第56話 夏の川 Scene1 川へ
翌日。
朝から村は、いつもより少しだけ騒がしかった。
「こっちだよー!」
「待ってー!」
子供たちの声が聞こえる。
悠はノアを連れて、村人たちの後ろを歩いていた。
リア、リリ、ハンス、ミーナ。
それに、何人かの村人たち。
春祭りのときほどではないが、それなりに人がいる。
「……」
悠は少しだけ周囲を見る。
子供たちは前を走っている。
ハンスたちは何か話しながら歩いている。
リアも時々、みんなと話している。
その中で、悠は少し後ろ。
ノアが隣を歩いている。
「きゅ」
「……うん」
ノアは昨日からずっと元気だった。
川に行く。
そのことが、よほど楽しみらしい。
悠はそんなノアを見てから、前を見る。
人が多い。
やっぱり少し疲れる。
けれど。
春祭りのときほどではなかった。
あのときは、村中の人が集まっていた。
屋台が並んで、音楽があって、踊りがあって。
どこを見ても人がいた。
今は違う。
歩いているのも、いつもの村人たちが中心だ。
それに。
誰も悠に無理に話しかけてこない。
「悠、楽しい?」
とか。
「もっとこっちに来いよ」
とか。
そういうこともない。
ただ、一緒に歩いている。
それだけだった。
「……」
悠は少しだけ肩の力を抜いた。
しばらく歩くと。
木々の向こうから、水の音が聞こえてきた。
「もうすぐだよ!」
リリが振り返る。
「川!」
その声に、子供たちが一斉に走り出す。
「待ちなさい!」
ミーナの声が飛ぶ。
けれど、子供たちは止まらない。
「川だー!」
「早く!」
悠は少し遅れて、その場所へ向かった。
そして。
森を抜ける。
目の前に、川があった。
木々の間を、透明な水が静かに流れている。
日の光を受けて、水面がきらきらと揺れていた。
ところどころに大きな岩があり、その間を水が流れている。
手前には浅瀬。
少し先には、大人なら腰くらいまで入りそうな場所もある。
「わあ……!」
子供たちは待ちきれなかったらしい。
靴を脱ぎ。
服を整えるより先に。
「冷たい!」
「早く来て!」
そのまま川へ入っていく。
「ちょっと! 走らないの!」
リアが声をかける。
「大丈夫だよー!」
子供たちは笑いながら、水を跳ねさせている。
ノアも。
「きゅ!」
悠の横をすり抜けた。
「……おい」
止める間もない。
ノアは川へ向かっていく。
「きゅー!」
「……」
昨日の自信満々な顔を思い出す。
悠は少しだけ不安になった。
けれど。
今はそれより。
目の前の川が気になった。
透明な水。
木々の影。
聞こえてくる水の音。
悠は川の流れを眺める。
そして。
小さく呟いた。
「……涼しそう」
夏の暑さが続く森の中で。
川だけは、別の季節みたいに涼しげだった。




