもなら、自分とノアが食べるだけ。
でも。
リアが食べたら、どんな顔をするだろう。
そんなことを考えている自分に、悠は少しだけ驚いた。
「……まあ、いいか」
収穫できそうな野菜をいくつか選ぶ。
それを持って家へ戻る。
「きゅー!」
家の中では、ノアが元気に鳴いていた。
「はいはい」
悠は野菜を置く。
ノアが嬉しそうに近づいてくる。
いつもと同じ朝。
そんな時間を過ごしていると。
昼頃。
「悠ー!」
「……?」
森の向こうから声が聞こえた。
聞き覚えのある声。
悠は顔を上げた。
木々の間から、リアが歩いてくる。
「……早いね」
「今日は薬草を届けに来たの」
「……そう」
リアは笑った。
そして。
「あ、あとね」
持っていた籠を悠に見せる。
中にはパンが入っていた。
「この前のお礼」
「……」
悠はパンを見る。
そしてリアを見る。
「一緒に食べよう?」
「……」
悠は少し考えた。
以前の自分なら。
たぶん。
一人で食べたいと思っただろう。
一人なら気を使わなくていい。
一人なら疲れない。
一人なら、何も考えなくていい。
それが一番楽だった。
でも。
今は。
目の前にリアがいる。
そして。
「きゅー!」
ノアもいる。
悠は二人を見た。
少しだけ考えて。
「……うん」
そう答えた。
リアが嬉しそうに笑う。
「じゃあ、お昼にしよう」
「……うん」
三人で家の中へ入る。
机の上に料理を並べる。
悠が育てた野菜。
リアが持ってきたパン。
ノアの分の食事。
いつの間にか。
一人分だった食卓に、三つの気配がある。
「いただきます」
「いただきます」
「きゅ!」
それぞれが食事を始める。
特別な料理ではない。
特別な出来事でもない。
ただの昼食。
窓の外では、風が森の木々を揺らしている。
鳥の声が聞こえる。
暖かな日差しが、部屋の中へ差し込んでいる。
悠はパンを一口食べた。
「……うまい」
リアが笑う。
「でしょ?」
「……うん」
ノアは夢中で食べている。
「きゅ、きゅ!」
「……食べすぎ」
「きゅ!」
いつものやり取り。
何も特別なことはない。
それでも。
悠は、ふと思った。
「……」
この時間。
嫌じゃない。
むしろ。
少しだけ心地いい。
悠は窓の外を見る。
風が吹いている。
鳥が鳴いている。
森は今日も静かだった。
そして。
「……こういう日も、悪くないな」
小さく呟いた。
リアは何も聞かなかった。
ノアも食事に夢中だった。
だから。
悠のその言葉は、誰にも拾われない。
でも。
悠自身には、ちゃんと届いていた。
一人で暮らすために作った、小さな家。
いつの間にか。
誰かと一緒に過ごせる場所になっていた。
森の中の小さな家で。
悠の異世界生活は、少しずつ変わり始めていた。




